第22話:最悪の修羅場と、二度目の女優
地元の駅でアヤノさんと別れ、家に帰り着いた頃には、すっかり夕方になっていた。 胸いっぱいの余韻に浸りながら自宅に戻ったはずなのに、玄関前に立つリカを見た瞬間、俺の浮かれた気分は一瞬で吹き飛んだ。
嫌な予感がぷんぷんどころか、悪臭となって漂ってくる。
「ヨータが悪いんだからね」
開口一番、腕を組んだ秋月リカが睨みつけてきた。 まただ。リカの言うことは、いつだって主語も前置きもなく要領を得ない。「それくらい分かれ」と言わんばかりの態度で、いつも俺を試してコントロールしようとする悪癖。
「……何がだよ」
「いいから来て!」
返事も待たず、リカは俺の腕を強引に引っ張り、勝手知ったる我が家の玄関へと引き入れた。
案内されたのは、1階の和室だった。 重苦しい空気が充満する部屋に入った瞬間、俺は思わず足を止めた。 低い座卓を挟んで、片側には俺の両親。そして向かい側には、リカの両親――一周目の人生で俺の義理の父母となった秋月夫妻が座っていた。
リカは俺の腕を離すと、すーっと義両親の間に滑り込み、さっきまでの傲慢な表情から一転して、今にも泣き出しそうに悲しそうにうつむいた。
なにその早着替えみたいな演技。怖すぎるだろ。 だが、どんな手を使ってこようが俺の気持ちが変わることは絶対にない。
「ヨータ、そこに座りなさい」
親父に促され、俺はいわゆる「お誕生席」の位置に座らされた。 なるほどな。外堀を埋めて両親と義両親を味方につけ、大人の圧で俺を力ずくで懐柔する作戦か。いかにもリカが考えそうなことだ。
「ヨータくん、最近リカに冷たいそうじゃないか。どうしたんだい? 昔からあんなに仲が良かったじゃないか」
リカの父親が、苦しそうに、だが静かに俺を詰問してくる。
「私もね、ヨータくんならと思って、将来のことも考えていたんだけど……」
お袋のような存在だったリカの母親も、悲し気にため息をつく。 そして、本来なら俺の味方であるはずの我が両親に視線をやると――
「リカちゃん、こんなにかわいいじゃないか! お前にはもったいないくらいだぞ? こんな子がお前のことを好きだと言ってくれるなんて、幼馴染じゃなかったらあり得ないことなんだぞ!?」
「そうよ! よくうちにも来てくれるし、てっきり二人は結婚するもんだと思って、私もお料理とか教えてたのに……」
全滅だった。 我が家の両親は、すでに完全にリカに取り込まれ、敵に回っていた。
「……別に冷たくしたわけじゃないよ。ただ、リカがクラスのやつと付き合い始めたから、いつまでも幼馴染気分で甘えさせるのは良くないと思って、線を引いただけだ」
言ってやった。
どうだリカ。
お前が自ら撒いた種だ。 俺のいないところであることないこと吹き込んで大人を味方につけたんだろうが、これで全員が事実に気づき、俺の味方になってくれるはずだ。自業自得ってもんだ。
だが、リカはうつむいたまま、蚊の泣くような声で呟いた。
「そ、それは……誤解なんです……! ヨータが急に冷たくなったから……男の子の気持ちが知りたくて……クラスの男の子に相談に乗ってもらってただけで……」 「は?」
堂々と嘘をねじ込んできやがった!? 木村と腕を組んでイチャついてたのはどこのどいつだ!?
「そうだよな。リカちゃんはかわいいから、相談された男の子もリカちゃんのことを好きになっちゃったのかもしれないな。そしたら誤解ってこともあり得るよな」
父さん、あんたも俺の敵かよ! なんで嘘つきの肩を持つんだよ!
