第14話 敵を追うより、飯を持って帰れ
「あいつら、荷を燃やそうとしたんだぞ」
グスタフは藪から目を離さなかった。
ダリオが盾へ刺さった矢を抜く。
「こっちは、荷を売りに来た」
グスタフがレオンへ向いた。
「放っといたら、またやる」
「道を使う者へ知らせる。場所と顔を記録し、帰りは迎えを頼む。今は、全員と荷を市場へ届ける」
レオンは息を整えてから答えた。
連携をつなぎ直すたびに、胸の奥が痛んだ。敵を追える余力は、自分には残っていない。
シルヴィアが藪の手前を確認する。
「先ほど倒した男は、仲間が連れていきました。足跡が斜面へ続いています。こちらの怪我は」
「腕に擦り傷が一人。歩ける」
ダリオが答えた。
グスタフは、斧を背へ戻した。
「……皮を焦がしたら、取り分が減るんだったな」
荷車の脇へ戻り、裂けた幌を縛り直す。
ニコが道端から、黒い革紐を拾った。
さっき男が捨てた物だ。
端に、小さな金具がついている。
誰も触らないよう布で包み、落ちていた場所を紙へ書いた。
追わずに動き出した荷車の上で、牙も魔石も、出発した時の数を保っていた。
*
南の自由市場へ着いた時、店々は戸を閉め始めていた。
マルコは顔なじみの倉へ荷を預け、襲撃の場所を市場の守備詰所へ届けた。
レオンは市場の使走屋へ代金を払い、街へ騎馬の伝令を出した。道が危険だったこと、明日の帰路で曲がり松の手前まで迎えが欲しいこと。
護送隊は、倉の隣の宿で一晩休んだ。
見張りの交代で起きたレオンへ、シルヴィアが水を差し出す。
「眠れましたか」
「君が起きているのか」
「今は私の番です」
声が、少し柔らかかった。
レオンは水を飲んだ。
彼女がちゃんと眠ったか確認したかったが、目の前の顔は、朝ほど疲れていない。
「明日は、食料を買える」
「はい」
シルヴィアも倉の扉を見た。
守りきった荷が、その向こうにある。
*
翌朝、魔石は銀貨六枚で売れた。
マルコが銀貨を二列に並べる。
「牙と皮は別です。こちらが売却額。倉の代金と手数料は、この控えに」
街で提示された魔石の値は、銀貨二枚だった。
運ぶ費用を引いても、残る額は違う。
グスタフが銀貨を一枚つまみ、すぐ卓へ戻した。
「木札が、本当の金になるんだな」
「戻ってから、記録と照らして渡す」
レオンは食料の注文を確かめた。
大麦の袋、豆、塩。薬草と包帯の布。盾の補修に使う板と釘。
全部は買えない。
布は予定した量を残し、酒は見送った。
「勝ったのに酒なしかよ」
「帰った時に、ベルタの店で一杯分だけ払う」
「二杯」
「一杯」
「王子相手の値切りは、駄目か」
グスタフが笑い、荷を持ち上げた。
工具屋の前を通ると、横から太い指が伸びた。
「その盾、止まれ」
グスタフより低い位置から、よく通る声がした。
店の戸口に、白の混じった髭のドワーフが立っている。
「裏を見せろ」
「売り物じゃねえぞ」
「買わん。直した奴が、何を考えたか見る」
盾の裏を確かめると、ドワーフは鼻を鳴らした。
「割れた所を留めた。悪くない。だが、握りの付け根が浮いてる。次に強く打たれたら、木が残っても手が離れる」
グスタフは黙って盾を差し出した。
「直せるか」
「店にいる間ならな。金は取る」
レオンが近づく。
「同じ盾が、あと何枚かある。修理の箇所と材料を教えてほしい」
「王子様か」
ドワーフはレオンの服と、周囲の団員を見た。
「釘も打てるか」
「慣れていない」
「なら、打てる奴を呼べ。名はボルガンだ」
肩書きより先に、金槌を渡された。
手の空いた団員が店へ入り、グスタフも背を丸めて作業台を覗く。
レオンはニコの包みを出した。
「襲撃した者が、これを落とした。装具の一部だろうか」
ボルガンは布越しに金具を摘まんだ。
黒い枠の中に、米粒ほどの魔石がはまっている。
「腕へ巻く物か。ずいぶん深く彫ってある」
「どこに」
「魔石の下だ。普通は、石を外して手入れができる。こいつは、外すと彫った線も切れる」
工具を置き、小さな紙へ金具の形を描く。
「何に使うかは、これだけじゃ分からん。使い手が痛がって外したのか、壊れて捨てたのか」
レオンは包みを閉じた。
昨日の男の腕に、赤い筋があったことを思い出した。
だが、傷の理由までは見ていない。
ボルガンは顔を上げた。
「荷は、どこへ持って帰る」
レオンが街の位置を答えると、ドワーフは棚の空箱を見た。
「俺が渡した道具も、最近あそこに届かん」
「横流しの荷を見つけた。確かめている」
「帳面の写しを寄越せ。次の便が出る前に、そっちへ行く」
日暮れ前、護送隊は街へ戻った。
曲がり松では、テッサの連れてきた迎えと合流できた。敵は姿を見せず、道には昨日の矢が残っている。
街門へ着くと、ベルタが荷台を見た。
「帰ってきたね」
「大麦だ。豆もある」
グスタフが袋を下ろす。
その腕へ、ミナが触れようとして、一度手を引いた。
グスタフは袋を地面へ置き、邪魔にならない所まで下がる。
ミナが、今度は袋へ手を置いた。
「これ、パンになる?」
「なるよ」
ベルタが答えた。
倒した敵の数を、誰も聞かなかった。
門の内側へ運ばれる食料を、皆が見ていた。
その夜、レオンは給金の袋を開いた。
素材の持分の精算は、明日、売却の控えを見せてから。七日目に払うと約束した賃金は、今日のうちに渡す。
巡回中の者の分も残し、戻る順に帳面へ受取の印をつけた。
倒した敵の数より、持ち帰った粉の袋。待つ人の目に映る戦果を、書きたかった回でした。
次回予告:最初の契約が終わる朝、彼らは何を選ぶでしょうか。
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