第41話 領主は、民が逃げた理由を数えない
「二つの村で、徴収が止まっております」
報告の紙が、城の卓へ置かれた。
ヴァルグ・アイゼンは、先に合計の欄を見た。
足りない銀。届かない麦。逃げた労働者。
グレイヴェルへ出した私兵の費用は、まだ取り戻せていない。ハーゲンからの報告も途絶え、街道の検問へ来る荷車は減ったという。
森の道が開いたせいだ。
「森の取り分を増やせ」
「その森にも、追放王子が入りました。エルフと交渉していると」
領主は顔を上げた。
「王国の土地で、誰と何を交渉する」
徴収役は返事を避けた。
地図の境界は、去年、領主の命令で広げられた。木々は動かなかったが、帳面の線は動いた。
「護衛付きの荷に、手を出せません」
「ならば、護衛のない荷を押さえろ」
椅子の背を叩く。
「王子の街へ売る者を止めれば、王子は自分で買いに来る」
「村では、薬を届けてもらった者が反発しております」
「食わせれば、どこへでも付く連中だ」
アイゼンは、村の名へ線を引いた。
治療の費用を知るためではない。次の徴収を、どこへ向けるか決めるためだった。
卓の隅には、王都への贈り物がある。
王国の重臣へ、街道警備の功を知らせる品だ。警備の名で集めた金の一部は、街道ではなく、この包みに変わった。
領主はその封を確かめた。
「兵はいる。城もある。王子には、ならず者しかおらん」
紙の上では、まだその通りだった。
城の武器係が、新しい支出を出した。
森の道を塞ぐには、弩を増やす必要がある。隣の工房で作らせる、鉄で覆った荷車の図も添えてあった。
アイゼンは図を見て、頷いた。
魔力の高い騎士がいればよいと思うほど、軍務を知らない男ではない。
何度も矢を受けて退いた兵には、前へ進ませる盾が要る。覆いの荷車を使えば、押す者は強い騎士でなくてもよい。
「二台、先に出せ。森で試す」
武器係が下がる。
徴収役は、村人の訴えを書いた別紙を持ったまま残っていた。
領主は、その紙を裏返した。
道具の弱点を直すためには金を使ったが、人が逃げる理由を変えるためには使わなかった。
*
レオンが街へ戻ると、門の外に荷車が一台あった。
中身は鉄の鍋。
森へ届けるはずだった品を、検問の兵が押し戻したという。
荷車の男は、請求の紙を出した。
「前に払った分とは別に、森林保護の手数料だと」
マルコが額を見て、口を閉じた。
売った代金より、手数料の方が高い。
「殿下。これは、払って通る種類の話ではありませんね」
レオンは紙を受け取る。
街道を使わない荷まで、徴収の対象にされている。
こちらが別の道を作れば、向こうは別の名前で囲う。
今度も賢く迂回すれば済む、とは言えなかった。
テッサが、布告の写しを並べる。
村人を連れ去ったという告発。
森のものを不当に買い付けたという告発。
日付を見ると、レオンたちが森の契約を結ぶ前に書かれていた。
「調べてから、書いたのではないな」
「こちらを止める理由が、先に必要だったのでしょう」
シルヴィアが答える。
その時、鍋の荷車から老いた御者が下りた。
首に、細い擦り傷がある。
「積み荷を渡せと言われて、拒んだんです」
シルヴィアは彼を椅子へ座らせた。
レオンは新しい紙を開く。
払った額。場所。命じた者の名。傷の手当て。
御者は、少し戸惑った。
「俺の名前まで、要りますか」
「君が許せば、被害を確かめるために。公開する範囲は、別に決める」
男は考えてから、名乗った。
アイゼンの紙には、徴収が減った額がある。
こちらには、帰ってきた御者の名が載る。
レオンは、先日の村人へ送る返事も書いた。
話を聞いてくれる者を、街の外から呼ぶ必要がある。
王国の役人だから信用できるとは限らない。
だが、全員が領主と同じであると決めれば、届ける先さえ失う。
ロイドの名を、宛先へ記した。
今度は王子としての抗議だけでなく、被害者が自分で語れる場所を求めた。
同じ出来事でも、数えるものが違えば見え方も違う。銀貨の合計と人の名前が並ぶ回でした。
次回予告:かつて街を見た監視役が、再び訪れます。
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