アデル、潜入する
図書館受付で見張りを始めて三日。
(やっぱりみんな、あの棚から借りてくな。早く続き読みたい……)
王宮を舞台にした恋愛小説の棚はすぐに空になる。
アデルはただ座っているだけ。見習いの札をかけているおかげか、誰もアデルに声をかけない。
一方で、レオの前には令嬢たちが頬を染めて行儀良く並ぶ。レオは顔も上げずに、ポンポンと貸出カードに印を押していた。
「私にも何か手伝わせてください」
「君は何のために座っている?」
「外の見張りです」
「では仕事に徹してくれ」
「……はい」
そして昼休みが終わる頃、芸術館の扉が開き、図書館の前を爽やかな水色が通り過ぎる。
「レオ様」
呼んでも、小声では接客中のレオが気づいてくれない。
アデルはそっと席を立ち、後をつけようと外へ出た。だが、女性の姿はどこにもなかった。
「あれ。消えた?」
一本道で見失うなんてあるだろうか。
「昼間からお化けか?」
「うわっ。急に後ろから脅かさないでくださいよ」
「君が勝手に外へ出るからだ」
「レオ様は忙しそうだったので」
「君から目は離していない」
「流石です。でも本当に消えたみたいですよね」
「必ずまた来る。見張りを続けるぞ」
また待つこと二日。不意に現れた女性が芸術館へと入って行った。
「どこから現れたのかしら」
「たぶんこっちだ」
レオがアデルを芸術館の裏手へと連れて行く。人気はなく、そこに古い物置小屋があるだけ。中へ入ると桶や箒が無造作に置かれていた。使われていないようだが、綺麗に掃除はされていた。
「ここだ」
しゃがまなければ通れないほどの、小さな扉がついていた。木目に誤魔化されて、よくよく見なければ扉とはわからない。
「これはどこへ繋がっているのでしょうか」
「……」
レオが黙ってしまった。多分一般人が知ってはいけない扉なんだろう。
「私はここまでですね。後はお任せします」
「ああ。君は図書館で待っていてくれ」
「あの方は何をしに芸術館に行ったのでしょうね」
「とりあえず中へ入るしかないな。部屋の見当はついている」
「レオ様や捜査官が行けば目立ちませんか?」
「女性職員を呼ぶ」
捜査局では事務員だろうが捜査に駆り出される。
「それなら、私がちらっと確認してきます。今は時間が惜しいですからね。でも、私は事務員でもないし……」
ちらっとレオの顔を見ると、レオが唸る。
「ケーキ食べ放題」
「要りません。太ります」
「他には?」
「ただで寝泊まり出来るところを。しばらく家に帰りづらいので」
「わかった」
(特別捜査官に勝った!)
アデルは思わず拳を握る。
「ちらりと見てくるだけですよ」
「危ないと思ったらすぐに戻れ。いいな」
「はい。では行って参ります」
つい警備兵を真似て、頭の横に手をかざしてみた。
芸術館に入るとどこからかピアノやヴァイオリンの音色が聞こえた。つい耳を傾けそうになるが、目的の部屋ではない。あの石にほんのわずか、絵の具が付着していたという。
途中、人にすれ違っても不審に思われなかった。掃除に来た下働きだと思われたのかもしれない。そうだとしたらちょっと悲しい。今日はあの紺色の服ではなく、自分の地味服を着ていた。
(……ここにいるかな)
レオに言われた三階の部屋。片っ端から鍵穴を覗くと、女性の背が見えた。
その時、アデルの胸がドキンと跳ねる。また少し先が見えた。
――女性が絵筆を持った男性にすがりついて泣いている。
言い争った後、女性は部屋を飛び出す。画家は苦しそうに顔を歪め、窓辺へ歩いて行った。その手には石が握られていた。
(早くレオ様に知らせなくちゃ)
鍵穴の奥では、女性がポーズをとったままだった。まだ間に合う。
外ではレオとテナ、それに捜査官たちが待ち構えていた。
「どうだった?」
アデルは部屋で見たことと、先ほど見えた未来を話した。
「必ず捕まえてください。許せません」
「もちろんだ。隠れるぞ」
しばらくすると泣き腫らした女性が出てきた。やはり足は物置小屋へ向く。
「そっちは行き止まりですよ」
「えっ」
テナが捜査官のバッチを見せる。
「王宮までお送りしましょう」
うなだれた女性は、テナに連れて行かれた。
画家の部屋には、すぐにレオたち捜査官が向かった。
そして翌日には画家は芸術館から姿を消した。王宮から追放され、芸術館に残された絵もすべて没収された。才能はあっても醜聞となるような事を王宮は望まない。
「あの女性もここを去ることになるのですか?」
「上に報告しない訳にはいかなかったからな。二人ともまだ若い。やり直すことはいくらでもできる」
女性は、昼休みになると先輩侍女に教わった隠し通路を使って図書館へ通っていた。そこで画家と出会い、モデルを頼まれた。見目の良いモデルは人気でなかなか頼めない。
いつしか二人は恋人となったが、駆け出しの画家に、貴族の娘を養えるだけのものはなかった。
画家は恋人に嫌われるため、あの手この手を使った後の最終手段が、石を落とすことだった。
(あれ。この話って……)
「君の事は話していない。知れたら利用される。だから君も話すな」
「はい。ただの嘘つきでいます」
レオは答えず、苦い顔を浮かべた。
「でもなぜ、知りもしない女性が見えたんだ? 芸術館だって案内はしていなかった」
アデルはもじもじと目を逸らした。
「なんだ? 心当たりがあるのか?」
「実はですね。今、流行の恋愛小説を読んでいまして。主人公がちょうど若い侍女なんです」
「はっ? そんなもので見られるのか?」
「さあ。でも見えちゃったんです」
レオに呆れ顔をされるが、見たくて見るわけじゃない。
「ところで、今夜から私はどこへ帰ればいいのでしょう」
王宮内にある職員寮なら嬉しい。図書館に通い放題だ。
「僕の家だ」
「いっ! いえっ!!!」
「家賃はいらない。ケーキつき。君の要望通りだろ」
「だからそういったことではなくてですね! 世間体を考えてください!」
「それは大丈夫だ。お父上も必ず許してくれる。だがそのために、ひとつ頼みたいことがあるんだが……」
「それは?」
「帰ってからのお楽しみだ」
……嫌な予感しかしない。
アデルはとんでもない人に頼み事をしたのだと思った。




