第21話:デートにおける店選びとメニュー選び
「来てよかった」
オープンキャンパスの全イベントを堪能した後、大学の敷地を出たとき、俺は思わず声に出していた。
「喜んでもらえてよかったです」
このままお開きってのも……。俺はまだ帰りたくない気持ちでいっぱいだった。
「あの……、お腹減ったよね。よかったら、一緒にご飯に行かない?」
俺の中の人は一旦は七十七歳まで行った人だ。十七歳の女の子を誘うのは造作もないこと。脳内のエズラで行ったら、おじいちゃんが孫娘くらいの年齢の女の子を食事に誘っているという気持ちの悪い光景になっていそうだ。
ただ、俺は既に十七歳マインドを取り戻しつつあるので、ドキドキだ。人生ってのは前世の記憶があっても、今は今らしい。俺は十七歳、よし!
「そうですね、もうお昼過ぎてますし。どこ良いとこありますか?」
あっさりOKしてくれた。
いや、お嬢様コーデのアヤノさんめちゃめちゃかわいいからそれだけで密かにガッツポーズをしてしまった。脳内の俺はジャンプして喜んでるけど、現実の俺はできるだけクールに振舞っている。
色々オシャレな店に連れて行きたいところだけど、こんなときは迷えば迷うほどドツボにはまるのは前世で経験済みだ。俺は即決で視界に入った、大学のすぐ近くにあるファミレスで遅めの昼食をとることにした。
幸い少し昼時の時間を外したからか、ファミレスは待たずに入れた。待つとしたら、こんなときの話題は準備していなかったので、今さらながら安心した。
そして、注文。
あれ? こんなときって、どんなメニューを頼むのが正解なんだ!?
ハンバーグ定食をもりもり食べるのもデートっぽくない気がする。スパゲティミートソースは食べたら確実にソースを飛ばしてしまう。ヘタしたら、アヤノさんのお嬢様コーデまで飛ぶかも。
アヤノさんの注文は……サラダとサンドイッチ! スマートだ。実にスマートだ。
俺もサンドイッチ……。いや、肉が食いたい。今日のランチはハンバーグ定食。それだ。それを食いたい。でも、デミグラスソースが飛んだら……(以下略)
そんな中、俺はメニュー表に光明を見つけた。
『おろしそハンバーグ』
そうか、おろしハンバーグってのはいつ頼むもんかと思ったら、若者がデートのときに注文するものだったのか!(※注:違います)
ファミレスが男用にガッツリ食べられて、汁を飛ばさないために開発されたメニューだったのか!(※注:違います)
ランチメニューに盛り込まれているのは……(以下略)
「ふふふっ」
目の前でアヤノさんが笑った。
「どした?」
「沢渡くんって、いつも楽しそうですね」
しまった。俺の脳内会議が表情に出ていたのか!?
「色々気にしなくて、好きなメニューを頼んだらいいんですよ」
しまったーーー!俺の脳内会議が口にも出ていたーーー!
「ごめん、ありがと。ファミレスは久々で……」
「そうなんですか? 意外です」
そんなどうでもいい会話をしながらドリンクバーのジュースを飲んだ。向かいに座るアヤノさんを見る。 私服姿のアヤノさんと向き合ってご飯を食べる……これだけでも相当なイベントなのだが、俺の頭の中はすでに「未来のキャンパスライフ」の妄想で一杯になっていた。
晴れて二人とも城東大学に合格して。
実家を出て、大学の近くでそれぞれ一人暮らしを始めて。
「沢渡くん、今日のレポート一緒にやらない?」なんて言いながら、カフェの窓際のカウンター席で横並びで課題をする。
そのうち、お互いの部屋を行き来したりして、「今日は遅くなっちゃったな。泊ってく?」「うん……」みたいな……。
(……いかん、爆発する!!)
