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第53話 人質を返せ――領主の取引には、終わりがない

 番所の前には、縛られた民が四人いた。


 畑に残った母親と、その子。隣の家の男。薬草を運んでいた女。


 シルヴィアが、木の陰で足を止めた。


 声をかければ、兵が先に子供へ刃を向ける位置にいる。


 レオンも、弓を上げさせなかった。


 向こうの使者が紙を広げる。


「王子が騎士団を解き、街から出ること。徴収を妨げた者を領主様へ引き渡すこと。そうすれば、この者たちの処分は軽くなる」


「解放する、ではないのか」


 レオンが問う。


「誠意を見せれば、領主様も考えてくださる」


 シルヴィアの指が、剣帯へかかった。


 彼は横へ掌を向ける。


 今、怒りを見せれば、相手はもっと待たせるだろう。


「四人は、どの罪で縛られている」


「徴収逃れと、王子への加担だ」


「子供も?」


 使者は、紙を下げた。


「家の分は、家で責任を取る」


 レオンは、母親の足元を見る。


 縄の長さで、子供から離れられない。


 盾を押して民だけ引き出すには、門の両脇の弩が近すぎた。


 エリシアが小声で言う。


「二人は射程内。でも、その後で別の刃が動く」


 彼は頷いた。


 一本の矢へ、四人の命を賭けられない。


「今日のうちに、話す者を出してくれ。条件の紙も、ここへ残せ」


 使者は、書面を地面へ置いた。


「逃げなければ、明朝。領主様の代理が来る」


 レオンたちは、民を見える場所に残したまま下がった。


 後ろで母親が子供の頭を撫でる。


 逃げるなら自分たちも連れていってほしい、その目が背中へ残った。


     *


 ゼルドが、番所の間取りを描いた。


「裏に、荷の出入口があります。ただし、今も使えるかは分からない」


 テッサは地図を持ち、外から確かめると答えた。


 知っている者の言葉だけで、民を引き出す道を決めることはしなかった。


 レオンは明朝の交渉へ、ゼルドにも立ち会いを求めた。相手の役職と、以前の徴収の事情を確かめる役だ。


 敵の中へ、一人で送り込むつもりはない。


「この条件で、領主は本当に返すだろうか」


「払えば、少なくとも次の話には進めます」


 ゼルドが言う。


「だが、次にも払えと言える条件だ」


 レオンは別の紙を出した。


 取り立て役から取り戻した麦の量。村の控え。王国の行政命令。


 明朝はロイドも同席する。


 ゼルドは、その名を聞くと顔を曇らせた。


「私の過去の分も、報告するのですか」


「聞き取りを止める約束はしていない」


 男は、笑おうとしてやめた。


「働いているのに、役職もまだ与えられない」


「ここへ来て、七日だ。任せる仕事は、確かめながら増やす」


 レオンは紙を閉じた。


 ゼルドには給金を払っている。だが、男が欲しいのは、給金だけではないと分かった。


 敵だった者だから、いつまでも下へ置くわけではない。


 それでも、求められた地位を先に渡すことで過去の話を黙らせてはいけなかった。


「照合では、村人から礼を言われたと聞いた」


 レオンが言うと、ゼルドの顔が歪んだ。


「礼なら、誰でも言います。ここで私が任せられるのは、札を並べる仕事ばかりだ」


「それで、余分な麦を取られずに済んだ家がある」


「なら、なぜあの頭領が前へ立つ。あいつも、奪って生きてきた男でしょう」


 グスタフの方を指す。


 レオンは、男の手から目を逸らさなかった。


「そうだ。だから今は、奪わずに運ぶ仕事をしている。君の照合も、同じように残っている」


 ゼルドが何か言いかける。


 レオンは、その先を待った。


 辞めたい、という話なら聞く。過去のことを恐れているなら、何を調べているか説明できる。


「私に、いつまで下で働けと言うのですか」


「次に任せる仕事は、相談できる。だが、部下を持てば過去の話をやめる、という条件にはしない」


 ゼルドは膝の上で拳を作った。


 前の領主を離れた理由を、レオンはもう一度尋ねようと思った。だが、番所の水が足りないという知らせが入り、兵を呼ぶため一度席を立った。


 戻った時、ゼルドは紙を畳んでいた。


「明日の仕事は果たします」


 レオンはその言葉を受け、交渉の役を確認した。警戒と人質の救出は別の者に任せる。


 男の返事は、丁寧な調子へ戻っていた。


     *


 夜、巡回が戻った時、ゼルドへ封書が届いた。


 本人への手紙として渡されたものだった。


 レオンは、敵の作戦や団員の配置を書いて返さないよう、前に示した条件を確認した。男は何も返答を送らず、封を開いた。


 その顔が、紙の上で止まる。


「何の知らせだ」


「家の者からです。明日の話が終わったら、報告します」


 レオンは返事を待ったが、男は畳んだ紙を懐へ入れた。


 手首の紋は光らない。


 迷いや、何を考えているかまで、そこには現れない。


 彼はゼルドの持ち場を変えず、交渉の警戒役は別の者に任せた。


 その後、テッサが戻ってきた。


 裏の小戸は、開く。


 シルヴィアが図を見て、静かに頷いた。


 裏へ回る道に、枯れた枝が多い。


 踏めば、番所の窓まで音が届く。


 テッサは、明るいうちに足を置く場所を見た。暗くなってから道を探すのではなく、覚えた間隔を歩く。


 人質が表へ動かされている今、小戸の内側には荷が残っている。


「戸を開けても、すぐ全員は走れません」


「私が弩の方を押さえる。その間に、縄を」


 シルヴィアが言った。


 レオンは、救出後に盾へ入る場所を示す。


 どこまでなら自分が繋げるかも、先に伝えた。


 番所の建物の向こうでは、互いの合図が見えない。彼女たちの最初の一歩を、魔法で支えることはできない。


「危ないと思ったら、戻って」


「その時は知らせる」


 シルヴィアは短く答え、剣帯を締めた。


 明朝、言葉が通らなければ、彼女がそちらへ回る。

条件を飲むことが、そのまま人を救うことになるとは限らない。目の前の命を見ながら道を探す回でした。


次回予告:張り詰めた番所で、交渉の続きが始まります。


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