第32話:それぞれの責任と、乱入者と、
リカの口から飛び出た「そうなったらいいなって、思ったんだもーん!」という言葉。
そしてギャル市東さんの「リカてめえ!嘘だったってのか!」という怒号によって、いつの間にか教室を支配していた重苦しい「空気」は完全に霧散していた。
あれだけ俺を冷たい目で見ていたクラスメイトたちは、今や気まずそうに目を泳がせたり、ヒソヒソと小声で囁き合ったりしている。
誰もが、自分がこれまでの間、リカの流した嘘の涙に踊らされ、見当違いな正義感で主人公を追い詰めていたことに気づき始めていた。
「我こそが正義なり」の精神でいたのに、実は自分が今いる場所こそが真っ黒な嘘の「悪側」にいることに気づいた瞬間だったのだろう。
その中心で、最も激しく動揺していたのは――他ならぬギャル市東さんだった。
「おい!」
「ひっ! ご、ごめんなさい!」
ギャル市東さんがリカの襟首を掴んだときの悲鳴で、確証が取れたようだった。
彼女はしばらくの間、信じられないものを見るような目でぐずぐずと泣きじゃくるリカを見つめていたが、やがてガッと顔を上げ、すたすたと俺の席のほうへ歩いてきた。
その足取りには、激しい怒りの色が滲んでいる。
なに!?
今度は俺 何されるの!? なんて言われるの!?
俺はその勢いにたじろいでいた。
彼女は俺の机の前にたどり着くやいなや……。
ドンッと、教室の床に勢いよく額を擦り付けるように、彼女は完璧な土下座をキメたのだ。
「すまーーーん!」
きれいな土下座だった。
「うわっ、ちょっ、まっ、待て。待ってくれ! 頭上げてくれ!」
突然のことに、俺は慌てて椅子から飛び退いた。周囲のクラスメイトたちも「うわっ」「マジか……」と息を飲む。
それだけではない。ギャル市東さんの動きに連鎖するように、いつもの三人組を形成していた委員長駒込さんと、その彼氏山田くんまでもが慌てて駆け寄ってきた。ギャル市東さんの両脇に並び、二人は申し訳なさそうな顔で綺麗に正座をして、深々と頭を下げる。
「わ、私も、ちゃんと事実を確認しないで沢渡くんを責め立てて……本当にごめんなさい!」
「俺もだ。すまなかった、沢渡!」
クラスの女子を引っ張る中心人物たちが、揃って俺に頭を下げている。さっきまでのピリピリした敵意が嘘のように消え去り、別の意味で教室の温度がグッと上がった気がした。
完全にやり過ぎだった。
「いや、顔を上げてくれって! 本当にそういうのやめてくれよ。みんなだって騙されてただけだし……悪かったって、そう思ってもらえるなら、もう俺としてはいいからさ」
俺が慌てて手をブンブンと振って取り繕うと、土下座をしたままのギャル市東さんは力強く首を横に振った。
「いーや! それじゃ、あーしの気が収まらない!」
その横顔を見たとき、俺は妙に納得させられていた。
彼女は決して悪意があって俺をいじめていたわけじゃない。彼女の中にある「正義感」や「友達を思いやる気持ち」が暴走して、間違った方向に向かっていただけなのだ。
「正義」と戦っているのは、決して「悪」なんかじゃない。それはただ「別の正義」を持つ者同士の衝突なのだと、今の彼女の姿を見て痛感する。
「今回のこの、付き合う、付き合わないのドタバタ劇から始まったもんだし! ここはあーしがひと肌脱ぐ!」
「ひと肌って……お前、何をする気だ?」
「何されてもいい! 償いのためなら、あーしは何でも言うことをきく!」
――待て。待ってくれ。
いくら同い年とはいえ、そこそこルックスのいい今時のギャル系女子に「何でも言うことをきく」なんて宣言されると、男としてはどうしても邪なことしか頭に思い浮かばないんだけど……!
いやいや、今の彼女は本気で反省しているんだ。そんな不純なことを考えている場合じゃないだろ、俺。
「……ちゃんと、避妊だけはしてくれよ……?」
考えてたーーーっ!! 十分不純なこと考えてたー! いや、むしろ不純なことしかかんがえてねーーーっ!
口から滑り出た言葉に、自分の邪念を追い出すように頭を振った。
「えっ!?」とギャル市東さんが真っ赤になって顔を上げ、委員長たちが「さ、さすがにそれは……」とドン引きの目を向ける。
しかし、その羞恥心をかき消すように、委員長駒込さんがさらに身を乗り出した。
「じ、じゃあ、私も責任を取って……!」
(おい委員長、お前まで何を言い出すんだよ! 俺がOK出したらどうなってしまうんだ!)
「じゃあ、俺も……!」
(山田、お前は何をする気だーーーっ!! 男はいらーーーん! ウホッ)
委員長の彼氏まで何をトチ狂ったのか一緒になって名乗り出ようとしてきた、教室中が変なテンションのツッコミで埋め尽くされそうになったその時だった。
「――ダメーーーっ! ヨータくんは私のーーーっ!」
ガラスが割れるかと思うほどの勢いで教室の引き戸が開き、突如としてその場に飛び込んできた人影が、俺の腕にぎゅっとしがみついた。
見上げなくても分かる。甘い香りと、温かな体温。
冷静になって考えたら、俺はさっき大絶叫でアヤノさんに告白しなかっただろうか……!?
そこには、全校生徒の注目の的である如月アヤノさんが、真っ赤な顔で怒りと独占欲を全開にさせて立っていたのだった。




