捜査局は動き出す
ハンスの呼びかけに応じた貴族たちが、密かに捜査局へ情報を寄せ始めた。
本人には決して捜査局へ来るなと伝えていた。代わりに手紙を送ったり、代理人を差し向けたりしてもらった。
「これだけ集まれば……」
レオとダリオは、一枚ずつ調査票を埋めていった。
ヴァレルから支援を受けたばかりに、物を買うにはヴァレルの息のかかった商会からしか買えない。売るにも安価で買い叩かれる。そして領地が切り取られていく。
「弱味につけ込んで、酷いな」
「全部、南だ。農作物も安定して穫れている地域なのに……」
レオが地図を見ながら唸る。
支援が必要だった理由のほとんどが山火事。自然災害のように見えるが、はたしてそうだろうか。
国からの支援もあるが、調査に時間がかかり、当面をしのぐものをヴァレルが用立てていた。
「火事……」
ミラー家の近所で起きた火事は使用人の火の不始末という事になっているが、調べたらヴァレルにつく貴族の家だった。
「ダリオ。カインを引っ張って来られないだろうか」
あの火事を予想した張り紙。カインが書いたものだとわかっているのに、証拠がないとして捕らえることが出来なかった。
「無理だろう。またヴァレルの代理人がカインを返すまで居座るぞ」
「そうだな……」
だがまだ手はある。カインから上手く話を引き出すためには……。
「あいつは今、保安局の書記だったな。なら自分で書いて貰おうか」
本当は自慢したくて、うずうずしているはずだ。
◇◇◇
ダリオが保安局の飲み仲間に「世間を騒がせた犯人」を引き渡しにやって来た。
「うちに出頭してきたが、そっちで処分してくれ」
「火事の時のか。まったく、大騒動を起こしやがって」
あの野次馬たちを家に帰すのに、保安局員は総出で一晩中働かされた。
「しっかり事情聴取してくれ。頼むぞ」
そして「犯人」は取調室へ連れて行かれた。
取調室では相変わらずカインが、好き勝手に調書を書き始めた。隣に座る保安員は平民。子爵に横から口出しなど出来るはずがない。見ない振りを決め込んだ。
だがカインのペンがなかなか先に進まない。
火事の予告状を指でとんとんと叩く。終いには体まで揺すり始めた。
「これを貴様が書いたと言い張るのだな」
「そうでさ。俺はただ目立ちたい。これだけの騒ぎを起こせば注目の的だ」
予告状に自分の名を載せて、世間に公表しろと騒ぎ立てる。
「火事は本当に起きた。貴様の書いた通りに起きたと言うのか?」
「たまたま当たって良かったよ」
「嘘だ! たまたまではない!」
カインはつい怒鳴ってしまった。
目の前にいる浮浪者の男に、字など書けるはずもなければ、大量の紙だって用意出来るはずがない。
何より腹正しいのは、自分の書いたものが横取りされる。こんな屈辱はない。
「これは貴様の書いたものではない。いいか、このような流麗な文は私にしか書けやしない。特にこの箇所などは入念に打ち合わせをして書いたんだ」
カインは事細かに一文ずつ解説まで始めた。
「そこまでだ」
突然、犯人が立ち上がり、捜査官のバッジをカインに見せた。
同時に扉が開き、ダリオとダリオの飲み仲間、保安局長が入ってきた。
「これからが取り調べの本番だ。カイン、覚悟しろ」
カインが青ざめてももう遅い。ヴァレルに助けを求める間もなく、扉は閉められた。
「ご自身で書かれますか? 創作はなしですよ」
「お前の好きに書け!」
カインは隣に座っていた保安員にノートを投げつけた。
◇◇◇
「ダリオ、ご苦労だった。これでヴァレルが糸を引いていたことは証明できる」
「あとは、実際に放火した犯人だな」
「複数いるのだと思う。一人で山火事や崖崩れは起こせない。次に何処が狙われているのか……」
相手は用意周到。目撃者を探すのは難しいだろう。だとしたら現行犯でなければ捕まえられない。
「レオ。焦るな。ここまで来たんだ」
「そうだな。引き続きヴァレルの屋敷を見張ろう」
連日の深夜帰りでも、アデルは寝ずにレオの帰りを待っていた。
せめてお茶の一杯でも淹れてあげたい。
「アデル、ただいま」
「レオ様、お帰りなさいませ」
レオはアデルを抱きしめ、額にキスをする。もうこれで疲れは吹飛ぶ。
「ニーナは?」
「今日はフランシス様とお芝居を観に。もう馬車は平気ですね」
「そうか。時間が出来たら三人で旅行もしたいな」
「姉から遊びに来るよう手紙がきていたんです。もしよろしければニーナも一緒に連れて行きたいのですが」
「グラスタか。ちょうど僕も用事があったんだ」
普段遠出などしたがらないアデル。止めても行く気だろう。
