グラスタの夜
グラスタの高級宿。支配人が眉をひそめる。
外が騒がしいと思ったら、ずかずかと泥のついた靴で男たちが入ってきた。
「お客様、泥は外で落としていただけないと。係の者がおりますので……」
「うるさい。俺たちは客だ。その係に掃除させればいいだろう」
予約したのは王都の貴族のはずなのに、来たのは荒くれ者だった。前払いもしてあるのですぐには追い出せない。
「お食事はお部屋まで運びましょう」
「俺たちを狭い部屋に押し込む気か。食堂にしろ」
「……かしこまりました」
食堂の一角に衝立をおいて他の客から遠ざけたが、酒を出せ、つまみを持って来いと好き勝手に振る舞う。支配人が注意するとますます騒ぎ立てた。
家族連れや観光客は皆早々に食べ終えて席を立ち、残ったのは男性客ばかりだった。
「色気ねえな」
リンデに声をかけた男が、衝立を蹴飛ばし、女を連れて来いと言い出した。
「当宿に酌婦はいません。どこか余所へ……」
「うるさい! メイドでも掃除婦でもいいからさっさと連れて来い!」
「お客様!」
支配人は「すぐに出て行け」と怒鳴りそうになるが、すぐに言葉を飲み込んだ。予約した貴族に告げ口されては困る。
コツン コツン
食堂にヒールの音が響いた。
「ふふ。ずいぶんと楽しそうね。ご一緒していいかしら」
身体にぴったりと沿うドレスを身に纏った美女が現れた。
「もちろんだ。お前の名は?」
「ミランダよ。あなたたち、ずいぶんと羽振りがいいわね。ぜんぶ高級なお酒ばかりじゃない」
「ああ。俺たちの雇い主は大金持ちの貴族様だからな」
「まあ。貴族様にお仕えしてるのね。私もそんなパトロンが欲しいわ」
「紹介くらいならしてやってもいいぞ」
「ありがとう。あらずいぶんと靴が汚れている。泥遊びでもしてきたのかしら」
「山に行って、ちょいとな」
「ねえ。いつまでここにいるの?」
「明日仕事が終われば帰る。それまでは楽しもうぜ」
こんな美女、色仕掛けに使うにはうってつけだ。紹介した自分もおこぼれがもらえるかもしれない。
「嬉しいわ。今の主は、どが付くほど真面目で、つまらない男なのよ」
ミランダが食堂の隅に座る金髪の男をちらりと見る。新聞を広げた――レオだった。
夜明け前、男たちはこそこそと出掛けて行った。その後ろを捜査官たちが追う。
「昨日下見した場所に火を付ける気だろう」
そして男たちが現場に着き、火薬を取り出したところで全員逮捕された。
泊まった部屋を調べると、大量の火薬が残っていた。ここでアルコールなど飲めるはずがない。
グラスタの協力者、宿のオーナーから、ヴァレルの息のかかった貴族の予約はすぐに捜査局に通報されていた。
「こんなに早く捕まえられたのは、皆のおかげだ。ミランダも大活躍だったな」
囮作戦は苦渋の選択だったが、リンデの無事な未来はアデルに見えていた。
「コーネリアにまで被害が出たら困るもの」
父と話したあと、アデルはなぜか妹が気になっていた。ようやく見えた未来が、皆を救ったのだ。
母がいなくなって寂しくてたまらなかったのだろう。それを思うと、嘘つきと呼ばれたことさえ気にならなくなった。
宿の一室に三姉妹がテーブルを囲んで座っていた。グラスタの銘菓や宿の料理が並ぶ。
「お父様が保安局に捕まったときは本当に驚いたわ。だって悪巧みするほど器用じゃないもの」
「リンデ。口を慎みなさい。あれほど連れて行くなって泣いていたじゃない」
素直じゃないとユリアは呆れる。
「だってお父様までいなくなったら、私は誰を頼りにすればいいのよ」
「リンデ。私たちがいるじゃない」
アデルはケーキと睨めっこしながら、一番小さなケーキを選んだ。
