第4話 無能王子を笑いに来た監視官、帰りの報告に困る
「第四王子殿下の到着後の状況を、検分に参りました」
街門の向こうで、細身の男が名乗った。
眼鏡。泥のついていない革靴。胸には王国行政官の記章がある。
「ロイド・ヘルマーです。殿下より一日遅れて王都を出たのですが、この道は実に――」
男の視線が、門前の巨体へ落ちた。
言葉が止まる。
レオンは木箱に座ったまま、帳面を閉じた。水を飲んで休んだが、立つとまだ脚が重い。
「道が悪かったか」
「……ええ。そうですね。道の話をしていました」
ロイドは眼鏡を押し上げた。
「これは、何でしょう」
「オークだ」
「それは、分かります」
「では、何を聞いている?」
「なぜ、ここに」
「襲ってきたので倒した」
行政官の口が、二度開いた。
後ろに並ぶ男たちを見て、ようやく頷く。
「なるほど。殿下は、傭兵に保護していただけたわけですね」
「護衛ではなく、街の防衛に雇った」
グスタフが鼻を鳴らした。
ダリオが肘で軽く押す。
「並べ」
「並んでるだろ」
「槍を揃えろ。役人へ向けるな」
男たちの槍先が一斉に上がった。
ロイドが半歩下がる。
「……この方々を、殿下が?」
「そうだ。全員が同じ条件で誓約している。討伐の記録を確認してほしい」
差し出した紙を、ロイドは取り損ねた。
彼が来た理由は分かる。追放先で何かを起こしていないか。王家の名を使って借金でもしていないか。
さっきまでの顔からすると、十分ありそうだと思っていたのだろう。
「重傷者、一名」
ロイドが記録を読む。
「これは、戦いが失敗した証左では?」
「組織の外から単独で出た傭兵だ。今は治療を受けている。加入者の戦死はゼロ。軽傷は数名、装備の損傷は別紙に」
「ゼロ」
細い声だった。
「討伐した者の名前も確認するか」
レオンが呼ぶと、ニコが嫌そうな顔で近づいてきた。
「俺、何も盗ってないよ」
「名前を伝えてくれ」
「ニコ・ラッツ。ほんとに、まだ何も盗ってないからな」
「まだをつけるな」
シルヴィアが言った。
ロイドはニコの貧相な装備を見て、次にガルムドを見た。
「この者も戦闘に参加したのですか」
「盾を持った」
「この盾で?」
「隣と一緒に持った」
ニコが答える。
ロイドは今度こそ黙った。
検分は街の中へ移った。
避難した住民を家へ戻し、交代の見張りを門へ置く。負傷者を運ぶ者、壊れた柵から使える材を回収する者。
レオンはダリオへ細かな指示を渡し、シルヴィアには住民の確認を任せていた。
ベルタの酒場では、床の硬貨はもう片づけられている。少女は椅子に座り、母が鍋へ水を入れるのを見ていた。
「あの人たちが、今日はお金を取りに来ないの?」
少女の問いに、ベルタは店の前の団員を見た。
「来ても、払う側だよ。今はね」
ロイドの筆が止まる。
「何か」
レオンが尋ねた。
「いえ。想定していた現地状況との、差異を……」
「街はまだ危険だ。今日の戦果だけで、安全になったとは書かないでほしい」
男が顔を上げた。
「都合のよい報告を求めないのですか」
「報告が正しくなければ、必要な物資も届かない」
ロイドは口を閉じ、帳面へ目を落とした。
帰り際、彼は記章のついた胸を正した。
「この規模でも、統一された指揮と隊列がある。単なる護衛ではありません」
「街を守るための組織だ」
「軍ですよ、殿下。王国には、そう報告します」
シルヴィアがレオンを見た。
王都へ、軍を作ったと伝わる。
追放された身には、面倒の種にもなるだろう。
しかし、なかったことにはされなくなる。
「組織の名前は」
ロイドが聞いた。
レオンは、男たちの腕に残る鉄鎖紋を見た。
鎖に縛られただけの集団では、長く続かない。あの盾が止めたものを、次も止められる組織にしたい。
「鉄律騎士団」
グスタフが、後ろで低く繰り返した。
「……騎士団、かよ」
「名に負けない仕事をしてもらう」
レオンが言うと、ニコがすぐ手を挙げた。
「騎士団って、飯は出る?」
ロイドの筆が、今度は紙を引っかいた。
ようやく騎士団に名前がつきました。立派な看板の直後に飯を心配するニコが、なんとも彼らしいです。
次回予告:団を続けるため、まずは同じ食卓へ。
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