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嘘つき令嬢の未来

 グラスタから王都へ戻った翌日。レオはアシュクロフト公爵家を訪れた。


 もちろんニーナの養子縁組の件だ。


 アデルとニーナは屋敷に残るという。ロナウドが猛反対すると思っているのだろう。


 二人に「心配するな」と言って家を出てきた。


 何を言われようが、絶対にこれは譲らない。


 だが公爵家に行ってみると、レオは拍子抜けした。


 フランシスから「今さら何を」と言われてしまった。


「あの二人を見ていればわかりますよ」


 アデルがニーナを優しく見守る眼差し。ニーナもまたアデルを信頼し、心から甘えていた。


「これでアデルは、アシュクロフト公爵の孫の養母だ。それなりの身分を与えないとな」


 ロナウドも髭をいじりながら、嬉しそうだった。


「と、言いますと?」


「アデルを娘には出来ないが、紋を使うことは許そう」


 それは公爵家の一員となったも同じ。


 ヴァレルがアデルに手を出そうものなら、それなりの制裁が待ち受けている。


「ありがとうございます。アデルに代わって、お礼申し上げます」


「お礼なんていいのよ。たまに二人をここへ寄越してちょうだい」


 フランシスが微笑む。


「では早速明日にでも伺わせます」


「レオナルド、これを。良かったな」


 王からの婚姻許可が下りていた。


「ありがとうございます。これで僕らは家族になれます」


 

