第54話 破れば即死――守る命を売った者
領主の代理は、鉄鎖紋を鼻で笑った。
「王国の務めは、ならず者の約束より上だ」
ロイドが行政の封を示すと、代理は子供の肩へ手を置いた。
「では、王国の税を払わせていただきたい」
レオンは、母親の縄へ目をやった。
四人を門の外へ出したのは、こちらへ刃を見せるためだ。弩兵が後ろを押さえ、代理は子供を盾にしている。
ゼルドは代理の役職を確かめるため、レオンより半歩前にいた。
グスタフの盾は、右斜め後ろ。
近づきすぎれば、門の上の弩が民へ向く。離れすぎれば、代理の刃を止められない。
大男は足を動かすたび、前の子供と上の弩を交互に見た。
その配置を見て、シルヴィアが半歩下がった。
子供の靴が、地面を擦った。
夜の間に、土が濡れている。冷えたのか、膝が小さく揺れていた。
レオンは、母親の目と一度だけ視線を合わせた。
助けに来た、と今声にすれば、代理もこちらを見る。
彼は水袋を上げ、まず民に飲ませたいと伝えた。
代理は笑い、袋を受け取らなかった。
「話が先だ」
レオンは手を下ろした。
横のゼルドが、代理と目を合わせている。
その目を見て、役職の説明を任せた自分の判断が正しかったのか、疑いが浮かぶ。
だが、疑いだけで誰かを縛る力ではない。
警戒役のグスタフへ、民の方を見ているよう合図した。
大男は頷き、盾を地面から少し浮かせた。
シルヴィアはテッサとともに、小戸へ回る。
表では話を続けなければならない。
「受取札がある。同じ月に、同じ名目で三度集めた分だ」
ロイドが紙を上げる。
代理は、紙ではなくゼルドを見た。
「お前には、まだ話が分かるだろう」
男の指が、懐へ動いた。
レオンは横へ目を向ける。
昨夜の封書だった。
「ゼルド。ここで、何をする」
男は紙を取り出し、握り潰した。
「領主様は、以前の分も免ずると。隊の指揮を任せると、お約束です」
ロイドが、手を下ろした。
「誰の命令でも、罪の証拠を消すことはできません」
「あんたらは、いつまでも俺を調べる!」
ゼルドの声が、番所の壁へ響く。
「今、こちらへ戻れ」
レオンは、男の手を見た。
「紙を持ったことだけでは、命は奪われない。仕事を続けるか、離れるかの話もできる」
「戻って、また袋を数えるのか」
ゼルドは、後ろの盾を振り返った。
「そいつの下で?」
グスタフの目が動く。
だが、言い返すより先に、盾を持つ手を締めた。前にいる民を見失わないためだ。
レオンは、余分な麦を取られずに済んだ村人を思い出した。
あの礼は、男へ届いていた。
それでも、ゼルドが今欲しがっている物とは違った。
代理が、子供から手を離した。
「王国の徴収へ逆らう家を、従わせろ。印など、正しい務めには働かん」
嘘だ。
加入した時、ゼルドは同じ問いを聞き、その答えも聞いている。
レオンは一歩踏み出した。
「命令では免れない。刃を抜くな」
ゼルドが、腰の短剣を抜いた。
仕事で使うため返された、鞘付きの刃だ。
彼は自分の紋を見た。
まだ、鎖は走らない。
何かを疑うこと。敵の約束に惹かれること。それだけで人は殺されない。
レオンの目の前で、男は子供へ向き直った。
「一人を見せしめにすれば、残りは黙る」
グスタフが、盾を前へ出した。
門の上の弩がこちらへ向く。レオンを庇う幅を取った分、子供との間に一歩が残った。
「ゼルド、下がれ!」
大男が怒鳴る。
ゼルドはその声を振り切るように、足を出した。
母親が、縄を引いて子供を背へ庇う。
ゼルドの刃が、その隙間へ突き出された。
「やめろ!」
レオンの声より先に、黒い法文が開いた。
――守護対象への、故意の致死的加害。
――致死的背信。
刃は、子供へ届かなかった。
鎖が男の腕と胸を貫くように巻き、全身の紋が一度だけ冷たく光った。
ゼルドの目が開く。
「そんな……領主様が……」
言葉の途中で、膝が折れた。
短剣が石へ落ちる。
男は倒れ、その身体はもう動かなかった。
レオンは、息を止めた。
罰を重くしろとは命じていない。
誓った法が、誓った者の命を奪った。
救われた子供も、見ている。
誰も、歓声を上げなかった。
代理が、短剣と男の手首を見比べた。
さっきまでの笑みが、消えている。
領主の名を出せば、下にいる者の行為を正しい務めへ変えられる。そう言って動かした男を、その名は守らなかった。
レオンは、地面へ落ちた刃へ目をやった。
止めたかったのは、それが子供へ届くことだ。
刃と一緒に倒れた人間へ、もう一度戻れと言うことはできない。
*
代理が後ろへ逃げようとした時、小戸が開いた。
シルヴィアが弩兵の手を押さえ、テッサが四人の縄を切る。
「こちらへ。足を動かせますか」
母親は子供を抱き、頷いた。
グスタフの盾が、門の外へ出る民を覆う。
母親は走ろうとして、脚をもつれさせた。
子供が、その腕にしがみつく。
「急がなくていい。ここへ入れ!」
グスタフが盾を傾け、テッサが空いた側から母親を支えた。
背後の男と女も、順に同じ場所へ入る。
レオンは四人の顔を確かめた。
まだ救出は終わっていない。母親の足が動かないなら、その速さに盾を合わせる。
矢が一つ、盾へ刺さる。
レオンは顔を上げた。
今、動く者を守らなければならない。
短く紋を繋ぎ、盾役を交代させる。エリシアの矢が弩を押さえ、シルヴィアは代理の剣を地面へ打ち落とした。
「武器を捨てて。次は腕を狙います」
代理は剣から離れた。
その腕に、鉄鎖紋はない。
レオンたちの法を受けていない敵を、同じ魔法で殺すことはできない。取り押さえ、民と分けて拘束する。
メレナが子供の身体を確かめた。
傷はない。だが、母親の服を握る手が、いつまでも震えている。
続いてゼルドを診る。
医師は静かに、首を振った。
レオンはその場で、裁定と救出の記録を別々に取らせた。
味方が死んだ話を、勝利の行に埋めることはできなかった。
重い場面までお読みいただき、ありがとうございます。救えた命と裁定の重さを、ひとつの勝利にはまとめられない回でした。
次回予告:起きたことを記録し、王子自身の責任と向き合います。
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