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番外編 夕焼け空

 結婚式まであと一週間。


 アデルはずっとそわそわとしていた。


「どうしましょう。レオ様にこれ以上嘘はつけないわ」


「このまま嘘を突き通してください」


 マートルに容赦はない。


「いいですか。どうせ花婿は花嫁の顔しか見てませんから、気づきませんよ」


「それもショックだわ」


 その日のために全身磨き上げているのだ。


「大丈夫ですよ。夜になれば、レオナルド様もきっと……」


「マートル! お願い。レオ様に悪魔の酒を勧めないでよ!」


 あれを飲むとどうもレオは途端に妖しい雰囲気になる。こっちまで悪魔に魅入られた、哀れな子羊にでもなった気分にされてしまう。


 あれから量を決めて飲んでいるはずなのに、どうしてかと腑に落ちない。


「でも。レオ様が知ったら、それこそショックよね」


 フランシスから借りる事になっているティアラ。それを知らずにレオが内緒で作ろうとしていたのが、宝石商からの問い合わせでアデルにばれてしまった。


 レオもつい式に着けて欲しいと漏らしてしまったが、もう届くことはない。だがアデルは「楽しみです」と嘘をついてしまった。


「どれだけ甘やかしてくれるのかしら。怖いわ」


「それはいいんですよ。でも勝手にキャンセルしたのはいただけませんね」


 代わりにレオのネクタイピンを二つも注文したが、宝石商はものすごく落胆して帰っていった。


「桁が違いますからね。でも慎ましい奥様で使用人も安心しています」


 贅沢三昧に宝石やら何やら買い込んで破産した貴族もいる。そうなると賃金ももらえずに使用人達は路頭に迷うことになる。


「今日は式前の最後のデートですよ。早く捜査局までお迎えに行ってあげてください」


 なかなか二人だけで出かける機会はない。


 仕事を切り上げられないレオのために、アデルが迎えに行くことになっていた。アデルが顔を出せば否応なしにテナが執務室から引っ張り出してくれる。


 道が空いていて、思ったよりも早く王宮へと着いた。


「まだ時間前ね。先に図書館に寄って行くわ」


「わかりました。私は芸術院に行きます」


 ミランダはたまに芸術院でモデルをしていた。男装の麗人姿でも、艶やかなドレス姿でも大人気だった。


 ◇◇◇


「遅いな……」


 アデルの迎えを心待ちにしていたレオが窓から外を覗くと、ショコラが昼寝しているのが見えた。


「まだ来てないのか」


 せっかくのデートだというのに、王妃からアデルを連れて来るように伝言が来ていた。


「遅刻はまづいな」


 王妃の分刻みの予定を狂わすわけにはいかない。


 もしや……。アデルならあり得る。


 レオは図書館まで走った。


(やっぱりここにいた)