「必ず捜査局が守る」
「よろしくお願いいたします」
◇◇◇
グラスタに着くとレオは別行動。
アデルとニーナは街中にある大きな織物工場へやって来た。
「ニーナ、紹介するわね。私の姉、ユリアよ」
「こんにちは。ニーナ・クロスフォードです。お邪魔でなければあとで工場を見学させてください」
「ニーナ様、初めまして。こんな可愛いお客様が来るなら、もう少し片付けておくんだったわ」
貴族の視察に間違われたが、ユリアがアデルを妹だと紹介すると皆納得。ユリアが元は貴族の娘というのは知れていた。
そこへリンデが顔を出した。
「何よ。少し綺麗なドレスを着てるくらいで、威張らないでちょうだい」
「リンデ。誰も威張っていません。それより先に挨拶は出来ないの?」
「ようこそいらっしゃいました。ニーナ様。それとアデル様」
「リンデ!」
ユリアが腰に手を当て、リンデを叱りつける。最近のリンデはどこかイライラしていて、ユリアも困り果てていた。
「まあまあ。ユリア様も怒りを鎮めて。ニーナ様が驚いていますよ」
今日も麗しい男装のミランダが間に入る。こんな時は第三者が止めるに限る。
「えっと。あなた様は? どうしましょ。恥ずかしいところをお見せしてしまったわ」
リンデが急にしおらしくなった。
「リンデ、紹介するわ。護衛のミランさん。良かったら街を案内してあげて」
「はい、喜んで。ニーナ様とアデルお姉様は中で休んでいてくださいな」
「リンデ、気をつけてね。何かあったら大声を出しなさい」
「ミラン様がいれば大丈夫よ」
リンデはアデルの忠告も聞かず、ミランと共に出掛けて行った。
「ミラン様はどこか見たい場所はありますか」
「そうだな。輸入雑貨店など覗いてみたいな」
「いくつかご案内できますわ。こちらへどうぞ」
「次は装飾品の店に」
「はい」
(もしかして私に?)
リンデはすっかりミランダを男性だと思い込んでいた。
だが、どの店に入ったもミランは手に取るだけで何も買わない。それでもリンデの機嫌は良かった。見た目には自分が格好いい護衛を連れて歩いているように見える。それだけで満足。
「リンデ様、どこかで一休みしましょう。歩き疲れただろう」
「では人気のカフェに行きませんか?」
「それはいい。そこにしましょう」
店は混雑していて、テラス席に案内された。
「リンデ様、少し野暮用があります。すぐ戻りますので、ここでお待ちください」
ミランが片目をつぶれば、リンデは勝手に何か自分用にプレゼントでも買いに行くのかと頬を染めて頷く。
アデルとニーナには早く帰って欲しいが、ミランにはもう少し滞在して欲しい。
(まだかな……)
ミランを待ちわびながらリンデは運ばれてきたお茶を飲んでいた。
「お嬢ちゃん、一人かい?」
「一人ではありません。すぐに護衛が戻ります」
「本当かどうか怪しいな」
見知らぬ男が前に座り、勝手にリンデのカップを奪って飲み始めた。
「……失礼するわ」
立ち上がり逃げようとしたが遅かった。いつの間にか数人の男たちに囲まれていた。
「ごめんなさい。通してくださるかしら」
「待てよ。嬢ちゃんはヴァレル様のお屋敷にいただろう。あの火事の時だ」
「なぜそれを知っているの?」
「俺たちもお屋敷にいたからだよ」
リンデは何を言われているのかさっぱりわからない。屋敷にいたから何だと言うのだろう。
「妹なら何か見えるのか? 俺たちの未来も見てくれよ」
男は儲け話なら大歓迎だとにたにた笑う。
「知らない! 人を呼ぶわよ。ここを通しなさい!」
「連れて行け」
冷たい声がリンデの足を止めてしまった。震えて体が動かない。
「リンデ様、伏せて!」
「えっ?」
ミランが何かのスプレーをシューと男達に浴びせた。
「目が……痛っ……」
騒ぎに人だかりが出来ると男たちは悪態をつきながら去って行った。
「ミラン様。怖かった。助けに来てくれてありがとう」
「一人にしてすみませんでした。護身用にこれを持つといい」
思っていた物とはだいぶ違ったがリンデは喜んで受け取った。
ミランはまだ震えるリンデを馬車に乗せ、捜査局の協力者の元に連れて行った。
「身の安全が第一です。今夜はここにお泊まりください」
「ミラン、悪いけどお姉様たちに知らせて来てね」
「かしこまりました」
リンデは客室へと連れて行かれた。見届けたミランダがふっと息を吐いてカツラを脱いだ。
「私は次の準備をしてきます。後は頼みますね」
「大丈夫。逃がしはしないさ」
隠れていたレオの一声で、捜査官たちが一斉に飛び出して行った。




