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第35話 同じ法の下で――エルフは王子にも条件をつける

「あなたが破ったら、誰が止めるの」


 翌朝、エリシアは最初にそれを聞いた。


 レオンは自分の袖を上げた。


 細い鉄鎖紋。


 昨日の団員と、同じ印だ。


「私も誓っている。民を襲い、物を奪えば、同じ裁定を受ける」


「それを見せるだけで、信じろとは言わないわね」


「任務と対価を決めよう。違反の記録も、片方だけで預からない」


 レオンは卓へ、三日間の条件を書いた。


 追手から民を守ること。森の道での案内と遠距離の警戒。食事、手当て、働いた分の報酬。


 エルフの土地と薬草を、騎士団の所有に変える契約ではない。


 エリシアは、弓を卓の脇へ置いた。


「引く時は、私の射手にも合図を返すこと。人間だけ下がって、木の上に置いていかないで」


「退路も一緒に決める」


 ダリオが森の図を広げる。


 シルヴィアは、現場で判断できる範囲を聞いた。


 弓の射程も、木の上へ上がる時間も、人間の盾役とは違う。


 同じ隊列へ無理に並べれば、強みを失う。


 レオンはその違いを記した。


 グスタフは椅子に座って、弓を見ている。


「それで、槍を止められるのか」


「槍が届く前に、射るわ」


「届いたら?」


「その時のために、盾を持つ人へ条件を話しているの」


 大男は少し考えた。


「分かった。そっちへ走ってくる奴を、止めりゃいいんだな」


 エリシアが彼を見る。


 傷の布を巻く姿から目を離し、頷いた。


 レオンは新しい法文を開く。


 一、種族や身分を理由とした加害を認めない。


「昨日の略奪は、既存の法で止めた。この法は、今後、守る対象を勝手に狭めないために加える。遡って別の罰を重ねることはしない」


 読み上げ、質問を受ける。


 人間に反対しても罰なのか、と団員が聞いた。


「意見は違っていい。襲うことと、話すことを同じにしない」


 エリシアも、表現を一つ確かめた。


「こちらの者が、人間の民を襲っても同じ?」


「同じだ」


 彼女は四人の仲間を見る。


 一人ずつ、自分で条件を聞き、受けると答えた。


 エリシアの手首にも、紋が宿る。


 レオンは名前を書いた。


 エリシアが、卓の上の羽根を指へ載せた。


 短く何かを囁く。


 羽根は、わずかな風に押されて浮いた。


「森では、この程度なら精霊の力を借りられる。矢の向きを支えることもあるわ」


「敵へ向かって、全部の風を起こせるのか」


「全部、という言葉を人間はよく使うのね」


 羽根が落ちる。


「話しかける場所と、応えてくれる相手が違えば、同じことはできない。風の向きも、先に見なければ」


 リゼットが身を乗り出した。


「炎の向きを、少し支えられる?」


「短い時間なら。ただし、試してから答える」


 レオンは、二人に練習の場所を決めてもらった。


 異なる魔法が加わることにも、相手を知る時間が要る。エルフだからできる、とだけ書くのをやめ、条件の欄を増やした。


 五人増えたから、五倍の力になるわけではない。


 誰が何を見て、誰へ合図を返すか。その仕事は、ここからだった。


 試しに盾を二枚並べると、射手の一人が首を傾げた。


「射る場所がありません」


 グスタフは、盾の上を指した。


「飛び越せ」


「こちらから敵が見えないのです」


 大男が立ちかけ、メレナの足音を聞いて座り直す。


 シルヴィアが盾を斜めに置いた。側面を守る人間と、上方を見る射手が、同時に指揮役を見られる角度を探す。


 レオンは案を一つ消した。


 弓が増えたから前の盾列へ乗せるだけ、という図は使えない。


 まず互いの邪魔をしないこと。そのための練習に、昼までの時間を充てた。


     *


 出発の前、メレナがグスタフを呼んだ。


「今日は、荷車のそばで支える仕事まで。全力で走らないでください」


「弓の連中を守るんだろ」


「傷を開かせたら、そちらも守れません」


 大男は口を閉じた。


 エリシアが、荷車の横へ弓を置く。


「動ける範囲で守って。無理をして倒れる人まで、私たちは運べないわ」


「言う奴が、また増えたな」


 ニコが、荷車の陰で笑った。


 彼女は大男へ、水袋を一つ渡す。


 グスタフは受け取り、腰へ結んだ。


 森から戻った斥候が、追手の位置を示す。


 今度は剣の届かない場所にも、仲間の目がある。


 レオンは、その目と盾を繋ぐ合図を決めた。

力を借りるなら、相手の退路も一緒に考える。対等な約束を、一つずつ確かめる回でした。


次回予告:盾と弓が同じ森で動く、初めての実戦へ。


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