↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/37

第2話 民から奪うことを禁ず――破った頭領は膝をつく

 悲鳴は、街門近くの酒場から聞こえた。


 扉を開けると、倒れた椅子と割れた皿が見えた。大柄な男が卓を占領し、その脇で細面の男が女主人の腕を掴んでいる。


「今月分が足りねえって言ってんだよ、ベルタ」


「先週も払った。客まで追い出されちゃ、金なんて残るかい」


 女主人の後ろに、少女が隠れていた。


 レオンと目が合うと、少女はさらにエプロンを握り締めた。


「バズ。その手を離せ」


 シルヴィアが前へ出る。


 細面の男は笑った。


「また女騎士様か。俺を斬ったら、今夜この店を誰が守るんだ?」


 奥の大男が立った。顔の傷と無精髭。剣よりも、その肩幅が目についた。


「お前の上役から言われてるだろ。俺たちに手を出すなって」


 店の隅でも男たちが動く。戸口の外にも足音がある。


 シルヴィアの剣が強くても、離れた場所で同時に民を襲われれば間に合わない。


「頭領は君か」


 レオンが尋ねた。


 大男の目が、黒い外套と銀の留め具をなぞる。


「グスタフ・バルドだ。お前は?」


「レオン・ヴァルゼリア」


 一瞬、店が静まった。


 先に吹き出したのはバズだった。


「ああ、噂のハズレ王子! 本当に流されてきたのかよ」


「この街で暮らすには、護衛がいるぞ」


 グスタフは椅子へ戻った。


「俺たちを雇えば、寝床くらいは守ってやる。王子様には高くつくがな」


「では、雇おう」


 シルヴィアが振り返った。


「殿下!」


「条件がある」


 レオンは卓に記録帳を置いた。


「七日間。この街の防衛と巡回を行う。食事と寝床を支給し、賃金は七日目に払う。魔物討伐の利益も、役割に応じて分ける」


「いくらだ」


 金額を告げると、グスタフの目が細くなった。


 王族に雇われたという看板なら、商人にも幅が利く。彼が指で卓を叩きながら考えている間、バズはベルタの腕を離した。


「ただし、私の組織の法を守れ」


 レオンの指先から、黒い文字がほどける。


 一、民から奪うことを禁ず。


 一、命令なき私闘を禁ず。


 一、敵前逃亡を禁ず。


 一、仲間を売ることを禁ず。


 一、弱き者を害することを禁ず。


 法文が卓の上に並んだ。


「違反すれば身体が止まり、痛みを受ける。重大な違反は魔力を失う。守る相手や仲間を故意に死なせる背信には、命を失う裁定もある」


「怖い怖い」


 バズが肩をすくめる。


「王宮じゃ火もろくに出せなかったんだろ? 急に死刑執行人になれるのかね」


「受けないなら、それでいい。七日後は更新しなければ終わる。途中でも、平時に装備と仕事を引き継げば退出できる。ただし任務の最中に仲間を置いて逃げることは認めない」


 出入口に近い若者が、そっと手を挙げた。


「それ、怖くなっただけでも罰なの?」


「行動を罰する。怖いと思うことは違反ではない」


「じゃ、腹減ったと思うのも?」


「それも違反ではない」


「よかった。俺、一日中罰受けるとこだった」


 何人かが笑った。若者はニコと呼ばれていた。


 グスタフが法文を眺める。


「俺たちだけ従って、お前は好き勝手か?」


「私も従う。違反すれば同じ裁定を受ける」


 レオンが先に言った。


「この法を守り、街を防衛することを誓う」


 手首の鉄鎖紋が、はっきりと浮いた。


 グスタフは、それを見ても笑みを消さなかった。


「いいだろう。俺は条件を受ける」


 頭領に続いて、男たちが口々に誓約する。店の外から覗いていた者も加わった。隅にいた短杖の女も、食事の条件をもう一度確かめてから頷いた。


 二十四人。バズも、ニコも、その中にいた。


 それぞれの手首に、細い紋が宿る。


「【局中法度(システム・オーダー)】」


 レオンが名を告げると、法文は消えた。


 力がつながった感覚がある。誰が何を考えているかは分からない。ただ、今は確かに、誓った者たちと同じ組織にいる。


「じゃあ早速、護衛料の回収だな」


 バズがベルタの腰から革袋を引いた。


「待て。今、奪うなと言った」


「仕事の前金さ。文句があるなら――」


 少女が母の腕にすがった。バズは舌打ちし、その小さな手を払いのけようとした。


 腕が、空中で止まる。


「……あ?」


 黒い鎖が手首から肩へ走った。


 バズの顔が歪む。袋を握った指が開き、硬貨が床へ散った。


「ぐ、あああっ!」


 身体が折れ、膝が床を打つ。


 耳元で震えていた小さな魔法の飾り火が、ふっと消えた。男は魔力を込め直そうとして、息を詰まらせた。


 レオンの前に裁定が浮く。


 ――民への略奪。保護対象への故意の加害。


 ――行動停止。魔力封印。


「ベルタ。袋を拾ってくれ」


 女主人は動かなかった。


 少女が母を見上げ、レオンを見た。


「……お母さんの、お金?」


「そうだ。返ってきた」


 その声で、ベルタがようやく屈んだ。


「てめえ、何をした!」


 グスタフが斧を引き抜く。


 レオンの背後で、シルヴィアの剣が鳴った。だが、斧は振り下ろされなかった。


 大男の腕に黒い鎖が走り、身体が床へ落ちる。


 ――命令なき私闘。


 斧を支えようとした肩が震え、グスタフは片膝をついた。


 さっきまで笑っていた者たちは、誰も声を出さない。


「私は、先に条件を伝えた」


 レオンは頭領を見る。


「民を守るために雇った。民を襲うことは、君たちの仕事ではない」


 シルヴィアがバズを拘束した。ベルタと少女の間に身体を入れ、それからレオンへ目を向ける。


「本当に、殿下にも同じ法が及ぶんですね」


「及ぶ」


 彼女はしばらく紋を見つめていた。


 その時、外から男が駆け込んだ。


「東の丘にオークだ! 群れで来てる! でかいのもいる!」


 グスタフが顔を上げる。


「……ガルムドか」


 名前を聞いただけで、誰かが椅子を倒した。


 レオンは店内の盾と槍を見回した。


「動ける者は街門へ。まず、守る場所を決める」

自分も例外にならない掟。シルヴィアが確かめた一言を、大切にしたい回でした。


次回予告:寄せ集めの盾で、街を守る初めての戦いへ。


続きが気になったらブックマークを、面白いと感じたらページ下部の評価で応援していただけるとうれしいです。執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。