第34話 身内だから見逃せ――王子は、その言い訳を切った
「礼をもらうだけだ」
団員は、レオンの肩越しに言った。
「俺たちは、村まで働いた。そっちは道を案内しただけだろ」
エリシアは弓を持ち直した。
レオンが見たのは、彼女の指だった。
弦を引く寸前の位置にある。
次に誰かが武器を抜けば、老人を載せた荷車も戦いの間に入る。
「その籠は、君の物ではない。相手は渡すと言っていない」
レオンは男へ告げた。
「離れろ」
「人間相手じゃねえぞ」
男が籠から銀細工を引いた。
手首に、黒い鎖が走る。
腕が止まり、男は息を詰まらせた。
銀細工が指を離れる前に、ニコが籠を受けた。
レオンの前へ法文が浮く。
――民への略奪。
――行動停止。
エリシアの目が、鎖へ向いた。
射った矢ではない。魔力の高い騎士が腕を捻ったのでもない。
この男が、自分で受けた法に止められている。
「お前、俺たちの王子だろ……!」
膝をついた男が言う。
「守ると決めた相手も、組織の内か外かで変えない」
レオンは答えた。
ダリオが男の武器を預かり、危険がない位置へ移す。
裁定の痛みが止まっても、銀細工を渡していいことにはならない。
レオンは籠を返す前に、壊れた所がないか、持ち主に確かめてもらった。
負傷したエルフは、銀細工の留め金を開いた。
中に小さな種が入っている。
「母がくれた物です」
男が、膝をついたまま顔を上げた。
売ればいくらか。それしか見ていなかった物に、持ち主がいた。
レオンは、その言葉を記録するようテッサへ頼んだ。
値段が安ければ軽く扱っていい被害でもない。
荷車の老人が見ている。昨日までは、彼の種麦も同じ言い訳で取り上げられかけていた。
今この場だけ謝って帰れば、次に守ると言った時、その老人さえ乗ってはくれないだろう。
「謝罪する。護送の仲間が、君たちの物へ手を出した」
エリシアは籠を受け取る。
「その人を、ここで殺すの?」
「殺さない。裁定は行動停止だった。被害と事情を確かめ、勤務から外して処分を決める」
「人間を守る言い訳に、後で変えない?」
「記録を渡す。君たちにも、確認してほしい」
女は長く黙った。
やがて弓を下げ、射手たちへ指を動かした。
木の上から、もう一つ弓が降りる。
ニコが、そこで初めて息を吐いた。
「もう一人いたのかよ」
「いたわ。あなたは、二度こちらの枝を見落とした」
エリシアは落ち着いて答えた。
「三度目も見落とす?」
「教われば、減らせると思う」
ニコの返事に、彼女の眉がわずかに動いた。
*
街へ戻ると、グスタフが男の処分を聞いた。
元の仲間だ。小さな仕事なら、何度も一緒にしている。
「あいつ、前からそうだった」
大男は言い、途中で口を閉じた。
「俺も、そうだったな」
レオンは答えを待った。
グスタフは、自分の手首を見た。
初めて鎖に止められた時、仲間の前で膝をついたことに腹を立てた。
今日は、違う顔が浮かぶようだった。
「あいつが取った物、俺が弁償すれば軽くなるのか」
「壊れた物があれば、代金を助けることはできる。だが、君が払ったことで、彼のしたことが消えはしない」
「そうか」
大男は、傷の布を指で直した。
仲間を庇えば、良い頭領だと思っていた頃がある。
庇われなかった者に、どこへ訴える場所があったかは考えなかった。
レオンは、グスタフを急がせず、椅子へ座り直した。
「聞き取りには、君も立ち会える。彼が何をしたかと、ここで何をするかを確かめてほしい」
「分かった。かばって済ませる役じゃねえんだな」
レオンが頷くと、大男は背を起こした。
元の頭領であることが、今は別の仕事になった。
「あの女の物、壊してねえか」
「壊れてはいない。本人へ確かめた」
グスタフは頷く。
処分を軽くしろとは言わなかった。
男は武器を預けて勤務を外れ、被害の記録とともに審理を待つ。続けて雇うかどうかも、その後で決める。
夕方、エリシアが街門へ来た。
負傷した仲間を、メレナへ診せに来たという。
レオンが迎えると、彼女はもう一枚、森の図を出した。
「追手を、別の道で見た。まだ森にいる人がいる」
シルヴィアが図へ手を置く。
「避難を助けるのですか」
「試したいの。今日の法が、明日も同じか」
エリシアはレオンを見た。
「三日だけ。私と四人、条件が合えば、あなたたちと動く」
借りてきたのは弓だけではない。
自分たちを守る判断も、一緒に持ってきた女だった。
身内にこそ同じ法を向けられるか。言葉より先に、行動を見られている場面でした。
次回予告:エルフとの契約には、王子への条件も加わります。
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