第29話:彼女の秘密と、俺の勝手な嫉妬
ホームセンターの広大な駐車場を後にした俺たちは、夕暮れ時の街並みを眺めながら、近くの小洒落たカフェに立ち寄っていた。
木の温もりが感じられるテーブルの上。冷たいアイスティーのグラスの横に、先ほど3Dプリンターで出力したばかりのピカピカのスマホケースがちょこんと置かれている。
自分の手で測り、悩み、作り上げたその実物を眺めるだけで、さっきまでの達成感が蘇ってきて自然と顔がニヤけてしまう。
「いやあ、本当に楽しかったな。まさかあんな本格的な体験ができるなんて思わなかったよ」
「そうですね。沢渡くんが喜んでしてくれて良かったです」
向かい側に座るアヤノさんは、眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、ストローでアイスティーを一口飲んだ。
それにしても、と俺はふと疑問に思っていたことを口にする。
「それにしてもさ、アヤノさん、よくあんなマニアックなイベントがあるって知ってたよね。普通、高校生が休日にホームセンターの3Dプリンター講座なんてチェックしてないだろ」
にっ、と笑顔になって教えてくれた。
「それはですね、ちょくちょくホームセンターには行ってて。週末によくお父さんに車で連れて行ってもらったりしてたので、たまたまポスターを見かけて……」
「へえ、お父さんに? それにしたって、CADの操作とかノギスの使い方まで最初から板についてたじゃん。お父さんがそっち系の仕事とか……?」
「え? あ、えーっと……。その……、うーん……」
なんだかやけに歯切れが悪い。
普段の彼女はもっと理路整然と、淀みなく話すはずだ。それが、まるで何かを必死に隠しているかのように、視線を泳がせ、ストローをクルクルと意味もなく回し始めている。
――その挙動不審な様子に、俺のなかの変なスイッチがカチリと入った。
いや、待てよ?
休日にお父さんとホームセンターに通い、理系のCADや3Dプリンターにやけに詳しくて、しかも今こうして俺のモノづくりに楽しそうに付き合ってくれる。
……ピンときた。
「え、まさか……」
「えっ、な、なんですか急に……」
「もしかしてさ……昔、好きな人とか彼氏とかがそっち系の趣味を持っていて、その人に影響されたりとか、そういう感じだったりする?」
「っ……!?」
軽いからかい半分のつもりで投げたその一言に、アヤノさんは椅子から飛び上がりそうなほど盛大に肩を跳ねさせた。
顔がみるみるうちに真っ赤に染まり、気まずそうに目を丸くしてこちらを見つめてくる。その慌てふためき様は、普段の冷静沈着な姿からは想像もつかないほどだった。
(うわ、マジか……! 図星じゃねえか!)
心の臓を氷の手でギュッと掴まれたような、スペシャル強度のショックと妙な焦りが胸の奥から湧き上がってくる。
「す、好きな人って……えーっと、そうですね、その、好きな人というか……! そうですね、好きな人……ですね」
アヤノさんはしどろもどろになりながら、両手で冷たいグラスを包み込んだ。表情にはテレと笑みが浮かんでいる。
「その人がですね、すごく器用で、ものづくりにストイックというか……気づいたら、私も隣でいろんなことを教わるようになっていたといいますか……その、なんと言いますか……!」
(なんだよそれ……!)
俺の脳内で、勝手に架空の「ライバル像」が急速に巨大化していく。
アヤノさんと趣味が合い、一緒に機械をいじり、お互いに高め合っていたという「昔の好きな人」。そんな奴が、かつて彼女の隣にいたという事実だけで、なぜだか猛烈に腹が立ってきた。
いや、待て。お前はいったい何に嫉妬しているんだ、と自分の理性が冷や水を浴びせてくる。だが、感情の暴走はもう止められなかった。
(な、なんだよそれ……めっちゃ青春じゃねえか)
俺は不貞腐れたようにアイスティーをグイッと飲み干した。
(そんなにいいやつだったなら、なんでそいつと一緒にならなかったんだよ。お前とだったら、お互い高め合えて最高にいい関係を作れただろうに……。そいつ、見る目がなさすぎだろ!)
「ど、どうしたんですか。黙り込んで。昔のことですからね?昔のこと」
アヤノさんは顔を真っ赤にしたまま、潤んだ瞳で俺を睨むような、すがるような複雑な眼差しを向けた。その声は、どこか震えていた。
(ちょっと、それどういう感情!?どういう表情!?)
再び俺と目が合うと彼女は慌てて視線を逸らし、窓の外の夕日を眺め始めた。
なぜか頬を染め、恥ずかしそうに唇を噛み締めているアヤノさん。
――くそっ、やっぱりあの「昔の好きな人」の存在が、今でも彼女の心の中に残っているってことか?
今朝まで宙にでも浮きそうだった俺の心は、今や鉛を背負ったみたいに重たい体となり、勝手に盛り上がり、勝手に沈み、モヤモヤを募らせる俺だった。




