第31話 守れた街へ、救いを求める者が来た
男は、椅子へ座る前に頭を下げた。
「仕事はします。薪でも、荷運びでも」
その後ろに妻と子供。布の包みは、食料ではなく着替えだった。
ベルタが三人の前へ器を置いた。
「仕事の話は、食べてからにしな」
男は器へ手を出さず、レオンを見た。
「借りたことになりますか」
「今朝の食事を、借財にはしない。働けることと、働けない事情を後で聞く」
レオンが答えると、男はようやく匙を取った。
「ヨハンといいます。妻はナナ。息子はルークです」
男は、食べ始める前にそう名乗った。
レオンは一人ずつ聞き返す。
息子は父親の器へ目をやり、まだ自分の分へ手を出さなかった。
父が一口食べてから、ようやく匙を動かす。
ベルタは、食べられたかを急に尋ねず、鍋を奥へ移した。
レオンも、追われた事情をすぐに聞かない。
ここへ着いてからも、彼らにはまだ、食べてよいか決める人間が必要になっている。
まず、その許可を毎回待たなくてよいと知ってもらう。
ナナが子供の袖を拭いた。
ルークは少し笑い、残りの豆を父の器へ入れようとする。
「俺の分はある。食べな」
ヨハンの声が、その時だけ普段の調子へ戻った。
手の爪に土が残っている。
アイゼン領の畑で働いていたという。
「麦の袋へ印を押されました。税の分だと。先月も渡したのに、街の騒動を片づける費用が増えたからって」
「街へ出した私兵の費用か」
「俺には分かりません。払えなきゃ、人を出せと言われた」
男の視線が、妻の膝の子供へ落ちた。
「連れていかれた隣の家の人は、まだ帰ってません。俺たちは、夜のうちに出ました」
シルヴィアが椅子を引いた。
「来た道で、他にも逃げている人はいましたか」
「森の端に。村へ戻るって言ってた人もいます。年寄りを置いて来られないって」
レオンは地図へ、男の示す村を記した。
グレイヴェルから一日もかからない。
ただし、街道を正面から通れば、領主の検問がある。
ニコが戸口から入ってきた。
「門に、また四人。そっちもアイゼン領だって」
ベルタは鍋の底を見た。
「水だけ増やしても、飯は増えないよ」
責める声ではなかった。
レオンは頷き、マルコを呼ぶ札を書いた。
救いたい者が来ることと、救える支度があることは違う。
男の妻が、器を卓へ置いた。
「荷を下ろす仕事ならできます。けれど、子供を一人には……」
ベルタは粉屋の軒先を指す。
「昼はあそこで縫い物をする人がいる。相談しておいで。引き受けてもらえなきゃ、別の仕事を探す」
女は夫を見る。
男が頷くと、初めて包みを膝から下ろした。
レオンは家族の名を帳面に並べた。
働ける一人を得るために、残りの二人を困らせれば、また逃げる場所を作るだけだ。
粉屋の空き部屋にも限りがある。今夜泊まる者の数と、明日戻る者の数は、別に書いた。
*
午前のうちに、粉屋が空いた軒を貸した。
救護が必要な者はメレナへ。動ける者は荷運びと修繕の仕事を尋ねる。
家族を勝手に離して、働ける男だけを選ぶことはしなかった。
グスタフは椅子に座り、子供へ袋の結び方を見せていた。
腿の布が、まだ動くたびに引っ張られる。
「それ、ほどける」
「おじさんのも、ほどけそう」
子供が指すと、グスタフは自分の結び目を見た。
少し考え、ニコを呼ぶ。
「おい、こいつに教えろ」
「俺が?」
「俺にもだ」
ニコは笑いかけ、大男の顔を見て笑うのをやめた。
レオンは二人を通り過ぎ、裏庭へ出た。
シルヴィアが待っている。
「村へ、確認に出したいです。戻る途中の人を拾えるかもしれません」
「街の見張りを、全部は減らせない」
「私と、ダリオの班を少人数で。討伐へ行くのではなく、状況を確かめて、危険な人を運ぶ」
レオンは、帰路と食料の欄を開いた。
「道中の飯も、運ぶ荷も用意する。連れて帰れる人数に限りがあることは、先に伝えよう」
彼女が頷く。
そこへ、門から来た女が駆け込んだ。
「村の倉へ、油を運んでました。まだ払わない家は、見せしめにするって」
シルヴィアの手が、剣の柄へ触れる。
レオンは出発の欄へ時刻を記した。
自分の街だけが安全なら、それで終われるはずだった。
だが、地図の線の向こうにも、人の名前があった。
食べてから仕事の話をする。その順番に安心できるまでにも、時間が必要な家族のお話でした。
次回予告:救援の荷車には、何を積んでいくべきでしょうか。
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