第35話:暴走する純愛と、朝の恐怖
「もう学校にいけない」
ベッドの上で膝を抱え、ぼそりとつぶやいたリカの顔は、いつもの気の強さや取り繕った笑顔が綺麗に剥ぎ取られ、ただの怯えた子供のようになっていた。
そう言えば、あの日――リカの嘘がクラス全体にバレた日、彼女は一体どうやって帰ったのだろうか。あの修羅場から目を背けるようにこっそり逃げ帰ったのだろうし、当然の如く翌日の学校を休んでいた。
そして何より、忘れてはならない大問題がある。
あれから両家を巻き込んだ例の「家族会議」が開催されたわけだが、その傷跡はまだ心のカサブタにすらなっていない。生々しく血は流れ続けている状態だった。
お互いの両親、そして義両親はめちゃくちゃに激怒していた。
ぷんぷんどころの騒ぎではなく、カンカンを超えて、もはやカムチャッカファイヤーという感じの大噴火を起こしていたのだ。よく分からないけど、とにかく洒落にならない修羅場だった。
「なあ、リカ」
俺はベッドの端に腰掛け、頭を抱える幼馴染に声をかけた。
「両親への嘘を、ちゃんと全部嘘だったって告白して、誤解を解いてく!。そしたら、学校の方は俺が何とかしてやるから」
「……え?」
「卒業まであと数か月あるだろ。このまま不登校を貫いたら、さすがに出席日数が足りなくなって本当に卒業できなくなるぞ。本当は……学校に行きたいんだろ?」
俺の言葉に、リカはびくりと肩を震わせた。
行く当てのない恐怖と、クラスに居場所を失った絶望。
一周目の人生を覚えていれば、知識の面では生活に困る様な状態にはならないと思う。それでも、「高校卒業」というステータスがないと、大学ににも進めないし、仕事をするにもそれは必要だろう。
そして、心のどこかで学校という社会にしがみつきたい未練が彼女にはあったのだろう。しばらくの沈黙の後、リカはこくりと小さく頷いた。
「……わかった」
そうしてその日の夜、我が家のリビングには両家両親が緊急招集され、再びの特大プレッシャーを放つ修羅場会議が幕を開けた。
「本当なんだね!? ヨータくん!」
「はい、リカはピカピカのバージンでした! おれが保証します!」
「……じゃあ、なにか!? ヨータくん、きみは実際にそれを確かめたのかい!?」
――ぎゃーーーっ、しまったぁぁぁ!!
一周目の、付き合い始めたばかりのときの記憶と混同して、よりによって最悪のワードを全力で叫んでしまった!
親父たちの目が据わり、母親たちがドン引きの冷たい視線を俺に突き刺す。
「す、すいません! 語弊がありました!俺の記憶の限りそんなことはしてないので保証します、という意味です!」
「なんか含みのある言い方だな……」
そこから先は、冷や汗を滝のように流しながら必死の弁明と土下座の連続だった。
なんやかんやと親たちの怒号と説教を浴びせ続けられ、最終的にはリカが「全部私が嘘をついてごめんなさい」と涙ながらに謝罪したことで、一応は両親たちの怒りもどうにかこうにか収束に向かったのだった……。
義両親の心境を考えたら、俺のいうことを聞いてくれないのは理解できるけど、俺の両親もまったく俺の言葉は耳に入っていないみたいなのが少しきになった。
*
そして、翌日の朝。
自室のベッドでぐっすりと眠り、心地よい目覚めを迎えて――俺は絶叫しかけた。
「……どわっ!?」
なんと、起きた瞬間の視界の真上に、リカの顔があった。
彼女はベッドの縁にきちんと正座し、一ミリもまばたきをせず、うっとりとした笑みを浮かべながら寝起きの俺の顔を至近距離で見つめていたのだ。 しかも、すでにエプロン姿である。
「おはよ、ヨータ。朝ごはん、ごはんもうほとんどできてるから。顔洗ってきて」
「おまっ、どうやって部屋に入ってきた!?」
「ん?普通におばさんに言って入れてもらったよ?」
昨日、あんな話をしたばかりだぞ!?俺の部屋に来る方も来る方だけど、通す方もどうかしてる。
顔を洗ってリビングに行くと、キッチンからは味噌汁のいい匂いが漂っていて、リカは勝手知ったる様子で朝食の支度を始めている。 そこからの日常は、完全に狂い始めていた。
学校へ向かう道中、リカはぴったりと、それこそ三歩後ろを忠実に歩いてついて来た。
道でクラスメイトたちに目撃されたときは「仲直りしたんだ」みたいな反応をされた。違うと言っても誰も信じてくれない。
リカを離そうにも、既に三歩下がってついてきている状態なので、「もっと離れろ」は変だし、どうすることもできないでいた。
リカはこの日からストーカーのようになってしまっていた。
(一周目のときは……よくこんな風にならなかったな……)
学校の靴箱の前で、お弁当を差し出されながら、俺は遠い目をした。
リカも笑顔だったけど、その目には何も映らないほどの暗黒を抱えていた。
そう言えば、一周目の世界では、俺が常に気を遣っていた。リカの機嫌を損ねないように、彼女の重たい独占欲と依存心が爆発しないように、微妙なバランスを必死に保ちながら歩いていた。
それは、まるで薄氷を踏むような、いつ崩れてもおかしくない関係だった。今考えれば変な話だけど、俺もそれを「喜び」だと感じていた。
でも、二周目の今、そのバランスは完全に崩れ去った。 リカに対する何か……「サムシング」がなくなった俺。その俺とは関係を構築することはできなかったリカ。
彼女は今すべてを失って、俺という唯一の救いに縋りつくしかなくなった。
壊れてしまったバランスの果てに待っていたのは、想像以上に厄介で、そして逃げ場のない「リカの重すぎる愛」という名の現実だった。