自分の脳内シミュレーションの甘甘さに、顔が熱くなるのを感じていると、いつの間にか目の前には遅しそハンバーグ定食が来ていた。どうやら、俺はあっちの世界から帰ってきたらしい。
慌ててハンバーグを口に押し込んだ。
アヤノさんの顔が真っ赤なんだけど、俺の「未来のキャンパスライフ」イメージは口からこぼれてないよね!? ないよね!? アヤノさんが恥ずかしそうに下を向いちゃってるんだけど、違うよね!?
妙にリアルだったし、これが「予感」ってやつだろうか。俺とアヤノさんは妄想のようなキャンパスライフを送ることができるっていう……そんな予感だった。
やがて食事を終え、伝票がテーブルに置かれた。 俺は伝票を見つめながら、次の猛烈な葛藤に苛まれていた。
(おごるべきか……? それとも割り勘か……?)
一周目の人生の記憶が、俺の足を引っ張る。 リカと付き合っていた頃(というか振り回されていた頃)、デートの費用は100%俺持ちが当たり前だった。
結婚してからもリカは専業主婦になったため、俺が外で必死に稼いだ給料をすべて彼女に差し出し、そこから小遣いをもらう生活だったのだ。「男が払うのが当然」という固定観念が、俺の脳には深く染み付いていた。
俺が財布を出して伝票を手に取りレジに向かうと、アヤノさんも後ろから付いてきてた。
「お会計はご一緒ですか?」
「はい」
レジの女性店員の問いに即答の俺。
「沢渡くん、自分の分は自分で払うよ」
アヤノさんは横で既に財布を持っていた。
「え? いや、でも今日付き合ってもらったし……」
「ダメだよ。今日は二人で大学を見に来たんだから対等でしょ?」
そうか、対等なのだ。
「はい、これ私の分」
「……さんきゅ」
アヤノさんはランチ代八百円を俺の手に載せてくれた。まだ働いてもない俺がおごるのも変な話か。それに、厳密にいえば、ランチ代は七百九十九円なので、一円多い。
「じゃあ、一円おつりで……」
「いいよ。その代わり、今度飲み物おごってください」
アヤノさんは悪戯っぽく微笑えんだ。この笑顔がかわいいんだ。
俺に恩を着せない金額、そして、次につなげるトーク。アヤノさんもさっきの大学の教授に負けないくらいトークに長けている。
「対等」――その言葉が、俺の胸に温かく染み渡った。
自分の金目当てでも、奢られて当たり前だと思っているわけでもない。お互いを一人の人間として尊重し合える関係。リカとの間には決して存在しなかった「健全なパートナーシップ」が、ここにはあった。
レジで会計を済ませ、店を出る。 初夏の風が心地よく、アヤノさんの髪を優しく揺らしていた。
地元の駅まで戻ってくると、楽しい時間はあっという間に終わりに近づいていた。 駅の改札前、名残惜しそうに振り返るアヤノさん。
「今日は本当に楽しかった。つきあってくれてありがとう、沢渡くん」
「こちらこそ。城東大学、絶対に行こう。二人で合格しよう」
「うん! 絶対に合格しようね!」
満面の笑みを浮かべ、アヤノさんは手を振って住宅街に消えていった。
彼女の背中が見えなくなるまで見送り、俺は一人で家路についた。 胸の中は希望と恋心でいっぱいで、足取りは羽が生えたように軽かった。アヤノさんとの未来、自分の手で掴み取る理系の道。すべてが輝いて見えた。
だが――浮かれまくった俺に、容赦なく『試練』が降りかかる。
思い起こせば、俺の人生はいつでもそうだった。 浮かれてふわふわと足が地についていない時ほど、運命は容赦なく足元をすくいに来るのだ。
自宅の前に辿り着いた俺の視界に、見覚えのある影が映り込んだ。
家の門の前で、門柱に寄りかかって腕を組み、不機嫌そうに地面をコンコンと爪先で叩いている少女。
――秋月リカだった。