 レオは、すぐに王宮へ婚姻届と養子縁組の手続きを行った。


 その足で真っ直ぐに帰宅する。今日ばかりは仕事などしていられない。


「アデル。これで僕らは晴れて夫婦だ。ニーナも娘になったよ」


「夢みたいだわ」


 レオは出迎えたアデルを高く抱き上げ、口づけする。


 顔を赤くしたアデルの目から光るものが落ちた。


「今日は最高の日だ」


「本当に」


 レオが祝いに高級レストランを予約してきたと言えば、アデルが首を振る。


「レオ様、今日は駄目です」


「アデル。一体、何が見えたんだ?」


 まだ何か問題でも起こるのだろうか。


「今日はその……」


「何だって乗り越えてやる。遠慮なく言って欲しい」


「ではお耳を……あのですね」


 アデルの息がかかる度、レオの耳も顔も真っ赤に染まっていく。


「レオ様、聞いてましたか? 普段どおり、さりげなく食堂へお越しくださいね」


「わかった」


 アデルがミランダを連れて、足早に去って行く。


「……あれは駄目だろう」


 レオは手で口元を隠す。そして熱くなった顔を冷やし、食堂の扉を開けた。


「ニーナ、ただいま。うわっ」


 レオの頭上から、紙吹雪が舞い落ちた。


「お父様、お誕生日おめでとうございます!」


「レオ様、おめでとうございます!」


すっかり忘れていた。まさか家族の記念日と重なるとは。忘れられない日になった。


「そしてお父様、お母様。ご結婚おめでとうございます」


「ニーナもよ。これからもずっと一緒よ」


「二人ともありがとう」


 レオの目が潤む。


 ニーナが初めて父と呼んでくれた。これほどのプレゼントはない。


 ニーナはレオが出掛けると、急いで食堂に飾り付けをし、アデルは厨房にレオの好物を用意させた。


「ところで、レオ様はいくつになられたんですか? ケーキの蝋燭は何本たてましょう」


 アデルが可愛らしく小首を傾げる。なぜだか誰も教えてくれなかった。


「二十七だ。君とはその、少し離れているね」


 隠していたわけではない。自分はまだ若いつもりでも、アデルは十九だ。途端に心配になった。


「レオ様はいくつでも素敵です。私も頑張って、レオ様に相応しい大人の女性になってみせます」


「僕は飾らない君が好きだよ」


「かっ……からかわないでください」


「ひとつ、君にお願いをしてもいいだろうか」


「何でしょうか。もういくつかプレゼントはご用意しているのですが……」


「そうよ。お母様はグラスタでもずっとお父様のハンカチに……。あっ、ごめんなさい」


「いいのよ。新しいハンカチやシャツに刺繍をいれさせていただきました」


「ありがとう。それで……。アデルには僕を一度でいい。()()()って呼んでみて欲しい」


 ユリアが夫にそう呼んでいるのを聞いて、少し羨ましかった。


「レオ様! それを今、ここでですか!?」


 ニーナも使用人たちも見ている。それもみな口元が緩んでいる。


「ここでだ。ニーナはお父様と呼んでくれた。あなたが駄目なら、レオでいい」


「いいでしょう。お呼びします。そこに座っていただけますか」


 アデルはなぜかレオを睨み付ける。まるで決闘を挑むかのように、つかつかとレオの前に立った。


「奥様、ではどうぞ」


 レオは満面の笑顔で新妻の一言を待った。


「では……」


 アデルは少し屈んで、レオの耳元で囁いた。


「レオ、愛してます」


 ◇◇◇


 婚姻届を提出してから一ヶ月後。


 レオはアデルとニーナを連れ、クロスフォード家の領地へ向かうことにした。これからはアデルにも領地のことを知ってほしかった。


「汽車は初めてなの。すごく早いのね」


「ニーナ。トンネルに入る前に窓を閉めますよ。黒い煙がもくもくと入ってくるの」


「面白そうだけれど、みんなが煤だらけになってしまうわね」


「そうだぞ。ミルキーまで真っ黒になったら可哀相だからな」


 個室には二匹の犬も籠に入れて連れて来ていた。


「ショコラだって煤だらけは嫌よね。……どうしたの?」


 ショコラが急に低く唸りだした。ニーナが餌をちらつかせても、ショコラは扉を向いたまま動かない。


「アデル、ニーナを頼む。外にミランダたちがいるから心配ない」


 そう言ってレオが立ち上がり、個室の扉を開けると、意外な人物が立っていた。


「おや。君たちに挨拶をしたくてね。そこの怖い護衛に通すよう頼んでいたところだったよ」


「ヴァレル伯爵もご旅行ですか。同じ汽車とは奇遇だ」


「私は事故に遭いたくないからね。君たちと同じなら安全だろうと、わざわざ時間をずらしたんだ」


 ヴァレルの目は、奥に座るアデルを見ていた。


「アデル。君にまだ礼を言っていなかった。妻が世話になったそうだね。王宮に出入り禁止になるところだった。これからも頼むよ」


 ヴァレルを睨み付けていたアデルの胸が、ドキンと跳ねた。


「礼なら王妃様に仰ってください。それに私はあなたにも奥様にも興味などありませんよ」


 だがヴァレルはそれを聞いて口端をあげる。


「君は私を嫌っているだろう?」


「……当然です」


「それでいい」


「え?」


 アデルは戸惑いを隠せなかった。


「いっそ憎んでくれていい。憎めば憎むほど、君は私のことを考え続けるだろう」


「ヴァレル伯爵、妻は人を憎むなどしない!」


「それでもいい。だが私のことは決して忘れないようにな」


 そして汽車が駅へ着くと、ヴァレルは帽子をとり、お辞儀した。


「では、良い旅を」


 そのまま片手を振りながら降りて行った。


 そして汽車は走り出す。


「あれはどういう意味だ。まだ何か企んでいるのか……」


 捜査局はヴァレルに貴族からの証言と実行犯を突きつけた。ヴァレルはすべてを否定したが、財務省をあっさりと辞めてしまった。もう表舞台に興味がなくなったと思っていたのに。


 少し考え事をしていたアデルが、進行方向を指差した。


「レオ様。この先で急ブレーキがかかった時に、火花が散って、大きく揺れます」


「脱線か?」


 小さく頷くアデル。


「線路に何か置かれているか……飛び出してくるのかしら」


 ニーナが呟く。アデルが未来視を明かして以来、ニーナは推理小説に夢中になっていた。


「まったく。うちの女性捜査官たちは頼もしいな。ショコラ、行くぞ」


「ワンワン!」


「レオ様、お気を付けて」


 アデルは夫の頼もしい背中を見送る。


 ずっと自分を信じてくれた人。


 きっと大丈夫。これで未来が変わる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。本編はここで完結いたします。

「嘘つき令嬢」いかがだったでしょうか。最後にリアクションなどいただけると嬉しいです。


明日はアデルとレオの結婚式直前の番外編を掲載いたします。

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