第33話:それぞれの結末と、図書準備室の密談
兵どもが夢の跡――とは、まさに今の教室のためにあるような言葉だった。
先日の「公開裁判」の後、教室内に漂っていた重苦しく冷たい「空気」は完全に破壊されていた。もう、誰も俺を冷たい目で責める人間はいない。
「……で、沢渡、あーしがひと肌……」
「いや、本当にいいから。気持ちだけありがたくもらっとく」
「……ってことは、あーしの心を奪っていく的な……?」
「すまん。まさかそう斜め上の解釈をされるとは思わなかった。謝罪は十分すぎるほど受け入れて許すから、もうその話は気にしないでくれ」
涙を流すリカの対応をさておき、ギャル市東さんの斜め上の勘違いに俺は本気で頭を抱えながら困惑した。
委員長駒込さんの同様の「責任を取る」という申し出も、必死の思いでまとめてお断りした。
もちろん、その横で「じゃあ俺も」と謎の対抗心を燃やしていた委員長の彼氏・山田くんの申し出に至っては、聞かなかったことにして完全スルーした。
そうしているうちに、俺は手のひらをクルーンと返したクラスメイトたちに囲まれていた。 口々に「ごめんなさーい」「うちらも流されちゃってさ」「誤解が解けて本当によかった!」と謝罪の嵐が飛んでくる。
まあ、ここでヘタに突っ張って今後に禍根を残すよりは、素直に水に流してくれる方がお互いのためだろう。
教室の中では、ある意味で修羅場が一段落ついたところだった。
だが、視線を外の廊下に向けそちらの様子を伺おうとすると、どうやら廊下は廊下で別の大騒ぎ(修羅場?)が起きているらしかった。
ガラス窓越しに見える廊下では、アヤノさんが騒ぎを聞きつけて集まってきた隣の2組のクラスメイトたちに囲まれていた。
「ねえ如月さん、さっきのって……ただ告白されただけ!?」
「かっこよかったじゃん! なんか男気あったよ!」
「よかったね、誤解が解けてさ!」
アヤノさんはすっかり囲まれてしまい、「え、あ、ちょっと……」と真っ赤になりながら盛大に困惑していた。
そもそも彼女は、元々「選択肢的ぼっち」気味で自分からガツガツ人間関係を作るタイプではなかったし、俺たちのクラスのピリピリした空気のせいで周囲も彼女に絡みづらかったという背景がある。
それが一連の騒動と俺の叫びをきっかけに、一気に好意的なスポットライトが当たってしまったようだ。
(リカの方は……どうなったんだ?)
騒ぎの中心から少し離れ、ぐずぐずと一人でうずくまるリカの姿に目を向けようとした、その瞬間だった。
後ろから、ぐっと腕を引かれた。
「――っ、沢渡くん!」
「うわっ、如月さん!?」
振り返ると、いつの間にか廊下の包囲網を(半ば強引に)抜け出してきたらしいアヤノさんが、俺の腕をギュッと掴んでいた。
「ちょ、ちょっと来て!」
「のわーーーっ!?」
彼女の細い腕からは想像できないほどの力で、俺はそのまま教室から引っ張り出されてしまった。クラスメイトたちの「おっ、連れ去ったぞー」「アオハルか!」という冷やかしの野次が、背中に遠ざかっていく。
二人が引っ張られてたどり着いたのは、人のいない静かな「図書準備室」だった。 カチャリとドアの鍵が閉められ、パタパタと荒い息を整えるアヤノさんと向かい合う。
「はぁ、はぁ……びっくりした……」
「ご、ごめん、俺がさっき教室であんな大声で叫んだから、如月さんまで変な注目集めちゃって……」
巻き込んでしまったことを謝ろうと、俺がしゅんと肩を落とすと、アヤノさんはブンブンと勢いよく首を横に振った。
「ううん、そうじゃなくて……沢渡くん、あの、その……」
「な、なに……?」
責められるのだろうか。いや、彼女の表情は怒っているどころか、むしろ頬を真っ赤に染めて、もじもじと落ち着きのない様子で何度もちらちらとこちらを盗み見ている。
「さっき、教室で……みんなの前で、言ってたことだけど……」
(――ああっ!!)
脳裏に蘇る、さっきの自分の絶叫。 『アヤノさんのことを好きなのは俺の方じゃい!』という、人生最大級の恥ずかしい公開告白まがいのセリフ。
(ああぁ〜〜〜、童貞の件か〜〜〜!)
「あの、その、この歳だったら至極当たり前なのことで……」
「当たり前……? 私のことが好きなことが……? そ、そうなんだ……」
(あ、そっちか。そういえば、俺はアヤノさんへの告白まがいのことを叫んでしまったんだ。全力で……)
「その……、私も沢渡くんのことを良いと思ってたよ……」
「え……」
(まさかのOK!?)
「その……、よかったらおつきあい……しましますか?」
アヤノさんが挙動不審な動きで聞いてきた。
こんなの「はい」か「OK」かの二択だ! 俺は恐る恐る手を差し出した。
「お願いします」
「はい♪」
そのときのアヤノさんの、花が咲いたような、すべてを溶かすような笑顔は、きっとこの人生で死ぬまで忘れることができない――最高の瞬間だった。




