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第25話:裁判の開幕と、階段の密談

 昼休みのチャイムが鳴り響いても、1組の生徒は誰一人として席を立とうとしなかった。 普段なら学食へ猛ダッシュする奴も、購買の焼きそばパンをかけて階段を駆け下りる奴も、全員が異様な執着で教室にとどまっている。


 やがて、教室の引き戸がガラガラと大きな音を立てて開いた。 女子生徒数人に挟まれるようにして、隣の2組から如月アヤノさんが連れてこられた。


「はあ!? 如月アヤノって……あんた!?」


 アヤノさんの姿を見るなり、ギャル代表の市東さんが眉を段違いに跳ね上げ、開口一番に難癖をつけた。


 ルッキズムという言葉があるが、まさにそれだ。 普段の学校でのアヤノさんは、大きめのメガネをかけて前髪をやや長めに下ろし、教室ではうつむきがちで誰とも関わらないように過ごしている。以前、自分から「私は選択的ぼっちですので」と澄ました顔で言っていた通り、クラスに友達がいるのかどうかも怪しいレベルの存在感だったのだ。


 見た目が超絶美少女のリカは見た目の面で優っているかもしれない。「見た目が良い=正義」ってのはテレビなどのヒーローものとかの功罪だろうか。 


 休日、駅の前で見せたあの上品でおしゃれなお嬢様姿を知っているのは、俺だけだった。 アヤノさんだってかなりかわいいのだけど、普段の印象ではリカに軍配が上がってしまう。

 

 ギャル市東さんにしてみれば「地味で陰気な女子が、超絶かわいいリカの男を寝取った」というストーリーが頭の中で出来上がっていたのだろう。連れてこられた本人の、意にも介さない静かな立ち姿とのギャップに、拍子抜けと困惑が混ざったような声を上げていた。


 ――さて、ここで少しだけ時間を巻き戻そう。


 地獄のような公開裁判が始まる約3時間前。一限目が終わった直後の10分休憩でのことだ。


 チャイムが鳴ると同時に俺が木村の方へ視線を向けると、案の定、あいつもこちらをじっと見ていた。 俺は視線で合図を送り、無言のまま親指をスッと立てて「上で」と促した。木村も察したように無言で親指を立て返した。


 うちの高校は防犯上の理由で屋上が出入り禁止になっており、重厚なドアにはカギがかかっている。 だが、そこへ続く踊り場の階段だけは利用できる。普段は誰一人として立ち入らない、埃っぽい階段を上り、俺は鍵の閉まったドアの前までたどり着いた。 少し遅れて、息を整えながら木村が上がってくる。


「……何が起こってんの?」


 俺は壁に背中を押し付け、そのままズルズルとコンクリートの床に座り込んだ。昨夜からの疲労と精神的な削り合いで、立っているのすら億劫だった。


「昨日の夜、クラスのLINEグループに秋月さんから『ヨータがいなくなった』ってメッセージが入ったんだよ。それからタイムラインは大騒ぎさ」


 木村が眉をひそめながらスマホを見せてくれた。 昨夜の俺は、実家でリカと押し問答をした後、ネカフェに駆け込んでマナーモード(通知音・バイブオフ)にしていたため、スマホを全く確認していなかったのだ。


「一時期はさ……沢渡が絶望して自殺するんじゃないかとか、警察に届けるかとか、大捜索になっちゃって……」

「マジかよ……」


 胸の中で謎が一つ解けた。 昨夜、ネカフェを抜け出して「親が寝静まった頃に家に帰れないか」と夜中に3回ほど実家の様子を見に行ったのだが、毎回バッチリ俺の部屋の電気がついていたのだ。 リカが俺の部屋に立てこもり、クラスのLINEで大騒ぎを起こしながら一晩中待機していたのかと思うと、背筋に冷や汗が流れた。


「色々すまん、木村。俺はもう、リカと付き合うつもりは一切ないから……。と言っても、お前にも余計な迷惑をかけて困らせてるよな。できるだけ早く終結させるから」


 俺は木村に向かって頭を下げ、申し訳ないと謝罪した。 だが、木村はかぶりを振り、申し訳なさそうに視線を落とした。


「いや……僕の方こそ何もできなくてごめん。タイムラインでは大事にならないように抑えようとしたんだけど、朝方には女子たちだけでリアルで集まって大騒ぎになっちゃったみたいで……」


 なるほど。だから今朝、俺が着替えに帰った時にリカが家にいなかったのか。木村は木村なりに、親友として、そしてリカの「今の彼氏」として、事態を鎮静化させようと動いてくれていたのだ。


「……女子の間だけで、何か特別な情報が共有されてるみたいだから気を付けて」


 木村がぽつりと落ち度のない声で警告してきた。


「あーーー……。身に覚えは1ミリもないけど、思い当たる節はあるわー」


 俺は天井を仰ぎ、深いため息をついた。 昨日、リカが俺の両親と義両親の前でぶち上げた最終兵器――「一線を超えた嘘」のことだ。あれを女子ネットワークにだけ「悲劇の秘密」として共有したのだろう。 正義感が強くて熱血タイプのギャル市東さんが、朝からあそこまでブチギレて俺の机をバンバン叩いていた理由が、完璧に合点がいった。


 当然、その内容を学校や教師に正式に通報すれば、嘘であれ本当であれリカ自身が学校にいられなくなるリスクがある。 そう言った意味で、情報を共有された女子たちはそろってリカに「共犯意識」があるだろう。


 昔、何かの本で読んだことがある。 人間を最も強く結びつける関係は、友情でも、恋でも、親子関係でもない――「共犯関係」だと。


 クラス全体を「正義感」で味方につけ、特に女子全員を「共犯関係」で固めて口を塞ぎ、自分を絶対的な被害者ポジションに置く。 リカは一体どこまで計算して、この完璧な包囲網を作り上げたのだろうか。ぞっとするほどの知略だ。


 ――そして、時間は現在へ戻る。


 昼休み、異様な熱気と静寂が包み込む1年1組の教室。 ギャル市東さんが仁王立ちになり、アヤノさんと俺を交互に指さした。


「あんた、自分が何やったか分かってんの!?」


 ギャル市東さんが俺に向けた一言を合図に、ついに「公開裁判」がスタートした。 被告人である俺に、最初からまともな発言権など用意されていない、理不尽な裁判が――。

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