第23話:深夜の来訪者と、セワシの論理
両家を巻き込んだ最悪の話し合い(という名の糾弾会)が一旦お開きになり、自分の部屋に戻った俺は、暗がりの中でただ呆然と座り込んでいた。
リカは完全に一線を超えてきた。
一周目の人生におけるリカは、その「超絶」と評されるほどのかわいい容姿と、俺に対する絶対的な好意――今思えば依存に近かったのかもしれないが――で俺を虜にしてきた。当時の俺は間違いなく目がハートマークになっていて、彼女のワガママもすべて受け入れていたのだろう。
だが、二周目の人生において、リカが木村の告白を受けてあっさりとその彼女になった瞬間、俺の中の何かが決定的に壊れたのだ。
それが単なる冗談だったのか、俺にヤキモチを妬かせるための作戦だったのか、それとも何かの当てつけだったのかは分からない。 だが、どんな理由があろうと、リカは自らの判断で木村と付き合う道を選んだ。 その事実を目にした瞬間、俺のリカに対する心は完全に死んだのだ。
冷めきった感情のまま考えを巡らせているうちに、疲労からか、俺はいつの間にかベッドで眠りについていたらしい。
――ふと、顔に生暖かい吐息を感じて目が覚めた。
薄暗い部屋の中、息がかかるほどの至近距離に人間の顔があった。 じっと俺の寝顔を覗き込んでいたのは――リカだった。
「わあっ!? びっくりした……っ!」 「しーっ! 騒いだら、おばさんに見つかるよ!」
飛び起きた俺に対し、リカは人差し指を口元に当てて慌てて制してくる。 自分の部屋で自衛する術すらないのか。勝手知ったる我が家とはいえ、深夜に不法侵入してくるとは正気を疑う。
「見つかるもなにも、お前が勝手に部屋に来たんだろ! 何しに来たんだよ!」
「その……仲直りしに……」
上目遣いで、しおらしく申し訳なさそうな顔を作ってみせるリカ。 その態度に、俺の頭には血が上った。
「お願い! 私が好きなのはヨータだけなの!」
両手をパンと合わせて神様に頼みごとをするみたいに懇願してくるリカ。
「よくそんな言葉が出てきたな! なんであんなこと言ったんだよ!『 無いこと無いこと』言いやがって……せめて『あること無いこと』言えよ!」
「だって……! ヨータと結婚しなかったら、コーイチとユカが生まれてこなくなっちゃうんだよ!? 会いたくないの!?」
コーイチとユカ。 一周目の人生で、俺とリカの間に生まれた子供たちの名前だ。
両親と義両親を味方につける作戦が不発に終わるやいなや、今度は前世の子供たちの存在を持ち出して俺を懐柔しようというのか。どこまでも自分の都合で人の情に漬け込もうとしてくる。
俺は冷めきった目でリカを見つめ、深いため息をついた。
「……お前、ドラえもん読んだことあるか?」
「え? ドラえもん……?」
突然の問いかけに、リカがポカンと首を傾げる。
「ドラえもんの第1話で、セワシくんが来ただろ。のび太の将来の結婚相手をジャイ子からしずかちゃんに変えるために未来からやってきた、のび太の子孫だ。あの時、セワシくんが何て言ってたか覚えてるか?」
「なに……いきなり何の話……?」
「結婚相手がしずかちゃんになっても、巡り巡ってセワシくん自身は生まれてくるんだよ。東京駅に行くのに新幹線で行こうが、特急で行こうが、最終的な目的地と結果は変わらないって言ってたろ」
俺は淡々と、リカにマンガの知識を突きつけた。
「つまり、俺がお前と結婚しなくても、コーイチとユカは生まれてくるってことだ。もし俺の子として生まれてくるなら、母親が誰だろうと同じようにかわいがって育てる」
「っ……!?」
言葉の意味を理解した瞬間、リカの顔が怒りとショックで真っ赤に染まった。
「そんなこと言って……あの女とそういうことするんでしょ!? えっち!!」
「お前が『そういう関係』だって先に親の前で嘘をつき始めたんだろうが!」
「ほら、ヨータ! 仲直りして私たちもしよ? ちょっと順番が変わっただけだし!」
言うやいなや、リカは自分の服のボタンに手をかけ、脱ぎ始めようとした。
「おい! 服を脱ぐな! 帰って寝ろ!!」
「嫌だ! 本当のことにして、ヨータを私のものにするんだから!」
なりふり構わず服を脱ごうとするリカ。狂気すら感じるその暴走に、これ以上この部屋で押し問答を続けるのは危険すぎると直感した。ここで親に見つかれば、それこそリカの思うツボだ。
リカはその容姿と甘え上手を武器に周囲の人間を味方に付けてきた。これが男女両方からかわいがられているから恐ろしい。それだったら、俺にこだわる必要はないはずなんだ。
「俺にこだわらなくてもいいだろう!」
「ヨータじゃないとダメなの!」
目からぼろぼろと涙を流しながら力説するリカは本当に俺のことが好きなのではないかと思わせるだけの説得力があった。
「っ……ふざけんな!」
言っても聞かないリカを諦め、俺は枕元にあった上着をひったくると、部屋を飛び出し、そのまま深夜の我が家を後にした。
冷たい夜風に晒されながら、暗い夜道を一人で歩く。 だが、この時の俺はまだ知らなかった。 本当の地獄は我が家の中だけではなく、翌日からの学校で待ち受けているのだということを――。




