第20話:巨大な大学とキラーフレーズ
城東大学のキャンパスに足を踏み入れた瞬間、俺はその圧倒的なスケールに息をのんだ。
とにかくデカい。そして綺麗だ。
ガラス張りのモダンな校舎に、広大な芝生の広場。構内にはコンビニやカフェ、さらには銀行のATMまで完備されていて、大学というよりは一つの独立した街か洗練された高級ホテルにやってきたかのようだった。
「すごいな……ここ、本当に大学かよ」
思わず、「最近の大学は……」とか言いそうになったけど、これは俺に前世の記憶があるからに違いない。俺は十七歳、俺は十七歳、と心の中で唱えて十七歳マインドを取り戻した。
「ふふ、驚いた? 私も最初にパンフレット見た時びっくりしたんです」
お嬢様風の私服に身を包んだアヤノさんが、嬉しそうに胸を張る。私服の破壊力にまだ直視が眩しい俺だったが、なんとか平静を装って彼女の隣を歩いた。
今日の目的である工学部の説明会が催される大講義室に入ると、登壇したのは機械工学科の佐伯教授という、白髪の似合う渋い男性だった。
「――今の時代、機械の人間がメカだけ分かっていれば良いという甘い考えは通用しません」
マイクを通した教授の落ち着いた声が講堂に響く。
机に固定された折り畳みのイスの机はいかにも「大学の講義室」という感じだった。一周目に経験した経済学部とは違うんだと感心したし、ワクワクもしていた。
隣の席にアヤノさんが座っているのも新鮮で、ワクワクしている要因の一つだったけど。
「メカを自在に動かす制御やソフトウエアを理解してこそ、初めて『本当に優れた機械』が生み出せるのです。当学科のカリキュラムでは、工場自動化の要となるシーケンサ制御から、C言語、C++、そして高度なメモリ安全性を誇るRustといったプログラミング言語まで徹底的に叩き込みます」
(し、しーけんさ……? らすと……?)
一周目で文系営業マンとしてしか生きてこなかった俺の脳内は、一瞬で『?』マークで埋め尽くされた。単語としては聞いたことがあっても、それが具体的に何を意味するのかさっぱり分からない。
戸惑っている俺の様子に気づいたのか、隣に座っていたアヤノさんが、身を乗り出すようにして小声で耳打ちしてくれた。
「シーケンサっていうのはね、工場のラインとかを順番通りに動かす機械の脳みそみたいなものだよ。C言語やC++はハードウェアを直接動かすための基本言語で、Rustっていうのは最近注目のメモリ管理がすごく安全な最新言語なの。これらを網羅してるなんて、城東大学のカリキュラムは本当に素晴らしいよ……!」
ヒソヒソ声なのに、瞳をキラキラと輝かせて熱弁を振るうアヤノさん。 なるほど、要するに「機械の体」だけでなく「脳と神経」まで作れる人間を育てるということか。アヤノさん通訳のおかげで、俺の脳内モヤモヤが一気に晴れていく。知識の深さもさることながら、距離が近くて甘い匂いがするのが気になって集中力が削がれそうだったが。
説明会の終盤、佐伯教授はふっと表情を緩めてスクリーンのスライドを切り替えた。
「なお、当学科は1クラス80名の2クラス編成を予定しています。現在の女子学生の割合は、1学年あたり10名程度です」
講堂のあちこちから、男子高校生たちの小さな溜息が漏れた。 だが、教授はニヤリと笑って言葉を続けた。
「……ですが、来年はもっと増えることを大いに期待しています。女性が少ないのできっとモテモテの充実した大学生ライフを送れるでしょう」
佐伯教授は大講義室内を見渡して「女性たち待ってますよ」と言わんばかりに笑顔でうんうんとしたり顔だった。
その瞬間、隣のアヤノさんがなぜかすーっと背筋を伸ばし、俺に向かって「ふふん」と言わんばかりの誇らしげなドヤ顔を向けてきた。
……なんだその顔。可愛すぎるだろ。 だが、元経済学部の俺は冷静に分析した。
なるほど、あれか。 「女子が少ない=希少価値が高くて大切にされる」という教授のキラーフレーズが、当時オープンキャンパスに来ていたアヤノさんの心を見事につかみ、受験へのモチベーションを跳ね上げたのだな、と。




