第24話 逃げるなと誓った男たちに、退く練習をさせる
「退け」
翌朝、ダリオが命じた。
グスタフは盾を下ろさなかった。
「ここで受けるんだろ」
「今日は、退く練習だ」
街門の内側に、白い粉で線が引かれていた。
六枚の盾。後ろに、縄で繋いだ空の木箱。
負傷した者を運ぶ荷車に見立てている。
「敵前逃亡するなって、最初に言ったじゃねえか」
「持ち場を捨て、自分だけ助かるために走るのが逃亡だ。今は、この木箱を下げるために全員で退く」
ダリオは後ろの線を指した。
「あそこまで。着いたら、次の組が盾を出す」
ニコは木箱の縄を持った。
「じゃ、俺が先に逃げて引っ張ればいい?」
「お前だけ走れば、前が取り残される」
「走らない方がいい仕事、増えてきたな」
テッサが、後退先の段差を確かめる。
「速く着くより、同じ時に着いてください」
レオンは、盾の端を見ていた。
下がる時、後ろは見えない。
隣の足へ踵が当たれば、盾がずれる。木箱を引く者が立ち止まれば、列も止めなければならない。
初回は、グスタフが下がらなかった。
他の者が動き、中央だけが残る。
光は繋がらず、ダリオが盾の隙間へ棒を入れた。
「ここから、槍が入る」
グスタフは棒を見た。
「俺が、止める」
「右の者へ向いた槍も、止められるか」
棒が、隣の男の腹へ触れた。
大男は、盾を少し引いた。
「……もう一度だ」
ダリオが頷く。
レオンも接続を解き、合図を待った。
「下がれ。一歩」
盾が動く。
グスタフの足が、今度は隣と揃った。
ニコが縄を引く。木箱の縁が石へ引っかかり、速度が落ちる。
テッサが拳を上げた。
列が止まる。
箱が段差を越え、再び拳が開いた。
次の一歩で、六つの紋が細い光に結ばれた。
背後の者を見なくても、縄へかかる力と、横から届く合図がある。
棒を持つダリオが押す。
盾列は止まらず、崩れず、線まで下がった。
次の二人が前へ出る。
木箱は、その後ろへ収まった。
「今、誰か一人でも逃げたか」
ダリオが聞く。
グスタフは盾を持ったまま、ニコを見た。
若者は、縄で擦れた手を振っている。
「走りたいのに走れねえって、疲れるな」
「……置いてったら、そいつが食われるわけか」
「そうだ」
グスタフは後退の線へ目を戻した。
「分かった。隣も下げるんだな」
レオンは頷いた。
退く命令が遅れたせいで、死んだ十九人。
ここでは、同じ紙を増やしたくなかった。
*
午後、ニコとテッサが戻った。
オットーの返事は、指定された空き店へ置いた。受け取った者を離れた場所から追い、丘の宿営へ運ばれたと確認している。
「家族の見張りが戻らなければ、相手も救出に気づきます」
テッサが言う。
「紙だけを信じるとは思えません」
「外からも、確かめさせる」
レオンは街の地図を開いた。
西倉の前から、細い道が二本。片方は粉屋の裏へ続き、もう片方は広場へ出る。
荷車で塞げば、敵の並べる盾は二枚までだ。
「ここを薄く見せ、入った者をこの角まで引く。少ない人数で受けられる場所へ分ける」
ダリオが退路へ駒を置く。
「誘いだと気づいても、相手は数で勝てると思うだろう。こちらは、追い込まれた時の別の退路も残す」
敵は三十人以上、と、丘の見張りが報告していた。
街へ残せる者より多い。
レオンは、民の家を示す四角を見た。
「この区画を、先に空ける必要がある」
シルヴィアが、家の名前を書き出す。
「私から話します。ですが、殿下も来てください」
「もちろん」
レオンは答えた。
地図では、細い道が二本あるだけだ。
その両側には、閉じる店と、運び出す寝床がある。
ベルタが話を聞き、エプロンを畳んだ。
「あそこに、ずっと店を守ってる年寄りがいる。あんたの顔で言っときな」
レオンは、地図を持って立った。
逃亡と撤退の違いは、置いていくものにも表れます。揃って下がる難しさも、団の成長の一歩です。
次回予告:作戦の地図に描かれた場所で、暮らす人の話を聞きます。
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