第20話 森の抜け道に、牙と壊れた橋が待っていた
森へ入ると、街道の音が消えた。
ニコは、前に見た道標を起こした。
傾いた石の下に、南へ向かう矢印が残っている。
「道は合ってる。ここから橋だ」
テッサが後ろの二人へ合図した。
間隔を空けるが、顔が見えなくなるほどは離れない。
誰かが足を止めれば、全員が止まる。
小川の手前で、四人は荷を下ろした。
橋の中央は抜けている。向こう岸の土に、獣の足跡があった。
ニコは前のように欄干へ乗らず、長い枝で橋板を押した。
薄い一枚が、割れて水へ落ちる。
「……踏まなくてよかったな」
「帰る時間が、延びるところでした」
テッサはもう、紐を木へ結んでいた。
残っている横木を枝で確かめ、橋の端を一人ずつ渡る。腰の縄は、岸で二人が持つ。
ニコは向こうへ着いて、支えの木を覗いた。
腐った表面はあるが、欠けた所の内側は硬い。
幅を紐へ取り、棒と一緒に絵を描く。分からない箇所は、分からないまま印をつけた。
「これで直るか、俺には分かんねえ」
「ボルガン殿が見て判断します。私たちは、全部腐ったことにしない。全部丈夫なことにもしない」
テッサが水面までの高さを確かめる。
ニコは、向こう岸の足跡へ屈んだ。
靴の跡ではない。
湿った土に、四つの指と爪が残っている。
「牙狼だ」
護衛の一人が言った。
「餌の跡が近いと、群れで出る」
低い唸り声がした。
倒れた木の向こうに、灰色の耳が見える。
一つ、二つ。
さらに奥でも、葉が動いた。
ニコは短剣の柄へ手を伸ばした。
テッサが短く言う。
「撃たないで」
「来るぞ」
「前の二人、盾。後ろは渡り口を確保。ここで追い払っても、血の匂いで別の群れが来ます」
盾が二枚、橋の出口へ向いた。
ニコは、戻る者の縄を取る。
牙狼が一歩、木の陰から出た。
鼻先を上げ、四人の荷物へ顔を向ける。
テッサが盾の縁を叩いた。
もう一人が同じ高さへ盾を寄せる。
手首の紋は、つながらない。ここに、レオンの指揮は届いていなかった。
それでも、昨日、ダリオに繰り返させられた一歩は揃った。
牙狼が低く身を沈めた。
盾の隙間へ飛び込んできた鼻先を、隣の盾が横から押し返す。
獣は着地し、もう一度唸った。
「下がります。橋では一人ずつ」
ニコが先に戻り、岸から縄を引く。
一人、次の一人。
最後のテッサが足をかけた時、牙狼が追ってきた。
彼女は橋板へ無理に踏ん張らず、岸の縄へ体重を預けた。
ニコの腕が引かれる。
後ろの団員が、その腰を支えた。
テッサが岸へ着く。
獣は抜けた板の前で止まり、水を見て鼻を鳴らした。
四人は荷を掴み、川沿いの木へ身を隠した。
しばらくすると、灰色の耳が森の奥へ戻っていく。
「今日、橋を開けても通れねえな」
ニコが囁く。
テッサは頷いた。
「あの群れが、いつ離れるかを見ます」
*
川の浅い所を探すと、橋から少し離れた上流に、石の多い場所があった。
荷車は入れない。人なら、縄を張って渡れる深さだ。
四人は交代で休み、獣の動きを遠くから確かめた。
昼近く、群れが山側へ移動する。
落ち葉の下に、食い残した獣の骨があった。朝は、その周囲へ集まっていたらしい。
「毎日同じとは限らねえぞ」
ニコが言った。
「ええ。通す前にも、見張りが必要です」
テッサは時間を記すだけで、安全とは書かなかった。
ニコと護衛一人が浅瀬を渡り、残る二人は縄を持った。
旧道の先には、荷車の跡が消えた坂が続く。
倒れた枝をまたぎ、少しずつ進むと、森の向こうが明るくなった。
古い石の標柱がある。
その先の道には、新しい轍があった。
ニコはマルコの地図を広げた。
南の市場から別の村へ向かう道。この分岐なら、封じられた検問を通らず戻れる。
標柱の文字を紙へ写し、来た道を戻った。
「つながってる」
ニコが報告すると、テッサは肩から少し力を抜いた。
「では、帰りましょう」
「市場まで行かねえの?」
「今日は道の確認です。日暮れに森を抜ける方が危険になります」
ニコは空を見た。
見つけた道を全部走ってしまいたい気持ちはあった。
だが、見つけたと知らせなければ、街では何も始まらない。
彼は地図を畳んだ。
「走るのは、戻ってからにする」
*
夕方、酒場の卓へ紐と図が並んだ。
ボルガンが、測った幅へ指を置く。
「図を見る限り、軽い車からだ。最後は、俺が橋脚を確かめる。荷を満載したまま渡すな。荷を下ろして人が運ぶなら、補強を少なく始められる」
テッサが、牙狼と浅瀬の位置を説明する。
ニコは最後に、標柱の文字を見せた。
マルコが地図と照らす。
「この先なら、市場側の荷を迎えられます」
レオンは、必要な人を数え始めた。
橋を直す者。材を運ぶ者。獣を見張る者。軽い荷を背負う者。
道はあった。
しかし、一人では運べない。
シルヴィアが、街門の見張りの表を卓へ置いた。
「殿下。この人数を出すと、街に残る者が足りません」
レオンの指が止まった。
森の道と、街の灯り。
どちらも、守らなければならなかった。
道があることと、荷を通せることは別。ニコたちの一つずつの確認が、街の食卓につながっています。
次回予告:森へ人を出すなら、街の守りはどうするのか。
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