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第19話:招待状と、当社比五倍の奇跡

 朝、登校して自分の席につき、鞄をしまおうと机の中に手を突っ込んだところで、カサリと紙の感触が指に触れた。


 取り出してみると、それは一枚の白い封筒だった。 表には、几帳面で整った美しい文字で、ぽつんと一言こう書かれている。


『招待状』


「……招待状?」


 思わず首を傾げた。この几帳面すぎる字の主には心当たりがある。アヤノさんだ。 また何か珍妙な機械の構造図でも入っているのか、それとも新しいオタク談義の呼び出しだろうか。一瞬「まさかラブレター!?」という男子高校生特有の脳内お花畑が咲きかけたが、表に堂々と『招待状』なんて書くラブレターがこの世にあるはずもない。


 手紙を破かないよう慎重に開封し、中には小さなカードが入ってた。


『次の土曜日、城東大学のオープンキャンパスがあります。一緒に参りませんか』


(……社交ダンスへのお誘いかよ!)


 思わず心の中でツッコんでしまった。『シャル・ウィ・ダンス?』みたいなノリで誘ってくるんじゃないよ。 そもそもアヤノさんは城東大学の主催者側でも広報係でもないのだから、「招待」という言葉のチョイスからしてどこかズレている。だが、それが実に彼女らしくて、じわじわと面白さがこみ上げてきた。


 まだ朝のホームルーム前で、授業が始まるまでには少し時間がある。 俺は手紙をポケットにしまうと、席を立って隣の2組の教室へと向かった。


 2組の前のドアの前に立ち、ノーチャイムで無言のまま、カラカラカラ……と勢いよく開けてみる。 急にドアが開いたことで、朝の読書や談笑に花を咲かせていた2組の生徒たちが「先生が来た!?」と一瞬で静まり返った。教室中の視線が一斉にドア口へと集まる。


 俺は静寂に包まれた教室の中に、首だけをひょこっと突っ込んで中を見渡した。


 教室の奥、いつもの窓際の席にアヤノさんはいた。 相変わらず「選択的ぼっち」を貫いている彼女は、周りの静寂にもどこ吹く風といった様子で静かに文庫本を開いていたのだが、俺の顔を見ると目が合ったのを確認した。


 2組の連中は俺が何をしに来たかは分からない。俺はクラスメイトたちの痛い視線を完全に無視し、誰にも分からないようにアヤノさんに向かって無言でにこりと微笑みかけてみた。 するとアヤノさんは、周囲に気づかれないよう自分の胸の辺りでひそかに右手を出して、無言でサムズアップ(親指を立てるポーズ)を作り、「りょ」とばかりにコクリと頷いて見せたのだ。


 ……なにその謎の手信号。可愛すぎるだろ。


 俺は満足して、静まり返った2組のドアを静かに閉めて自分の教室へと戻ったのだった。


 ◇


 そして迎えた、運命の土曜日。


 ここで非常に重要なポイントを主張しておきたい。 今回の待ち合わせ場所は「城東大学の最寄り駅」ではない。俺とアヤノさんの「家の最寄り駅」である。ここ、テストに出るくらい重要なところだ。つまり、大学へ向かう移動時間からして、すでに俺たちの『デート(仮)』は始まっているということなのだから。デートかは知らんけど、俺の中では勝手にデートにしてる。


 朝、少し高鳴る鼓動を押さえながら地元の駅改札に到着した俺は、そこに立っていた人物を見て足が止まった。


 バチバチッ――と、視界の端で火花が飛んだような気がした。冗談抜きで、目がチカチカしたのだ。それくらいの猛烈な衝撃が脳腔を突き抜けた。


 改札の横で、ちょこんと佇んでいる少女がいた。 いつものボサッとした制服姿ではなく、柔らかいフリルが上品にあしらわれた、可憐なブラウスとスカートを身に纏っている。ファッションの専門的なことはさっぱり分からないが、どこかの上流階級のお嬢様がそのままお散歩にやってきたかのような、品のある清楚で可憐な装いだった。ちょっと前髪を気にしてるところが完璧だった。


 アヤノさんだ。間違いなく、あの如月アヤノさんである。



「お、おはよ……」


 呆然と立ち尽くす俺に気づいたアヤノさんが、パーッと顔を輝かせた。


「おはよ、沢渡くん!」


 小走りでこちらへ駆け寄ってくるアヤノさん。 その時の笑顔が……本当に、心から嬉しそうで。朝の澄んだ空気の中で、彼女の白い頬が少しだけぽっと赤らんでいて。


 ――あ。俺、今、完全に恋に落ちたわ。


 胸の奥で、カチャンと明確なギアが噛み合った音を聞いた気がした。つい先日、自覚したはずの好意が、目の前の破壊力によって一瞬で不可逆の「恋」へと跳ね上がってしまったのだ。


「ま、待った?」

「待った待った! 柄にもなく緊張しちゃって、30分前に来ちゃった……」

「そこは『今来たとこ』って言うとこでしょ!」

「ふふふ……。行こ♪」


 何だその「行こ♪」は。可愛すぎる。ダメージが大きすぎて胃のあたりがキュッとなる。ホームに入って横並びに並んで電車を待つ。時間通りならあと数分で来るはず。俺たちは改札から一番遠いところまで歩いて行ったので、周囲にはほとんど人がいなかった。


「ちょ、ちょっと待って! めちゃくちゃ可愛くない!? どこのお嬢様かと思ったんだけど!」

「あ、沢渡くんって、そういう恥ずかしいセリフ平気で言えちゃうんだ……」 「え!? なんで!? だって、いつもと雰囲気が全然違うから!」


 俺はあまりのギャップに耐えかねて、アヤノさんの顔を覗き込むようにして「何が違うんだ?」と必死に観察した。


「ちょっ! やめて! 恥ずかしいから見ないで!」


 アヤノさんは顔を真っ赤にして、前髪をキュッと下に引っ張るようにして顔を隠そうとした。なにこれ。仕草の一つひとつが一段と可愛い。死人が出るぞこれ。


「あ! 前髪だ!」


 俺はついに違和感の正体に気づいて声を上げた。


「わ、分かっちゃった!?切りすぎちゃったの! 変かな!?」

「いや、絶対そっちの方がいい! 似合ってる!」


 そうだ。いつものアヤノさんは、目の上あたりまで前髪がもっさりと重く垂れ下がっている「もっさり系女子(そんな分類があるのかは知らんが)」だったのだ。それが今日は、綺麗に切り揃えられて眉が見えるくらいすっきりしていて、彼女の元々の瞳の大きさと透明感がダイレクトに際立っていた。


「お姉ちゃ……じゃなくて、姉が『せっかくの外出なんだから』って強引に切ってくれて……」


 ……お姉さん、神か? ナイスアシストすぎるだろ。今度太宰府の梅が枝餅でも献上したいくらいだ。


 前髪が変わったせいなのか。 服装がいつもと違うせいなのか。 それとも、俺が彼女を明確に「好きな女の子」として意識してしまったせいなのか。


 目の前に立つアヤノさんは、普段の制服姿の――当社比五倍増し(当社調べ)で可愛く見えていたのだった。


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