↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/65

第52話 その大技の名前を、今度は笑わせない

 鉄の荷車が、曲がり角へ現れた。


 正面の隙間から、弩の矢が飛ぶ。


 盾の縁に刺さった矢が、グスタフの頬を掠めた。彼は舌打ちし、一歩だけ下がる。


「もう一歩、下がる」


 レオンが告げた。


 坂の下へ、逃がす荷車はない。荷役の者も先に中継所へ移した。


 残っているのは、守るためではなく、敵の足を決めた場所へ運ばせるための盾列だ。


 ダリオが左右の盾へ同じ間隔を保たせる。


 右端の団員の靴が、石へ乗った。


 盾の上が、少し浮く。


 レオンはその隙間を見て、隣の者へ合図した。支える手が入る。浮いた盾が戻った瞬間、弩の矢が上を抜けた。


 団員の唇が白い。


 下がり続けると、負けている気がするのだろう。敵もそれを知って、鉄板を叩いている。


「予定の場所まで、あと二歩」


 レオンは、盾越しに聞こえる高さで言った。


 逃げろ、ではなく、次にどこへ足を置くか。


 その二歩を、昨日、全員で歩いている。


 団員が息を吐き、踵を動かした。


 リゼットの手はまだ下にある。先に火を出せば、風に散って終わる。


 敵が大声を上げるたび、彼女の指が微かに動いた。


 待つことも、今日引き受けた仕事の一つだった。


 敵の押し手は、こちらの退き方を見て勢いを増した。


「押し潰せ! 弓はもう効かん!」


 鉄板の奥から声がする。


 エリシアは、射たなかった。


 木の上で矢をつがえ、レオンの手を見ている。


 彼は道の内側の根を見た。


 車輪が乗った。軸が傾く。敵が左右の押し手へ声をかけ、荷車の進みが一瞬止まった。


「今」


 矢が、正面ではなく側面へ走った。


 押していた二人が手を離す。弩兵が横へ向きかけ、その隙間へ別の矢が入った。


 グスタフが盾を押す。


 荷車にぶつけるのではない。横へ出ようとした槍兵の足を止め、押し手を車体の後ろへ戻す。


 鉄鎖紋が、盾と射手の間に繋がった。


 レオンはリゼットへ、手を開く。


「三呼吸」


「分かってる」


 彼女は両手を前へ出した。


 以前、ニコに笑われた名前が、口から出る。


「――灰燼の王冠」


 巨大な火柱は上がらなかった。


 火は細く、低く、荷車の側面へ走る。


 エルフの射手が呼ぶ風が、上へ散ろうとする火を押さえた。車輪の油布へ届き、軸の周りを赤く巻く。


 一呼吸。


 弩兵が、隙間から顔を引いた。


 二呼吸。


 押し手が熱で車体を離す。荷車は傾いたまま、片側の輪を道の外へ落とした。


 三呼吸。


「切る!」


 レオンの声で火が止まる。


 林へ燃え移る前に、リゼットは両手を下ろした。


 敵の荷車が、横倒しになる。


 金属が土へ叩きつけられた。


 覆いの下から、押し手が這い出した。


 地面へ伸ばした手の先に、味方の槍がある。男はそれを取ろうとし、グスタフの盾がすぐ前へ立つと、指を引いた。


 レオンは、足元の焼けた布を踏んだ。


 まだ赤いところがある。砂をかける者を呼び、敵の後ろへ不用意に火が回らないよう確かめる。


「もう一度、あの魔法が来るぞ!」


 奥の兵が叫んだ。


 リゼットは、その声を聞いても杖を上げなかった。


 三呼吸で決めた火だ。続けて出す余力があるかを敵に見せる必要はない。


 ダリオが前へ出た。


 弩兵は鉄の覆いを振り返り、それからこちらの盾を見た。頼っていた車体が横倒しになり、その後ろから押してくれる仲間もいない。


 倒れている者へ引き返すのか、武器だけ取って逃げるのか。迷って足を止めた時には、槍の先が退く幅を決めていた。


 逃げ出した兵の前へ、ダリオの槍が並ぶ。


「武器を捨てろ。退く者は追わん!」


 盾を頼りに固まっていた敵は、どちらへ逃げればよいか迷った。こちらの射手が左右を押さえ、中央には盾と槍がある。


 先に一人が、弩を投げた。


 続いて三人。残りは倒れた荷車を放置し、林道の奥へ下がっていく。


 グスタフは、一歩を出しかけ、戻した。


 追うより先に、倒れた敵の腕が車体の下にないか確かめる。


     *


 リゼットは、根へ腰を下ろした。


 指先が、震えている。


 ニコが水袋を渡した。


「大技、三呼吸だったな」


「長ければ偉いとでも?」


「いや。凄かった」


 彼女の顔が、少しだけ上がった。


 レオンは疲労の残るこめかみを押さえ、倒れた荷車を見た。


 材を試し、道を調べ、荷役を避難させた時間が、その三呼吸へ入っている。


 法の光だけで焼いたものではない。


 降伏した敵の一人が、リゼットを見る。


「そんな魔法を、隠していたのか」


 彼女は答えかけ、レオンを見た。


「隠していたのではなく、使える形を作ったのよ」


 ニコが、今度は笑わなかった。


 火傷をした兵は、布を巻かれて水を飲む。こちらも盾役一人の肩へ矢傷があり、戦闘の後に診てもらう必要がある。


 番所から、白い布を持つ使者が来たのは、その時だった。


「捕らえた民を返す話をする。領主様の条件を聞け」


 レオンは、まだ熱の残る荷車から視線を離した。


 道を開けた先に、剣では切れない取引が待っていた。

派手な名前を笑っていたニコが、今度は合図を担う。仲間の仕事を知ることも、連携の力ですね。


次回予告:道の先で待つのは、人質をめぐる取引です。


続きが気になったらブックマークを、面白いと感じたらページ下部の評価で応援していただけるとうれしいです。執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。