↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/42

第37話 森の誇りと、焼き菓子一つ

「それは、どうやって食べるの」


 エリシアが真顔で聞いた。


 ベルタの店の卓には、焼き菓子が一つ置かれている。


 昨日救った老人が、避難先の家で礼を言いに来た。持参した蜂蜜を、ベルタが生地へ混ぜて焼いたものだ。


「手で割って食べりゃいいのよ」


「正式な作法は?」


「冷める前に食べる」


 エルフの隊長は、しばらく考えた。


 それから、端を少しだけ割った。


 口に入れる。


 長い耳が、微かに上がった。


 レオンは契約の表から目を上げる。


「苦手なら、別のものを」


「いいえ。これは、食料としての性質を確かめているだけ」


 エリシアは、もう少し大きく割った。


 ニコが横を向く。


 笑えば射抜かれそうなので、咳をした。


 ミナはそんな大人の苦労を知らず、残りの菓子を差し出した。


「お姉さん、これも食べる?」


「あなたの分でしょう」


「半分こ」


 小さな手が、菓子を二つに割った。


 エリシアはその手を見てから、受け取った。


     *


 昼、レオンは倉庫で報酬の帳面を開いた。


 新しい五人の食事と手当て。避難民用の寝具。荷車の車軸。


 救援に出た分、街の修理をする手も減っている。


 まだ払える。


 だが、このまま人数だけ増やせば、来月の欄が埋まらない。


「王子の銀の留め具も、もうありませんよ」


 マルコが言う。


「今度は、王子自身を質に入れますか」


「返せる見込みがない」


「そこは否定していただきたいものですが」


 シルヴィアが、卓の隣へ椅子を寄せた。


 粉屋から借りた部屋には、まだ敷物が足りない。


 彼女の紙には、避難してきた家族がどこで眠るかも書いてあった。


「寝床を増やすなら、戸も直して。布で仕切るだけでは、夜の音が全部入るわ」


 マルコが額を計算する。


「戸板を増やせば、修理を待つ店が遅れます」


「一枚ずつ付ける必要はない。家族がまとまれる場所を、先に分けたいの」


 レオンは部屋の図へ印を置いた。


 人を人数として数えると、寝る広さは測れる。だが、夜に子供が泣いた時、誰と一緒にいられるかは測れない。


 シルヴィアが持ってくる図には、その違いがある。


「戸の修理を、薬草の箱と同じ便へ頼もう」


 マルコが頷いた。


 食べるものを得る計算の隣へ、眠る場所の仕事が加わった。


「私たちの給金を、止めるつもり?」


「それはしない。先に働いてもらって、払えないでは、彼らを連れてきた者と同じになる」


 なら、仕事を繋がなければならない。


 レオンは薬草の袋を開く。


 森では使う葉も、人間の街では入手が難しい。反対に、森には鍋や釘のまとまった補充がない。


「運ぶ仕事はある。買い手と、道と、手当ての額が決まれば」


「護衛の腕なら、昨日見せたわね」


 シルヴィアは車軸の傷を指でなぞった。


「でも、毎回あの坂で車を持ち上げるのは無理。道の幅も要る」


 マルコが見積もりを書き始めた。


 釘、板、工具。直す箇所は、橋だけではなかった。


 午後、ダリオが団員たちへ雇用期間の案を読み上げた。


 七日ずつの更新から、一か月単位の契約へ移す。


 ただし、払う額と払う日を先に決められる仕事の分だけだ。


 今の契約は、明後日まで続く者が多い。


 新しい条件を受けない者にも、これまで働いた金は払う。


「長く残れば偉い、という条件にはしない」


 レオンが言うと、団員の一人が頷いた。


「じゃあ、嫁と相談してからでいいですか」


「そのために、今日渡している」


 紙を畳む音がした。


 紋が光るより先に、来月の食事を家族と話せるようになる。


 レオンは、その順番を間違えたくなかった。


     *


 夕方、エリシアが菓子の包みを持って来た。


「森へ持ち帰るの?」


 シルヴィアが聞く。


「長老へ、街の食事を説明する必要があるから」


「四つも?」


「意見を聞く人は、複数いるの」


 包みの一つが、少しだけ小さい。


 シルヴィアはそれ以上聞かず、道案内用の地図を渡した。


 次は弓を借りるだけでなく、森の代表と話す。


 エリシアは弓と菓子を両手に持ち、少し困った。


 ニコが紐を貸した。


「菓子は背負うなよ。潰れるから」


「知っているわ」


 包みは、大事そうに胸の前へ移された。

森の隊長も、初めての焼き菓子には慎重です。少し上がる耳や、大事な包みを楽しんでいただけたら。


次回予告:菓子の先には、森の代表との話し合いが待っています。


続きが気になったらブックマークを、面白いと感じたらページ下部の評価で応援していただけるとうれしいです。執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。