第43話 怖いなら、今日は話さなくていい
証人の男は、出発の直前に荷を解いた。
「やっぱり、行けません」
村の収穫を取り上げられた話を、ロイドに届けるはずだった。
妻と母は、まだ村にいる。
王国の役人に話したと知れたら、今度は家に兵が来るかもしれない。
「申し訳ない。俺、昨夜は行くと言ったのに」
シルヴィアは、馬の手綱を杭へ結び直した。
「それは団員の誓約ではありません。話すと決めたことまで、法で縛りません」
男の視線が、彼女の腕へ落ちる。
鉄鎖紋は静かだった。
レオンは隣で、地図の村を見た。
家族を街へ移せば、ただちに安心とは言えない。住む部屋も、仕事も、畑の手入れも必要になる。
守ると約束する範囲を、先に確かめなければならなかった。
「村に残る者の、戸口と逃げ道を見よう」
「私が行きます。テッサを連れて」
シルヴィアが答える。
「王子の護衛は?」
「街にいます。他の者へ任せられます」
男は、二人の顔を交互に見た。
自分のために騎士が出れば、それも借りになると思っている顔だった。
「話す代わりに護衛をつけるのではありません。今、危険があるから確かめるのです」
シルヴィアは、彼のほどいた荷を押し戻さなかった。
「今日は、ここにいてください」
*
夕方、テッサが先に戻った。
見張りの配置を書いた紙。村から離れる小道。隣家と共有できる水桶。
「領主の兵は、まだ入っていません。ただ、徴収の日が繰り上げられています」
村の見張りを、今すぐ騎士団だけで常駐させる人数はない。
だから門へ入った人を数え、危険を知らせる合図を決める。女性と老人が夜に通れる道も、確かめ直した。
レオンは、街の巡回を一つ移す案を出した。
ダリオが首を振る。
「そこで減らすと、夜の薬倉が空く」
先日から働いている避難民が、戸の鍵を預かれると申し出た。
薬の名は分からない。だが、火を使わせず、出入りを記録する仕事ならできる。
メレナへ確認し、その時間だけ護衛を交代させた。
新しい役目は、槍を渡すことだけではなかった。
遅れてシルヴィアが帰った。
証人の妻から預かった、小さな袋を持っている。
中には、領主の受取札が三枚。
「同じ月の同じ名目でした。夫には捨てたと言ったそうです」
男は袋を抱え、顔を伏せた。
「前に、訴えた家があったんです」
男は、袋を開かずに言った。
「そのあと、荷車が来なくなった。村の誰も買いに来られなくなって、その家の畑も手伝えなかった」
レオンは地図を見る。
誰か一人へ剣を向けなくても、道を握る者は家を追い詰められる。
「今度は、森の便を止めない。君が話したせいで必要な荷が来なくなったら、村から先に知らせてくれ」
「その分は、俺が払うんですか」
「証言の代金にはしない。道の護衛の仕事として、村の代表とも確かめる」
シルヴィアが、中継所へ届ける札を渡した。
男は札の印を指でなぞった。
訴えるための紙より、訴えた後に使えるその小さな札を、長く見ていた。
しばらく待つと、自分でロイドのいる部屋を指した。
「妻の名前は、今は書かないでほしい」
「まず、その条件を聞いてもらおう」
レオンは、一緒に立った。
*
夜、シルヴィアが腕当てを外す。
手首に、革の縁の跡が赤く残っていた。
レオンは湯を入れた器を、彼女の手のそばへ置く。
「今日は助かった」
「話すのを待てば、見張りは待ってくれないもの」
「君は、私の代わりに村へ行った」
「あなたの代わりに、ではありません」
シルヴィアは顔を上げた。
「私も、あの家族を守ると決めたので」
レオンは頷く。
王子の命令をよく聞く騎士だから、頼れるのではない。
同じものを見て、自分で進むから、隣にいてほしいと思う。
彼はその言葉を言いかけ、まだ仕事の礼だけを口にした。
シルヴィアは湯へ指を入れた。
「明日は少し、街の中を歩きます。何も起きなければ」
レオンは明日の欄を開きかけた。
彼女が、帳面の上へ指を置く。
「そこへ全部書かないでください」
話してほしい時ほど、話さない選択も守る。シルヴィア自身が決めて動く姿も、大切にしたい回です。
次回予告:今度こそ、仕事の帳面を置いて街歩きへ。
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