第13話:目から鱗の魔法と、踏み出す一歩
放課後の図書準備室。俺とアヤノさんは、卒アルのサンプルページを目の前に並べて息を吐いた。
「よし……これで全体のレイアウト案は完成だな」
「はい! すごく見やすくて良いページになりました」
アヤノさんが嬉しそうに頷く。今度の全体ミーティングで、このサンプルを使って委員のやつらにプレゼンをする予定だ。
一回目の人生で商社の営業として長年揉まれてきた俺にとって、プレゼンなんてお手の物だった。同年代の高校生相手に遅れを取る気は一微塵もない。
ひと段落ついて俺が肩を回していると、アヤノさんが「ねぇ、これ……」と、カバンから取り出した大きな角形封筒をトンと机の上に置いた。
「見てもいいか?」
「どうぞ。沢渡くんに見せたくて持ってきたんです」
促されるまま封筒から中身を引き出すと、そこにはフルカラーで印刷された分厚く豪華なパンフレットが入っていた。私立大学ならではの、力が入った立派な冊子だ。
「大学のパンフレット……! 私立だと、こんなに詳細なんだな」
「そうなんです。沢渡くんが興味を持ちそうだなと思って。工学部と一口に言っても、学科が細かく分かれているんですよ」
ページをめくると、『機械工学科』『電気電子工学科』『情報処理学科』といった名前が目に入った。
「機械、電気、情報処理……。俺がやりたいのって、やっぱり『機械』なのかな」
俺が首をひねりながら呟くと、アヤノさんは「ふふ」と楽しそうに笑い、俺の顔を覗き込んだ。
「沢渡くん、スマホ持ってますか?」
「え? ああ、持ってるけど」
「ちょっと取り出してみてください」
言われた通り制服のポケットからスマホを取り出し、机の上に置いた。
「画面をタップしたら、パッと映りますよね? それは電気部品のタッチパネルやセンサーが働いているからです。これが『電気』の分野です」
「ふーん……なるほど」
「で、画面を指で払うと滑らかに表示が動きますよね。これはプログラミング……『ソフト屋さん』の仕事です」
「へえ、ソフトか。普段よく使ってるけど、別々の分野が関わってるんだな」
感心する俺に、アヤノさんは「じゃあ、機械はどこだと思いますか?」と問いかけてきた。
「えっ……電気とソフトでほとんど完成してないか? 機械は……なんだろう、この形を作ってることか?」
「ふふ、不満そうですね」
図星だった。画面を表示させたり動きを制御する電気やソフトに比べて、機械はただの『箱(形)』だけなのかと思うと、少し拍子抜けしたのだ。この前の太宰府天満宮で見た梅が枝餅のマシーンのように、ガチャガチャと動き回るわけでもないし……。
だが、アヤノさんは首を横に振って、熱っぽく語り始めた。
「形だけなんて、とんでもないですよ! 手に持ったときに落ちにくい幅や、ポケットに入りやすい長さ、壊れないギリギリの薄さ……そういった人間の使いやすさを考えて全体の構造を決めるのは、全部『機械』の仕事なんです」
「そうか……!」
「それに、中に詰め込む基板やバッテリーのサイズ制限がある中で、一番人気が出そうな美しいデザインと強度を両立させるんですよ? すごく難しくて奥が深いんです!」
「……そっか! 機械、めちゃくちゃ難しいし面白いな!」
アヤノさんの言葉を聞くたびに、今まで考えもしなかった視点が次々と開けていき、目からボロボロと鱗が落ちるような感覚を覚えた。スマホという身近な手のひらサイズの機械の中にまで、職人たちの技術と知恵が詰まっているのだ。
「……うん。俺が一番興味があるのは、やっぱり『機械』だ」
ハッキリと自分の言葉で口にすると、アヤノさんはパッと顔を輝かせた。
「良かった! それなら……実は近々、この大学のオープンキャンパスがあるんです。当日は学科の教授が直接話を聞いてくれて、色々と質問にも答えてくれるみたいですよ。興味ないですか?」
「ある! むしろすごく行きたい!」
「ふふ、私も行こうと思ってたので、よかったら一緒に行きませんか?」
「ぜひ! よろしく頼む!」
アヤノさんと一緒にオープンキャンパスへ行く――自分の中で、もう自然とその未来が決定事項になっていた。
放課後の夕陽が差し込む準備室で、パンフレットを挟んで笑い合う。
一回目の人生では流されるままに過ごしていた俺の中で、段々と自分の好きで進みたい道と、隣にいるアヤノさんの存在がはっきりとしてきたことに気がついたのだった。