「アデルお姉様は伯爵夫人になるんでしょ? もう私たちに見向きはしなくなるわ」
「どうしてそう思うの?」
「だって、ミラー男爵家が潰れたら私も平民。屋敷にも住めなくなって、こんな田舎に追いやられたのよ」
これからは義兄の工場で働いて、家の片隅において貰うほかないとリンデが嘆く。
「田舎で悪かったわね。でもクロスフォード様やアデルのおかげで顧客が増えたからお給金が弾めるわ。それにすぐ近くの空き家の改装が終われば、お父様が住むことになってるの。これも全部クロスフォード様のおかげよ」
「ミラー家は人に貸すの。賃料が入るから生活の心配はなくなるはずよ」
リンデには内緒だが、捜査局からもハンスに協力者としてそれ相応の謝礼金が入る。
「そうなの? あのちょっと洒落た家に住めるのなら悪くないわ」
でも嫁に行くまでは、しっかりと働いて貰うとユリアが釘を刺す。
「家が整い次第、バジルとエルダーも来るそうよ。でもディルは伯爵家に残るの」
ディルの希望もあり、クロスフォード家で従者見習いを続ける。
「レオ様はミラー家のことをきちんと考えてくださってるわ。ただ……」
「ただ、何?」
ユリアとリンデがアデルを見つめる。
「三姉妹、仲良くしなさいって。式にも呼ぶわ。必ず来て欲しいの」
「もちろんよ。可愛い妹の結婚式だもの。お母様のネックレスを着けて参列するわ」
「私だって行くわよ。あの髪飾りを着けてね。クロスフォード様のご友人か部下の方に見初められて、玉の輿があるかもよ」
はははと笑い声が外まで響いた。
◇◇◇
グラスタ最後の夜。レオとアデル、ニーナは高級ホテルのスイートルームに泊まった。
「お祖母様に、私の織った敷物をプレゼントするの」
「すごいな。次は我が家の分も頼むとしよう」
端を数段織っただけだが、ニーナにとって手作りと同じくらいの価値がある。
「ニーナが甥っ子たちの面倒を見てくれたんですよ。姉もすごく助かったと言っていました」
アデルが目を細め、ニーナを抱き寄せる。
「ジョアンはまだお話が出来ないけど、ミシェルはお姉ちゃんって呼んでくれたのよ。可愛いかったな」
レオも思わず口がほころぶ。
レオがユリア夫妻に挨拶へ寄った時、姉妹三人は久々に揃ったと思えないほど軽口をたたき合っていた。その後ろで子を両腕に抱いたユリアの夫が「いつもこうです」と眉を下げていた。いずれ自分も輪に入る。
「家族か……」
食事のあとのゆっくりした時間。レオが切り出した。
「ニーナ。聞いて欲しい事がある。これは僕とアデルからなんだが、僕たちの娘にならないか」
「叔父様、それはこの先も私は一緒にいていいの?」
ニーナの目は真剣だった。
大好きな叔父と、二人の時には母と呼ぶアデルの子に……。
「そうだ。ニーナを僕らの本当の娘にしたい。だが無理にとは言わない」
亡くなった両親をどれほど恋しがっているかは知っている。代わりにはなれないが、新しい家族になろうとレオはニーナに話した。
「このままでも、変わらないでずっとそばにいるわ。でもあなたを娘にできるなら、どんなに嬉しいことか」
「本当の娘……」
ニーナは二人の顔を交互に見る。
もし二人に子が生まれたら、もちろん可愛がるつもりだ。でも今のように愛してはもらえない。そう思っていた。
「私もずっと、お二人の子になりたかった」
「ニーナ、愛してる。ずっと愛してるわ」
アデルの瞳から涙がこぼれ落ち、ニーナをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、ニーナ」
レオも二人を腕の中に抱いた。




