第50話 王子の見えない場所で、騎士は決める
「二つへ分かれる。合図が届かない距離になる」
レオンは地図の上へ石を置いた。
村の乾燥棚へ迫る私兵と、森の荷車道を塞ぐ兵。
どちらかを見捨てれば、村人は家を失うか、次の収入を失う。
全部の兵を一つへ繋いで押し返せる距離ではない。
「村は、私に任せて」
シルヴィアが言った。
「支援は、あなたと荷車道の方へ。村では、狭い場所を使って民を逃がします」
レオンは、村へ置いた見張りと、脱出路の図を渡した。
火をつけられた場合は、乾燥棚より人命を優先する。
強い敵が来ても、退ける道を残す。
「判断が変わったら、知らせてくれ。私の返事を待つ必要はない」
「そのつもりです」
彼女は少し笑った。
テッサと人間の盾役六人、エルフの射手二人が村へ向かう。残りは、レオンとダリオの下で荷車道を守る。
ゼルドたちは、街へ戻る民の案内と荷の確認。まだ重要な持ち場を単独では任せない。
訓練中の八人も、この朝に全員を戦場へ出すことはなかった。
街の戸口と、水を運ぶ仕事がある。
ダリオが、新人のうち二人の名へ印をつけた。
持ち場の合図を覚え、負傷者を担ぐ訓練も終えている。今日の担当は、退いてきた者へ水を渡し、次の見張りへ伝えることだ。
剣を持って城へ走る役ではない。
「戦場へ出られないなら、まだ役に立たないのか」
その一人が聞いた。
シルヴィアは、自分の水袋を渡した。
「戻った時、ここで補充できると分かれば、村で立っていられる。あなたの仕事を、もう当てにしています」
青年の背が伸びた。
レオンは退路の終点へ、彼の名を書いた。
強い者の名前だけ並ぶ作戦図には、帰った後の手がない。
シルヴィアはその図を折り、テッサへ渡す。彼女の班にも、戻る場所ができた。
*
荷車道では、敵が先に木を倒していた。
弩が二つ。槍が八本。
レオンは林の端から見て、グスタフへ告げた。
「あの木を、一人で動かそうとするな」
「言う前から、考えてねえよ」
大男は肩を回した。
今度の盾は、傷のある箇所へ帯が食い込まない。
エリシアが上の枝へ移る。
矢を通す場所は、もう知っている。
だが、レオンはすぐ前進させなかった。
敵の後ろに、鉄の覆いを持つ荷車がある。
押している兵の頭まで隠す高さだ。
普通の矢で止めるつもりなら、射手の力を先に使い切る。
「今日は道を取り返すより、荷車を退かせる。別の坂へ戻そう」
荷役の者が頷き、後輪へ縄を結んだ。
レオンが法の接続を短く保ち、盾役は後退する車を囲う。
敵は追い始めたが、林の上から矢が降ると足を止めた。
守る対象は通り道ではなく、今ここにいる荷役と荷物だ。
*
日が傾き、村からテッサが戻った。
外套の端が焦げている。
レオンは立ち上がった。
「シルヴィアは?」
「戻ります。先に、報告を」
声は乱れていない。
敵は村の入口だけでなく、畑の裏から油を持って来た。シルヴィアは守る家を絞り、裏道の見張りを増やした。
乾燥棚の一つは焼けた。
そこにいた二人は、逃がせた。
村人の手を借りて水を回し、民を運んでから、追手を石垣の外へ押し戻したという。
レオンは、焼けた棚の名を書いた。
守れなかった物がある。
それを隠さず、自分で決めて知らせる者がいる。
「判断は、任せた範囲だった」
「シルヴィア様も、そう確認していました」
遅れて彼女が戻ると、レオンは報告の前に水を渡した。
剣の柄に、煤がついている。
「全員、運べたわ」
その言葉を聞いてから、彼はようやく椅子へ戻った。
テッサが、焦げた布を畳みながら小さく言う。
「先ほどは、王子様の方が、だいぶ急いでいました」
シルヴィアが彼を見る。
レオンは、荷車道の報告を開いた。
机の上では、もっと急ぐ話が一つ残っている。
敵の鉄の荷車を、どう止めるか。
任せることは、見捨てることではない。別々の場所から戻る報告を待つ王子の時間も書いた回でした。
次回予告:矢が通らない荷車を、どう止めるのか。
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