第32話 救いに行く荷車には、剣より先に水を積む
「水を、もう一つ」
レオンは出発前の荷車を確かめた。
包帯、豆を煮た器、畳んだ毛布。運ぶために、荷台の半分は空けてある。
シルヴィアとダリオ、テッサ、ニコ、団員二人。レオンも同行し、街は副指揮を任せた見張りと残る者で守る。
グスタフは門まで来て、そこで止められた。
「今日は、走る仕事になります」
メレナが腿の布を確かめる。
「私の方から、いつ頃なら出られるか伝えます」
大男は舌打ちしたが、斧を振り上げなかった。
「向こうの年寄り、置いてくんなよ」
「運べるか、確かめる」
レオンは答えた。
ベルタが、預かった家族の名を渡す。
帰ってきた者と照らせるよう、ニコが別の紙へ写した。
翌朝、救援の小隊は村へ着いた。
宿営は森の外の小屋で、火を見張り、交代で眠った。歩く民を載せる分、帰りは時間がかかる。
村の倉には、もう徴収の男がいた。
「畑の税を払わず逃げた者を、匿っているそうだな」
村人が、戸口へ並べた袋を指す。
「今あるのは、それだけです。種に残した麦まで渡せば、来年――」
男が袋へ足をかけた。
シルヴィアの鞘が、その足を押し下げる。
「税の根拠と、受取の控えを見せてください」
「また、その騎士か」
男の後ろに、二人がいる。
こちらの槍と荷車を数え、剣の柄へ手を置いた。
ダリオが二枚の盾を村人の前へ出す。
レオンは背後の逃げ道を確かめた。
油の器は、倉の柱のそばにあった。
注ぎ口へ、短い布が差してある。火を運ぶだけなら、そこまで用意する必要はない。
柱の向こうには、麦袋を抱える女がいる。
シルヴィアが半歩、そちらへ寄った。徴収の男は同じ幅だけ足を動かす。
レオンは自分から器へ近づきかけ、止まった。
奪おうとすれば、押し倒される。割れた油は、そのまま床へ広がる。
「ニコ。村の者を、裏の戸から出して」
男がそちらを見た瞬間、シルヴィアの鞘が器の取っ手を押さえた。
「この倉を空にして、誰へ税を払わせるのですか」
低い声だった。
徴収の男は器を引けず、目だけを動かした。
ダリオの盾役が倉の両側に立つ。こちらはまだ剣を抜いていない。
先に抜くところを村人に見られるのは、男にも都合が悪いらしかった。
「ここで、袋を燃やす者がいると聞いた」
「逃げた者の家を整理するだけだ」
「家主のいる倉だ。火を持って近づくな」
テッサが、油の器を紙へ描いた。
徴収の男はその手を見て、仲間へ短く何かを言った。
今は数が足りないと判断したらしい。
「領主様の許可なく、民を動かすなよ」
捨て台詞を残し、三人は村を出た。
追わなかった。
シルヴィアは、戸の陰で座る老人へ向かった。
老人の足首は腫れていた。
歩ける、と本人は言う。だが立つ時、柱を握る指が白くなった。
シルヴィアは無理に腕を取らず、荷台の高さまで踏み台を寄せた。
「ここに座ってから、乗ってください」
レオンは車輪を石で止める。
転がり出したら、支える手も巻き込まれる。
徴収の男たちを退かせた時より、長くかかった。
袋一つを戻すのは簡単だ。暮らしていた者を運ぶには、まだ持ち出したい物も、話す相手もいる。
ニコは出発を急がせかけ、老人が家の戸へ向かって頭を下げるのを見て、待った。
*
村に残るか、グレイヴェルへ移るか。
全員が、同じ答えを選んだわけではない。
畑を離れたくない者には、危険を隠さず説明し、戻る知らせの届け方を決めた。
立てない老人と、子供を連れた家族は荷車へ。
積んだ飯を配ると、女が毛布の代金を聞いた。
「戻す時、洗ってくれればいい」
ニコが答え、レオンへ目をやる。
「それでいい?」
「貸した数だけ、記録してくれ」
女は毛布を膝へ広げた。
荷車へ乗る老人を、二人が持ち上げる。
団員の一人が、村の袋へ手を伸ばした。
ダリオが止める。
「その袋は、置いていく種麦だ」
「助けた礼くらい、もらっても――」
「頼んでいない物は取るな。護衛の給金は別にある」
男は手を引いた。
レオンは彼の顔を覚えた。
守る仕事を覚えても、昔の癖が消えたとは限らない。
帰路は、検問を避ける林沿いの道を使った。
先行するニコが、突然止まる。
矢が、足元の木へ刺さっていた。
奥から、落ち着いた声が届いた。
「その荷車を止めなさい。誰を運んでいるの」
葉の間に、細い弓が見えた。
救いに行く支度は、連れて帰る支度でもある。水と空けた荷台にも、守る意思を込めた回です。
次回予告:林道を止めた矢の向こうに、新たな相手が待っています。
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