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第39話 速い足だけでは、薬は届かない

 ニコが走るより早く、テッサは荷物を持ち上げた。


「重さが違う」


「へ?」


「見本の袋より、水を吸っている」


 包みを開くと、底の葉が濡れていた。


 森を出た朝には乾いていた。だが、荷車の覆いが破れ、雨水が入ったのだ。


 メレナが使える葉と、傷んだ葉を分ける。


「これでは、届いた量をそのまま薬にできません」


 レオンは伝令の紙を読み直した。


 隣領の村で、熱の出る者が増えている。


 井戸のそばへ徴収隊の荷車が居座り、家から家へ移した患者を、同じ水桶で看ていたという。


 薬を今日送れば、明日の昼までに間に合う。


 ニコなら、荷車より速い。


 だが一人が速く走れても、濡れた葉も、割れた瓶も治療には使えない。


「一袋に全部を入れない」


 レオンは布を三枚並べた。


 葉は乾いた薄箱へ。煮出し方は絵と文字の二枚。少量の薬液は、瓶を布で包み、箱の中へ固定する。


 同じ道を三人で走るのではなく、中継所で受け渡す。


 夜の坂を知る者と、昼の川を知る者を入れ替える。


「俺一人で、ずっと行った方が早いって」


「最後の坂でも、その速さを出せるか」


 ニコは黙った。


 前に、疲れた足で荷車の車輪へ引っかかったことがある。


 誰も忘れていないのが腹立たしい。


 忘れないから、今度は直せる。


 テッサが、途中の小屋へ印をつけた。


「ここで交代。水袋も置く。戻る時は、村の容体を持ってきて」


「俺、荷物だけじゃなくて手紙も?」


「仕事を増やされた顔をしているけど、帰りに道を忘れないためよ」


 レオンは中継所の食事代も書いた。


 善意で毎夜起きてもらう仕組みは、次の雨で終わる。


     *


 夕方、最初の交代地点から布の旗が上がった。


 次の小屋までは見えない。


 テッサは、最初の小屋から来た札の端を見た。


 村の印が、片方だけ逆さだった。


「ニコ、誰へ渡した?」


「表の男。先に来てたから」


 彼女は名前を確かめ、レオンへ告げる。


 知らない者に渡したのではない。中継役の弟が、兄の代わりに待っていた。


 だが、受け取る者が変われば、薬の説明を読めるかも変わる。


 レオンは次の便へ、絵の説明を必ず一緒に結ぶよう頼んだ。


 札の書き方も、見本を渡す。


「今の便を、もう一度追いかける?」


 ニコが立ち上がった。


「テッサの方が次の道を知っている。君は休んで、帰ってくる知らせを受け取ってほしい」


 ニコは戸口を見てから、椅子へ座った。


 速く走ることを褒められた日より、その椅子に留まるのが難しそうだった。


 その先は人が運ぶ。


 レオンは倉庫の入り口で、薬液を作るメレナへ湯を渡した。


「何人分、作れる」


「症状を診てから変えます。これを飲めば誰でも治る、とは書かないでください」


 彼は説明書の一行を直した。


 同じ頃、リゼットが濡れた葉へ手をかざす。


「火力を絞りすぎると、魔法として実に地味ね」


「焦がすより助かる」


「その褒め方も地味だわ」


 葉の表面から、水気だけが少しずつ抜けた。


 夜更け、ニコが戻ってきた。


 息は切れている。だが、倒れ込むほどではない。


「渡した! 次の奴が持ってった!」


 腰へ手を当て、得意そうに笑う。


「俺が一番長い坂を走ったけどな」


 テッサは受領の紙を確かめた。


「瓶は?」


「割れてない」


「葉は?」


「乾いてる」


「よし」


 短い言葉に、ニコの肩が少し上がった。


 戻ってきた紙には、別の知らせもある。


 熱を出した者の中に、徴収隊の兵が二人。


 村の者が、診てもよいかと聞いている。


 レオンは、メレナへ紙を渡した。


「明日の朝、私も行く」


 医師の手は止まらなかった。


「では、薬だけでなく、清潔な布を増やしてください」

速く走るニコだけでは、薬は届かない。包む手と受け取る手までつながってこその仕事でした。


次回予告:届けた薬を、誰のために使うのかが問われます。


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