第45話 古い誓約は、誰のためのものだったか
古い壁は、村の外れに残っていた。
家を建て直した時も、崩さずに置いたという。
レオンは石の表面へ掌を近づけた。
自分の紋が、微かに冷える。
文字は薄れ、読めるところと、欠けたところがある。
「誓いの場だったとは、聞いています」
村の老人が言った。
「何代も前のことで。病や獣が来た時、家同士で役目を決めたとか」
ボルガンは石の端を確かめる。
街で拾った欠片と、繋がった。
円の内側に線。外へ向けて、小さな溝が伸びている。
「何のための溝だ」
「分からん」
ドワーフは、あっさり答えた。
「昔の物だ。似ている形だけで、今の道具と同じ使い方をしたとは言えん」
レオンは頷き、紙を石へ当てた。
擦り出せた字を、エリシアが読む。
「……互いの……務めを……」
次は、欠けている。
「王に従え、ではないのか」
「そう見える部分は、今のところないわ」
彼女は指を浮かせた。
残った文字を、都合よく繋げてはいけない。
レオンも続きを想像しかけ、筆を止めた。
自分の力は、一人で戦うには弱い。
だが、役目の違う者が、互いの動きを信じれば繋がる。
ここでも、似たことを試した者がいたのかもしれない。
見知らぬ剣士たちの情景だけが、始まりではなかったのだろうか。
*
石壁から戻る途中、ボルガンが布包みを開いた。
以前、荷の中で見つけた壊れた固定具だ。
欠けた魔石を外すと、金属の底にも線がある。
こちらは、円の一か所へ線が集まっていた。
古い壁とは、似ているが、同じではない。
「直せるかと聞かれれば、外側は直せる」
ボルガンが言う。
「だが、中の働きが分からん。今は石を入れ直すな」
レオンは固定具を布へ戻した。
未知の道具を、便利そうだからと部下へ付けることはできない。
誰が持ってきたか。何に使っていたか。
マルコの仕入れ記録へ、もう一度問い合わせを加える。
答えが届くまでは、鍵のある箱へ入れておいた。
*
街の卓には、別の問いが待っていた。
村の代表が三人。森の薬草を売り始めた家の者もいる。
「領主には、もう払いたくない」
一人が言う。
「あなたたちに渡せば、守ってくれるんでしょう」
レオンは、用意された麦の袋を見た。
袋を受け取れば、今月の飯は増える。
だが、次の月も、その次も、守れる範囲を約束することになる。
「どこを守ってほしい」
問い返すと、三人の指す場所は違った。
畑。薬草の乾燥棚。街へ続く坂道。
どれも、レオンの小隊が同時に立てる距離にはない。
シルヴィアが地図へ、見張りを置ける場所を記す。
「人を置き続けるなら、村で合図を出す者が要ります。こちらが来るまでの間、逃げる場所も」
代表たちは、互いを見る。
魔法の印を押せば、村が一夜で砦になるわけではない。
レオンは、袋の封をまだ切らなかった。
「費用と仕事を、先に決めよう。払った後で、足りないからもっと出せとは言わない」
誰かが、ほっと息を吐く。
古い誓約の続きを、今すぐ読むことはできない。
目の前の約束なら、自分たちで続きを書ける。
代表の一人は、街へ常駐の兵を置いてほしいと言った。
別の者は、その給金の負担を気にした。
「うちには、宿にできる建物がありません」
「うちにはある。でも、あそこへ皆の荷を集めたら、狙われる」
シルヴィアは図を二枚に分けた。
一方は見張りの交代。もう一方は荷を分散する場所だ。
レオンは、警備を一番強い家へ集中する案を消した。
森の道も、村の倉も、一本道で全部を支えれば、その一本を壊すだけで止まる。
代表たちは、隣の村の名を書き足した。
対価を払う自分の村だけ守ってほしい、という話から、荷を一緒に通すならどこも途切れてはいけない、という話へ変わっていく。
袋の封を切る前に、地図の上で仕事が繋がり始めた。
その夜、徴収隊を離れたという一団が、街門へ来た。
先頭の男は、武器を預けると言った。
「ゼルド・ケイン。領主のやり方には、もう従えません」
レオンは、彼の背後に並ぶ五人を見た。
今度は、敵だった者の約束を確かめる番だった。
昔の形を見つけても、すぐ答えにはならない。確かめながら、今の約束を作っていく回でした。
次回予告:守る仕事の費用と、その使い道を話し合います。
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