第3話 腕自慢が倒れた朝、ゴロツキの盾が巨体を止めた
夜明けの丘から、三つの影が下りてきた。
先頭の一頭だけが、ほかのオークより頭一つ大きい。肩から垂れた毛皮の下に、人の胴ほどもある腕が見えた。
引きずる棍棒が、道に溝を掘っている。
「ガルムドだ。何年か前、傭兵隊を潰したやつだよ」
グスタフが盾の握りを確かめた。
昨夜のうちに、街門へ木材と荷車を運び込んだ。壊れた柵を直す時間はない。左右を塞ぎ、魔物の通れる幅を狭くするしかなかった。
誓約者二十四人のうち、バズは拘束されている。残る者も装備はばらばらだ。
レオンは、その盾を見た。
革張りの丸盾。傷だらけの鉄盾。曲がった板を打ちつけただけのもの。
使えるものを前へ集めると、六枚になった。
「軍隊にいた者は?」
「いた」
短髪の男が答えた。古い兵士鎧を着ている。
「ダリオ・クライン。歩兵だ」
「六枚を二列に組めるか。前が下がったら、後ろが支える形に」
ダリオは門と荷車の間を見てから頷いた。
「動きを一つに絞れば。槍は左右から出す」
「任せる。私は敵の動きを見る」
「魔法は?」
シルヴィアの問いに、後ろの女が短杖を挙げた。
「火なら出る。焚きつけ程度でいいならね」
前髪が片目にかかっている。昨夜から皮肉を口にしていた魔術師だ。
「名は」
「リゼット」
「一点へ当てられるか」
「当てるだけなら」
「それでいい。私が示した場所へ、槍と同時に」
女は怪訝そうな顔をしたが、杖を下ろさなかった。
ニコが後ろの道を振り返る。
「なあ。下がれって言われたら下がっていいんだよな?」
「いい。合図はダリオからも出す。負傷したら声を上げろ。勝手に持ち場を空けるな」
「声、出せるかな」
「出している」
「今のうちに全部出しちまいそうだ」
笑った者は少なかった。
街門の外で、誰かが剣を抜いた。
「寄せ集めでびびってんじゃねえ!」
赤い革鎧の傭兵が、オークへ向かって歩く。
雇用の話に加わらず、酒場の二階にいた男だ。剣へ魔力を通すと、刃先が淡く光った。
「王子の法なんざいらねえ。俺の腕を見てろ!」
「戻れ。棍棒の間合いに入るな」
レオンの声を、男は笑い飛ばした。
次の瞬間、ガルムドが棍棒を横に振った。
剣が折れた。
男の身体が道の脇へ飛び、泥の上を転がる。立ち上がろうとした腕が、途中で崩れた。
ニコの口から、細い息が漏れた。
レオンよりも、グスタフよりも、明らかに魔力の強い男だった。
それが、一撃。
「救出する!」
シルヴィアが飛び出した。
荷車を迂回するように走り、別のオークへ剣先を向ける。牽制の一撃で進路をずらし、倒れた男の襟を掴んで引いた。
「街門の内側へ運べ! まだ息がある!」
後方の二人が受け取る。
ガルムドは救出者を追わなかった。正面の盾を見つけ、鼻を鳴らす。
「無理だろ、これ」
前列の男が呟いた。
レオンにも、見えていた。
一枚の盾では割れる。一人の脚では踏ん張れない。棍棒を上から振り下ろされれば、どのみち潰れる。
だが、左右の木材が敵の腕を邪魔している。あの巨体がここへ入るには、肩から押し込むしかない。
「下の縁を地面につけろ。腕で受けるな」
ダリオが男たちの姿勢を直す。
「後ろ、前の背を押せ。隣と隙間を作るな」
グスタフが中央へ膝を落とした。
「おい、ニコ。俺の左だ。離れんじゃねえぞ」
「そんなこと言うなら、あんたも離れるなよ!」
「離れられるか、こんな狭えとこで!」
土が跳ねる。
レオンの手首に、冷たい痛みが走った。
黒い法文が浮かぶ。
――連動行動を確認。
盾の握り。後ろから支える手。槍を構える足。
それぞれの鉄鎖紋が、細い光で結ばれた。
見知らぬ街の剣士たちが、ほんの一瞬、男たちに重なる。
同じ服でも、同じ武器でもない。
それでも、一人が空けた隙を隣が埋める、その動きは似ていた。
「受けろ!」
巨体が盾へぶつかった。
鈍い音が街門に響く。
前列が半歩滑った。後列が背を支え、隣の盾が押し戻す。光は一人の腕で途切れず、六枚をつないで走った。
木の柄が軋み、グスタフの肩から血が滲んだ。
だが、盾列は倒れなかった。
「止まっ……た?」
ニコの目が見開かれる。
「まだだ! 足を戻せ!」
ダリオが怒鳴った。
ガルムドは後ろへ引き、棍棒を持ち上げようとする。柄が荷車の縁へ当たった。
レオンは右の足を見る。踏み込みで泥に沈んでいる。
「槍、右脚へ。突け!」
三本の穂先が、盾の間と横から伸びた。
単独の突きより速い。引く時も揃っている。オークが脚を庇い、身体をねじった。
脇の毛皮が上がる。
「リゼット、右脇! 次の槍に合わせろ!」
「こんな火で、何が――」
言いながらも、女は杖を向けた。
小さな火が飛ぶ。
槍先が届く瞬間、火は細く絞られ、同じ場所へ突き刺さった。ガルムドの咆哮が裏返る。
巨体が揺れ、盾へ手を伸ばす。
シルヴィアがその腕を剣で払い、開いた喉元へ槍が揃って入った。
ガルムドの膝が落ちた。
「前列、そのまま! 後ろの二頭を見る!」
止まったはずの男たちへ、ダリオの声が届く。
残るオークは、崩れた巨体の脇へ回ろうとしていた。シルヴィアが片側を押さえ、槍と火がもう片側を狙う。
群れの二頭は、棍棒を振り回しながら後ずさった。
そして丘へ逃げた。
「追うな」
レオンは命じた。
「盾を下ろす前に、全員の顔を確かめろ」
一人、二人。
男たちが隣を振り返る。
割れた盾。擦り切れた手。震える膝。
倒れた団員は、いなかった。
「俺……生きてる」
ニコが言った。
「うるせえ。さっきから声がでけえんだよ」
グスタフの声も震えていた。
リゼットが杖の先を見つめる。
「今の、私の火?」
「君の火だ」
レオンは答えた。喉がひどく渇いている。視界の端が暗くなり、壁へ手をついた。
シルヴィアが、さりげなくその腕を支える。
「倒れた数を数えなくていい戦いは、久しぶりです」
彼女が言った。
レオンは頷くので精いっぱいだった。
背後で、誰かが歓声を上げた。
「見たかよ! ガルムドだぞ!」
「牙は俺が取る! 槍を入れたんだからな!」
「ふざけんな、盾を持ったのは俺だ!」
歓声が、すぐ取り分の怒鳴り声に変わる。
シルヴィアが深く息を吐いた。
「……ここからですね」
レオンは、少しだけ笑った。
「まず、水が欲しい」
一枚では受けきれない盾も、隣に誰かがいれば変わる。とはいえ、取り分の喧嘩はこれからですね。
次回予告:王都から来た監視官が、この街を見に来ます。
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