↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/65

第55話 法が命を奪った日を、隠さない

 ゼルドの手には、鎖の跡が残っていた。


 レオンは布で覆う前に、メレナとロイドへ確認してもらった。


 短剣の向き。母親と子供の位置。代理が発した言葉。


 何を見たかは、立ち会った者ごとに聞く。


 子供へ、その場の説明を繰り返させることはしなかった。


「本人が誓約した時の記録は」


 ロイドが聞いた。


 レオンは雇用の紙を出す。


 法文と罰則、本人が領主の命令で免れるかを尋ねたこと。読む役のダリオと、立ち会った者の名もある。


「迷っているだけでは、裁かれないと?」


「そうだ。私に、彼の考えが見えるわけでもない」


「なら、命令で動いた者は」


「命令の名を聞いて、自分で殺そうとした。意思を奪われて動かされた場合と、同じにはしない」


 レオンは、昨夜の手紙を卓へ置いた。


 領主の印。以前の徴収の免責。隊長の地位。


 家族の筆跡ではなかった。


 過去の聞き取りを恐れているなら、相談する道はあった。任務を引き受ける前には、平時の退出も選べた。


 働いた分の給金は精算する。これからの任務の取り分は得られなくても、街で別の仕事を探すことまで禁じてはいない。


 それでも、あの刃を抜くほかに道がなかったとは言えない。


 レオンは手紙を見ながら、ゼルドへ任せた仕事の欄も出した。


 自分が、何を確かめて何を見落としたか。


 その記録まで、死んだ男へ押しつけることはできなかった。


 母親が戸口へ来たのは、聞き取りが終わった後だった。


 子供はナナと別の部屋にいる。


 レオンが立ち上がると、彼女は深く頭を下げた。


「息子を、連れて帰れました」


「刃は、届かなかった。手当てで確かめてもらった」


「はい。ですが……泣き止めと言ってしまって」


 母親は手を握り直した。


「兵の前では、騒ぐなと言われていたので。ここでも、迷惑をかけてはいけないと」


 レオンは、卓の短剣へ一度目を落とした。


 戻ってきた親子を、まだその刃が追いかけている。


「泣いていい。騎士団の仕事を受けていない君たちへ、誓約の罰はない。静かな部屋も用意する」


 母親の肩が、少し下がった。


「あなたにも、怖がるかもしれません」


「今すぐ近づかなくていい」


 レオンは椅子へ座り直した。


 彼女はもう一度礼を言い、子供のいる部屋へ戻る。


 外で、小さな声が上がった。


 レオンは戸を閉じさせず、水と布を運ぶ者へ場所を伝えた。


     *


 夜、団員たちが集まった。


 ゼルドとともに来た五人のうち、最初に加入を保留した男は、その後も補助の仕事をしていた。腕に印はない。


 ほかの四人には紋がある。


 グスタフが、彼らを見る。


 同じ隊にいた。それだけで、その視線は重い。


 レオンは、先に告げた。


「彼らが何をしたかは、彼らの行為で確かめる。ゼルドと来たことを、背信の証拠にはしない」


 四人の一人が、袖を握った。


「抜けたいと、思っても?」


「思うことは違反ではない。今の任務を引き継ぎ、預かった物を返せば、手続きをする」


「俺は、残ります。ただ……あんなふうに死にたくはない」


「それは、私も望んでいない」


 レオンは机の前へ立った。


 命を守るために、この法を掲げた。


 その法に、命を奪う条件がある。


 誰かが悪かったから怖くない、と話を終えることはできない。


「今日の裁定を隠さない。雇用の条件をもう一度読めるようにする。罰の対象か迷った時は、実行する前に聞いてほしい。上官の命令でも、民を害する行為は拒んでいい」


 ダリオが、掲示する紙を広げた。


 聞く役は、レオン一人ではない。シルヴィア、ダリオ、テッサ。医療の事情はメレナにも伝える。


 相談した事実を、罪の告白と同じに扱わない。


 その場で全員が安堵したわけではなかった。


 紋を見続ける者も、黙って部屋を出る者もいる。


 レオンは、その名を裏切りの欄へ書かなかった。


 退出を聞いた兵は、少し経って戻った。


 自分が守った村の受取札を持っている。


「残ると言ったことも、もう一度確かめておきたい」


 レオンは顔を上げた。


「あいつがあんなことをしたから、俺も疑われると思っていた。けど、俺はあの村の荷を運んだ。そこまで消されたくない」


「消さない。君の仕事として残っている」


 兵は札を置き、手首の布を直した。


 次の任務へ出ることが怖くないわけではない。それでも、自分のしたことをゼルドの影へ埋めたくなかったのだろう。


 ダリオが隣へ来て、明日の交代の場所を説明する。


 兵はその話を聞き、札を持ち帰った。


 レオンは、残ると決めたことだけで信頼が戻ったと思わなかった。


 明日の仕事を、一つずつ確かめることになる。


     *


 シルヴィアが、窓の下へ来た。


「少し、座って」


 レオンは椅子へ戻る。


 彼女は何も言わず、隣の椅子へ腰を下ろした。


 法を受けた者の遺族へ何を知らせるか。裁定の説明を、どう残すか。考えることはまだ多い。


 だが、今は紙へ手が伸びなかった。


「私が選んだ力だ」


「そうね」


 彼女は、否定しなかった。


「でも、あの子に刃を向けたのは、あなたではない」


 レオンは窓の外を見た。


 救われた母親と子供は、今夜は街で眠る。


 ゼルドは帰らない。


 両方を覚えて、この先も命令を出すことになる。


 シルヴィアが肩を寄せた。


 鎧のない温かさが、袖越しに伝わる。


 レオンは、今夜だけは一人で座らずにいた。

簡単に割り切れない夜に、隣に座る人がいる。その静かな時間まで、一緒に読んでくださりありがとうございます。


次回予告:再び道へ出る団で、盾と弓の連携を見ていきます。


続きが気になったらブックマークを、心に残る場面があればページ下部の評価で応援していただけるとうれしいです。執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。