「違います! リカが相手から告白されて、承諾して付き合い始めたから俺は線を引いたんです! 順番が真逆だ!」
「そんなことない……! 私はヨータしか見えてないのに……!」
リカは面白いくらいに大粒の涙をぽろぽろと流し始めた。事実を知っている俺すらリカが本当のことを言っているんじゃないかと思い始めるほどの演技だ。
部屋の中に重い困惑が広がった。 俺とリカの言っていることが、完全に向かい合わない平行線だからだ。
「リカ、そうなの……?」
リカの母親が、覗き込むようにして尋ねた。 すると、リカはハンカチで目元を拭いながら、意を決したように顔を上げた。
「……実は、本当は言いたくなかったんだけど……っ」
おい、やめろ。何を言い出す気だ。 お前の手札なんて、もう何もないはずだろ!?
「ちょっと前……ついに、ヨータと……そういう関係になっちゃって……っ」
――ざわっ。
部屋の中の空気が、物理的に揺れた気がした。 両親と義両親の目の前で、リカは俺と「身体の関係がある」と言い切ったのだ。
「おまっ……! そんな嘘を――!」
「ヨータ! まだリカちゃんが話してるだろ! ちゃんと聞きなさい!」
立ち上がりかけた俺を、親父が怒号で制した。 嘘だぞ!? 100パーセント捏造だぞ!? なんでそんなバカげた言葉を信じるんだよ!
「一度……生理が遅れちゃって……っ。それからヨータが急に冷たくなって、あんまり会ってくれなくなったんです……! 私は、私はヨータのことが大好きなのに……っ!」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼし、小さく肩を震わせて泣きじゃくるリカ。
完璧だ。完璧すぎる大女優だ。 大人たちがどう言われたら一番パニックになり、何を言えば一発で息子を悪者にして自分を被害者に仕立て上げられるか。そのキラーフレーズを正確に射抜いて見せた。
そうだった。こいつはただの女子高生のリカじゃない。一度目の人生を終えて戻ってきた『二度目のリカ』だ。親世代の心理も、子持ちの親の恐怖も、すべて理解した上でこの極悪なブラフを打ってきているんだ!
「ヨータくん……うちの娘をもてあそんだってことかな!?」
リカの父親の顔が怒りで真っ赤に染まり、立ち上がらんばかりの勢いで俺を睨みつけた。
「そんな、あなた落ち着いて……!」
「黙ってろ! 自慢のかわいい娘が傷物にされて、おもちゃにされたって聞かされて黙っていられるか!」
義両親が怒りと動揺で言い争いを始め、畳みかけるように俺の親父が怒声を上げた。
「ヨータ! お前、どうするんだ!? そういうことに興味が出る年頃なのは分かる! ましてやリカちゃんみたいにかわいい子が近くにいたら、そうなってしまうのも理解できる! だがな、男なら責任の取り方ってもんがあるだろうが!!」
「だから! これは全部リカの嘘で――」
「ヨータ、見苦しいぞ!!」
親父の叫び声が和室に響き渡る。 俺の言葉なんて、もう誰の耳にも届かない。全員がリカの張った蜘蛛の巣に絡め取られている。
「リカちゃん……体の方は、その……どうなの……?」
母さんが震える声で尋ねると、リカは顔を伏せたまま答えた。
「その……ちょっと遅れてただけ……みたいで……。でも、怖かった……っ。ヨータがいなくなっちゃうのが……怖かったの……っ!」
そのままリカは声を上げて泣き崩れた。 こうなってしまっては、もう会話にならない。当然、今日のところは一旦お開きということになった。
ただし――「今後の両家での話し合い」という最悪な課題を残したままで。
静まり返った和室で、俺は冷え切った座布団に座ったまま、天井を仰ぎ見た。 完全にハメられた。だが、嘘が大きければ大きいほど、綻びが出た時のダメージも大きくなるはずだ。
完全に場当たり的な作戦だ。仮にリカが言ったことが全て本当だったとしても、将来的に俺は親族の中で虐げられることになるのは明らかだった。絶対リカは目の前の状況しか考えていない。
(覚えてろよ、リカ……。絶対にその仮面、剥がしてやるからな)
胸の中でフツフツと燃え上がる冷たい怒りを抑えながら、俺は反撃の爪を研ぎ始めた。




