第55話 法が命を奪った日を、隠さない
ゼルドの手には、鎖の跡が残っていた。
レオンは布で覆う前に、メレナとロイドへ確認してもらった。
短剣の向き。母親と子供の位置。代理が発した言葉。
何を見たかは、立ち会った者ごとに聞く。
子供へ、その場の説明を繰り返させることはしなかった。
「本人が誓約した時の記録は」
ロイドが聞いた。
レオンは雇用の紙を出す。
法文と罰則、本人が領主の命令で免れるかを尋ねたこと。読む役のダリオと、立ち会った者の名もある。
「迷っているだけでは、裁かれないと?」
「そうだ。私に、彼の考えが見えるわけでもない」
「なら、命令で動いた者は」
「命令の名を聞いて、自分で殺そうとした。意思を奪われて動かされた場合と、同じにはしない」
レオンは、昨夜の手紙を卓へ置いた。
領主の印。以前の徴収の免責。隊長の地位。
家族の筆跡ではなかった。
過去の聞き取りを恐れているなら、相談する道はあった。任務を引き受ける前には、平時の退出も選べた。
働いた分の給金は精算する。これからの任務の取り分は得られなくても、街で別の仕事を探すことまで禁じてはいない。
それでも、あの刃を抜くほかに道がなかったとは言えない。
レオンは手紙を見ながら、ゼルドへ任せた仕事の欄も出した。
自分が、何を確かめて何を見落としたか。
その記録まで、死んだ男へ押しつけることはできなかった。
母親が戸口へ来たのは、聞き取りが終わった後だった。
子供はナナと別の部屋にいる。
レオンが立ち上がると、彼女は深く頭を下げた。
「息子を、連れて帰れました」
「刃は、届かなかった。手当てで確かめてもらった」
「はい。ですが……泣き止めと言ってしまって」
母親は手を握り直した。
「兵の前では、騒ぐなと言われていたので。ここでも、迷惑をかけてはいけないと」
レオンは、卓の短剣へ一度目を落とした。
戻ってきた親子を、まだその刃が追いかけている。
「泣いていい。騎士団の仕事を受けていない君たちへ、誓約の罰はない。静かな部屋も用意する」
母親の肩が、少し下がった。
「あなたにも、怖がるかもしれません」
「今すぐ近づかなくていい」
レオンは椅子へ座り直した。
彼女はもう一度礼を言い、子供のいる部屋へ戻る。
外で、小さな声が上がった。
レオンは戸を閉じさせず、水と布を運ぶ者へ場所を伝えた。
*
夜、団員たちが集まった。
ゼルドとともに来た五人のうち、最初に加入を保留した男は、その後も補助の仕事をしていた。腕に印はない。
ほかの四人には紋がある。
グスタフが、彼らを見る。
同じ隊にいた。それだけで、その視線は重い。
レオンは、先に告げた。
「彼らが何をしたかは、彼らの行為で確かめる。ゼルドと来たことを、背信の証拠にはしない」
四人の一人が、袖を握った。
「抜けたいと、思っても?」
「思うことは違反ではない。今の任務を引き継ぎ、預かった物を返せば、手続きをする」
「俺は、残ります。ただ……あんなふうに死にたくはない」
「それは、私も望んでいない」
レオンは机の前へ立った。
命を守るために、この法を掲げた。
その法に、命を奪う条件がある。
誰かが悪かったから怖くない、と話を終えることはできない。
「今日の裁定を隠さない。雇用の条件をもう一度読めるようにする。罰の対象か迷った時は、実行する前に聞いてほしい。上官の命令でも、民を害する行為は拒んでいい」
ダリオが、掲示する紙を広げた。
聞く役は、レオン一人ではない。シルヴィア、ダリオ、テッサ。医療の事情はメレナにも伝える。
相談した事実を、罪の告白と同じに扱わない。
その場で全員が安堵したわけではなかった。
紋を見続ける者も、黙って部屋を出る者もいる。
レオンは、その名を裏切りの欄へ書かなかった。
退出を聞いた兵は、少し経って戻った。
自分が守った村の受取札を持っている。
「残ると言ったことも、もう一度確かめておきたい」
レオンは顔を上げた。
「あいつがあんなことをしたから、俺も疑われると思っていた。けど、俺はあの村の荷を運んだ。そこまで消されたくない」
「消さない。君の仕事として残っている」
兵は札を置き、手首の布を直した。
次の任務へ出ることが怖くないわけではない。それでも、自分のしたことをゼルドの影へ埋めたくなかったのだろう。
ダリオが隣へ来て、明日の交代の場所を説明する。
兵はその話を聞き、札を持ち帰った。
レオンは、残ると決めたことだけで信頼が戻ったと思わなかった。
明日の仕事を、一つずつ確かめることになる。
*
シルヴィアが、窓の下へ来た。
「少し、座って」
レオンは椅子へ戻る。
彼女は何も言わず、隣の椅子へ腰を下ろした。
法を受けた者の遺族へ何を知らせるか。裁定の説明を、どう残すか。考えることはまだ多い。
だが、今は紙へ手が伸びなかった。
「私が選んだ力だ」
「そうね」
彼女は、否定しなかった。
「でも、あの子に刃を向けたのは、あなたではない」
レオンは窓の外を見た。
救われた母親と子供は、今夜は街で眠る。
ゼルドは帰らない。
両方を覚えて、この先も命令を出すことになる。
シルヴィアが肩を寄せた。
鎧のない温かさが、袖越しに伝わる。
レオンは、今夜だけは一人で座らずにいた。
簡単に割り切れない夜に、隣に座る人がいる。その静かな時間まで、一緒に読んでくださりありがとうございます。
次回予告:再び道へ出る団で、盾と弓の連携を見ていきます。
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