第28話:サラダ記念日と、3Dプリンターの公差
週末はアヤノさんとデートだ。
デートっぽい用事ではなく、デートなのだ。
なぜなら、アヤノさんが「デートをしましょう」と言ったのだから。
「この味がいいね」と君が言ったらサラダ記念日になるように、「デートをしましょう」とアヤノさんが言ったらデートになるのである。
この様にどうでもいいことを考えてしまうほど浮かれているのを俺は自分で理解している。
今や学校にも家にも居場所がない俺としては、出かけられるのはありがたい。
前回のオープンキャンパスのときのアヤノさんの「お嬢様コーデ」は相当な破壊力があった。
超絶美少女のリカに慣れている俺でさえイチコロだったのだから。
今日の待ち合わせ場所はなんとアヤノさんちの前!
なんと、家の近くまで迎えに行っていいそうだ。
自分の家を教えてくれるってことはもう結婚は間近ではないだろうか。
※地球にその様な文化は存在しません。
学校ではリカの暴走で不名誉な噂が飛び交い、家の中でも重苦しい空気が漂う中、この週末のお出かけは砂漠で見つけたオアシスそのものだった。
指定された集合場所は「アヤノさんの家の前」。
少し遠出をするからと指定された通り、愛車のママチャリを漕いで閑静な住宅街の一角へ向かう。
家に着いたらチャイムは鳴らすべきかとか変なことを悩んでいた俺だったけど、門扉に近づく頃には静かにドアが開いた。
「沢渡くん、おはようございます」
現れた姿を見た瞬間、俺の思考は完全にフリーズした。 (さ、作業服……!?)
そこにいたのは、フリルのワンピースでも可愛い私服でもなく、薄いグリーンの「作業服」を身にまとったアヤノさんだった。
華奢な体にダボッとしたワークウェアが「着せられている感」を醸し出していて――それが猛烈にかわいい。不意打ちのギャップ萌えというやつだ。
「今日は作業がありますから。沢渡くんも動きやすい服装でと言っておいて良かったです」
爽やかな秋風の中、俺たちは二台のママチャリを並べてスタートした。
「それで、今日の目的地は?」
サプライズで今日まで教えてもらえなかったのだ。
「今日の目的地は……」
なんと、郊外の大型ホームセンターだった。
到着したホームセンター一階の体験型ワークショップエリアでは、今日限定のイベントが開催されていた。
ここでアヤノさんは得意げに胸を張った。
「ここで開催される特別教室の枠を、事前に確保しておいたんです」
掲示板には『休日ものづくり体験:3Dプリンターで作る! 小物づくり講座』の文字。
そして、その奥でパソコンをいじっていたのは――あの城東大学の佐伯教授だった。
「おや、オープンキャンパスに来ていた子たちじゃないか!これは嬉しい!」
教授がこんな講座をやっている驚いたけど、憧れの教授が俺たちを覚えてくれていたことが嬉しかった。
思わずアヤノさんと顔を見合わせて笑顔を交わした。
教授の軽妙な案内で始まった講座は、文系脳の俺の知的好奇心を一撃で撃ち抜いた。
子どもたちは動物のモデルが準備されていて、選ぶだけですぐに印刷できるようになっていた。
サポートで若い人が何人かいるのは大学生のバイトかボランティアだろうか。
俺たちみたいな「大きいお友だち」にはもう少し違うものも準備されていたのだ。、
「スマホケースを作りたい!」
「いいじゃないか。今日はスマホを持ってる?」
意外にもめっちゃ肯定された。
「じゃあ、まずは寸法を測ろうか。定規じゃなく、これを使うんだよ」
渡されたのは『ノギス』と呼ばれる、くちばし状の測定器。
手にしっくりくる重みを感じながら、スマホの幅や厚みを0.1ミリ単位で測っていく。これは使い方を習わないと分からない!初めて見た測定器だ。
「よーし。じゃあ、次はCADいってみよーか!」
教授に促されてパソコンの電源を入れた。
続いて専用のCAD画面へ。右手でマウスを操して、左手はなぜか自然とシフトキーの辺りに。
「あれ?3D-CAD使ったことあるの?」
知らないけど、この辺のボタンをよく使うらしい。たまたまだよ。
言われるがままにソフトを立ち上げると、シンプルな形状のスマホケースが画面に映った。
「おお!」
思わず声が出た。
「あとは、さっきの寸法を元にきみのスマホのサイズに合わせたら完成だよ」
なるほど、子どもには予め準備したモデルを使って印刷、俺たちはある程度のテンプレートから選んでちょっとだけ編集して印刷できるようになっているのか。よく考えられている。
操作してみて分かったのは、マウスは普通に使うけど、モデルの回転とか上下左右をシフトキーで切り替えるらしい。ここは慣れと感覚が大事らしく、俺はスムーズに使えたから教授が驚いてた。
佐伯教授が「なんかプロっぽいねぇ」と楽しそうに目を細めた。
アヤノさんも隣の席から「すごいですね」と温かい視線を向けてくれる。
しかし、データが完成して調子に乗っていた俺に、佐伯教授がニヤリと意地悪な笑みを向けた。
「データ上はパーフェクトだ。だがね沢渡くん、スマホケースみたいに『嵌合』するものは、現実の加工誤差を計算に入れなきゃいけない」
「かこうごさ……?」
「画面の中は摩擦も熱もない理想郷だが、実際の3Dプリンターは樹脂を熱して積層するから、どうしても数パーセントの収縮や誤差が出る。そのままの寸法で作ったらどうなると思う?」
「あ……縮んで、スマホが入らなくなる?」
「その通り。大きすぎたらスポスポだ」
振り返ると、隣で作業していたアヤノさんの画面には、本体寸法に対して絶妙な「0.2ミリのクリアランス(隙間)」と、バネ性を持たせた傾斜の構造がすでにデザインされていた。流石すぎる。
「昔は3Dプリンターなんてなかったから、こうした理屈や計算をすべて手計算で導き出してモノを作っていたんだよ。物理や数学は、現実世界で形あるものを生み出すための言葉なのさ」
教授の言葉が、胸の奥にスッと落ちていく。
教科書の公式はただの暗記じゃない。想像したものを形にするためのツールだったんだ!
そして約一時間後。3Dプリンターがウィーンと音を立てて樹脂を積み上げ、ついに世界に一つだけのスマホケースが完成した。
台座から外し、少し緊張しながら自分のスマホに押し込んでみる。
――パチン。 心地よい音とともに、ケースが吸い付くように本体へジャストフィットした。
「……入った……! できたっ!」
「お見事。素晴らしい感覚だ、沢渡くん」
佐伯教授が満足そうに頷いてくれる。自分の手で測り、悩み、修正した物体が、手のひらで確かな手答えを放っている。この達成感は、今までの人生で味わったことのない種類のものだった。
「ものづくりって……めちゃくちゃ面白いですね」
俺が感動を口にすると、作業着姿のアヤノさんは眼鏡の奥の瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みを咲かせた。
「でしょう? 沢渡くんなら、絶対にこの面白さを分かってくれると思っていました」
そう言って彼女は、自分が作った小さなキーホルダーを、スマホのイヤホンジャック部分にちょこんと取り付けた。
学校での理不尽な噂も、泥沼の人間関係も、この瞬間は心の底からどうでもよかった。
この理系の世界と、隣で微笑むアヤノさんと過ごす時間があれば、俺の毎日はいつだって最高に輝いていく――そんな確信に満ちた週末だった。