 だがレオはアデルに声をかけられなかった。


 図書館の子ども向けコーナー。大勢の子どもたちを前にアデルが絵本を読んで聞かせていた。


 月に一度の催し。アデルはたまに読み手として参加していた。


 昼下がりの図書館。優しい声が耳に届く。


 椅子に腰掛けるとレオはつい目を閉じ、そのまま眠ってしまった。


「うん……」


「レオ様、お目覚めですか」


 気づけば隣にアデルが座って本を読んでいた。レオは手元の時計を見て飛び起きた。


「大変だ! 遅刻どころじゃない!」


「どうされたのですか? レストランの予約まで時間はありますよ?」


「実は……」


「まぁどうしましょう。すっぽかすなどしたら……」


 いくら要職にあるレオでも咎められる。


「とりあえず謝罪に行こう」


「はい!」


 王妃の住む一角。アデルの胸には通行許可証となるブローチが輝く。衛兵は頭を垂れて二人を通した。


「本当にアデルはすごいな。捜査官の僕でさえここを通るには面倒な手続きがいる」


「フランシス様のおかげです」


「それでもだよ」


 廊下を歩きながら、つい婚約者のこめかみにキスしてしまう。


「レオ様!」


「ごめん。朝出かける時にキスしただけだから。ついね」


 もう半日以上キスしていないとレオが口を尖らせる。


 いつもは冷静な大人のレオに駄々っ子のようなことをされると、つい許してしまいたくなる。


「お仕事中は私の事は忘れてくださいね」


「それは無理だな。君からの案件を片付けていたんだから」


「今日も未来を変えてくれたんですね。ありがとうございます」


 アデルが笑顔をみせれば、今度は指で頬をつんとされる。


「こちらでお待ちください」


 いちゃつく二人を見ない振りをしていたメイドが、部屋の扉を開けた。


「ここは?」


 王妃の衣装部屋だった。ドレスはもちろん、帽子から靴、バック。それに宝飾品の箱が整然と並んでいた。


「すごい……」


 アデルは入り口から動けないでいた。国宝だって置かれているかもしれない。足を踏み入れるのもためらわれる。


「なぜ王妃様はここに僕らを呼んだのだろう」


 レオも首をかしげる。


 そこへ侍女を引き連れた王妃が現れた。


「アデル、時間をずらして来てくれたのね。ずっと待たせてしまうところだったわ」


 朝から予定が狂いっぱなしで、やっと時間がとれたという。


「王妃様、貴重なお時間をいただけて光栄にございます。それでご用とは何でしょうか」


 アデルは何も見ていない。これはたぶん自分に関することだ。


「この中からひとつ選んでちょうだい」


 侍女達が手際よく机の上に宝飾品の箱を並べた。どれもまばゆいばかりに光を放つ。


「嘘でしょう……」


 目の前の光景にアデルは目を疑う。


「日頃の忠信に応えたいの。それにフランシスがティアラを用意すると聞いたら、私だって何かしたいわ。大丈夫、ここに並べたのは国費で購入したものではなく、実家から持ってきたものよ」


「王妃様、それは何故ですか? 我が家でも十分揃えておりますが」


 レオの困惑も無理はない。王妃から宝飾品を下賜されるほどの事をアデルは見たのだろうか。最近フランシスと一緒にたびたび王妃を訪ねているが、何を話したかまでは聞いていない。


 アデルをちらりと見るが、アデルにも覚えがないようだ。


「レオナルド、余計な詮索はしないでちょうだい。それに宝飾店に断りをいれたのも知っているのよ。こうでもしなければ、この子は受け取らないわよ」


 アデルの隣でレオが一瞬身じろいだ。王妃の一言でばれてしまった。


 もうデザインも古くてと王妃は言うが、それでも貴重なものだ。男爵家の娘が理由もなく、もらっていいわけがない。


「王妃様、大変有り難いのですが、私には畏れおおくて着けられません」


 使わないでずっとしまっておくのも気が引ける。それにフランシスからは借りるだけだ。


「本当だわ。王妃からの申し出まで断るのね。私が選んであげる」


 結局、大粒ダイヤのネックレスと耳飾りをセットで持たされた。


「なぜこんなことに……」


 高貴な方々の考えなどわからないアデルだった。



 王宮を出た頃にはもう日が沈みかけていた。二人で庭園をそぞろ歩く。


「アデル。ティアラのことだが……」


「黙っていてすみません。じつは以前からフランシス様にお借りすることが決まっていて」


「そんな顔しないでくれ。アデルに相談なく僕が勝手にしたことだ」


「ものすごく嬉しかったですよ。でもまだそういうのには慣れなくて」


 生まれてからずっと質素倹約、地味に生きてきた。自分にはそれが当たり前すぎて贅沢ができない。


「でも記念に何か贈りたかった……」


 アデルの胸がキュンとなる。


「ではひとつおねだりしていいですか?」


「いいとも! 早速買いに行こう! どこの店だ」


 だがアデルがレオを連れて行ったのは図書館だった。


「ここか……」


「はい。本を一冊買い取って欲しいです」


「どれだ?」


 どれほど貴重な本だろうが構わない。禁書だって手に入れてみせるとレオは拳を握った。


 だがアデルが嬉しそうに書架から選んだのは、分厚い『宝石図鑑』


 原石と、磨き上げられたあとの宝石の絵が美しい。丁寧な解説つき。


「これで世界中の宝石を手に入れましたよ。石言葉や効果など、何度読んでも飽きないのです」


「君らしいな」


 レオが苦笑する。そしてまた、こめかみにキスをする。


 二人で図書館裏の物置小屋の前に座った。いつも自然に足が向いてしまう。


 夕焼けを眺めながら、アデルがぽつりとこぼす。


「私、もう十分にレオ様からいただいていますよ」


「何をだ? 僕はまだ足りないと思っている」


「私は同じくらいお返しできるかしら」


 ……これ以上愛されたら。


「レオ様。こちらを向いてくださいますか?」


「なんだ?」


 アデルはそっと目を閉じた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。ななこ

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― 新着の感想 ―
完結まで、とても楽しく読ませていただきました。 最初は、「未来が見えるのに、それを防ぐと嘘つきになってしまう」という設定に惹かれて読み始めたのですが、最後まで読むと、この物語はずっと「信じてもらえる…
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