第51話 鉄で覆っても、荷車の弱点は消えない
敵の荷車には、矢が刺さらなかった。
エリシアが拾ってきた鏃を、レオンの卓へ置く。先が少し曲がっていた。
「正面から、続けて射ることは勧めないわ」
「弓を強くすれば?」
新人が聞くと、彼女は自分の腕を示した。
「引き続けられる重さにも限りがあるの。敵の板一枚のために、こちらの射手を全部疲れさせる?」
新人は首を振った。
レオンは昨日の報告を重ねる。覆いのついた荷車は、後ろの兵が押して動かす。前の弩兵が歩く盾の陰に入り、こちらの矢を防ぎながら進む。
村の乾燥棚を焼いた隊にも、似た物があったという。
強い兵を正面へ置き、足りない部分を道具で埋める。こちらだけが、組織の力を使えるわけではなかった。
「進む道を、選ばせないようにする」
レオンが林道へ印を置く。
道を塞ぐことができる重さなら、外へ降りる時も簡単には動けない。
テッサが、車輪の跡を指す。
「この曲がり角では、一度止まっています。内側の輪が根へ当たるので」
ボルガンは木の模型を作り、車体を傾けた。
「上が重い。片側を落とせば、持ち上げるにも人が要る」
グスタフが盾を並べ、道幅を示す。
「俺たちが動かすんじゃねえ。向こうに、ここまで押してもらう」
レオンは頷いた。
途中で荷役の民を退かせること。敵を誘う間、後ろの道を別の班で守ること。
荷車を倒す場所だけ決めても、その周りに暮らす者が残っていれば使えない作戦だ。
*
午後、村の見張りから別の知らせが来た。
外れの畑に残っていた四人が、私兵に連れていかれた。乾燥棚の避難を終えた時には、まだ家の作物を守ると言っていた者たちだ。
その中には、母親と幼い息子がいる。
シルヴィアが、地図から顔を上げた。
「城へ運ばれたの?」
「途中の番所です。まだ、そこにいると」
テッサが言う。
レオンは、捕らわれた者の名と、最後に見た場所を別の紙へ書いた。
全員を村から移させるべきだったのか。
その考えは浮かぶ。だが、彼らの意思を無視して家から引き出していたら、それも守る約束とは違っていた。
今できるのは、居場所を確かめることだ。
「番所へは、こちらから先に矢を射ない。民のいる場所と、敵の盾を分けて調べる」
シルヴィアが頷く。
ゼルドは、番所の門の図を見ていた。
「ここには、昔の同僚がいる。降伏を勧める話なら、通せるかもしれません」
「連絡の内容は、先に共有してくれ」
「当然です」
レオンはゼルドへ、見張りの場所や次の襲撃時刻を渡さなかった。言葉を届ける仕事と、作戦を全部知ることは同じではない。
ゼルドはそのことへ異議を言わず、依頼する文面を読み直した。
「以前、あの番所で部下が脚を折りました。奥の敷居が高い。担架を通すなら、足側を少し持ち上げる必要があります」
テッサが、図の端へ書き足した。
「戸だけでなく、そこも確かめます」
ゼルドが彼女を見る。
「私の話を、信じませんか」
「信じているから確かめに行くんです。戸が壊れていたら、あなたの話が間違いだったとは言えないでしょう」
男は口を閉じた。
レオンは担架を用意する者へ、敷居の話を渡した。
「知らせてくれて助かる。そういうことは、図だけでは分からない」
「……昔の部下なら、私の言う通りに運びました」
ゼルドは、返ってきた紙を折った。
役立つ知らせを持つことと、言った通りに皆が動くこと。男は、その二つを手放さずにいた。
レオンは紙に記した敷居の高さを見た。人質を運ぶ時、本当にその知識に助けられるかもしれない。
*
夕方、リゼットが火鉢を作業台へ置いた。
ボルガンの金具で、細い風の通り道を固定する。
「今度も、湯を沸かす?」
ニコが覗いた。
彼女は鼻で笑う。
「今度は、もっと派手な仕事が来るわ」
試しの炎を細く流すと、金具の端へ火が走った。レオンは、覆いの荷車の図と交互に見る。
鉄板は燃えない。
だが、押す兵が覗く隙間も、車輪を留める部分も、全部は鉄で覆われていない。
「矢で足を止めて、盾で向きを固定する。その後なら、狙えるか」
リゼットは、手を止めた。
「止まった場所と、合図が分かれば」
レオンは余白へ、火を出す時間を書いた。
大きな魔力ではない。
試しに、古い荷車の輪へ炎を送った。
最初の火は、軸を外れて上へ抜けた。エリシアが風を呼ぶと、今度は早く曲がりすぎる。
リゼットが、額の汗を袖で拭う。
「私が先に出す。あなたは、その後から下へ押さえて」
「分かった。出す時、指を開いて」
二度目も、火は少しずれた。
レオンは合図を一つ減らし、二人だけが見える位置へ立った。
三度目で、軸に巻いた油布が燃えた。
ボルガンが砂をかける。
「そこまででいい。輪ごと燃やす時間は要らん」
ニコが、リゼットの書いた紙を見る。
「灰燼の王冠? 輪っかを燃やすから、王冠?」
彼が笑うと、彼女は紙を裏返した。
「明日、その口で合図を間違えないでね」
レオンは、三度の試しに使った分の疲労を見て、今日の練習を終わらせた。
別々の小さな仕事が、一つの隙間へ重なる時を作る。
小さな仕事を重ねて、ようやく一つの技になる。リゼットの技名にも、違う響きが出てきた気がします。
次回予告:練習した三呼吸を、鉄の荷車の前で合わせます。
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