王妃のお茶会
屋敷に戻ったレオは、アデルに父のことを隠さずに話して聞かせた。
「罪もないのに、捕らえるだなんて」
「しばらく拘留されるが、刑までは処せられないだろう」
だから安心しろとは言えないが、酷い扱いは受けていないと伝えると、アデルが胸をなで下ろす。
「牢屋ではないのね。お父様は寒がりなんです」
幼い頃、父は冬になると娘たちを代わる代わる膝に乗せて、嬉しそうにしていたのを思い出す。
いつの間に父と話さなくなったのだろう。顔を見れば、嘘をつくなと叱られてばかりだった。
「父上なりに、君を心配していたのだと思うよ」
「そうでしょうか。リンデには甘いのに」
我が儘を言っても、嘘泣きをしても、妹は許される。なんだか理不尽に思えてきた。自分に子ができたら絶対に贔屓なんてしない。
「もうひとつ。ヴァレルから離れた父上に皆が関心を寄せている。ヴァレルはそれが面白くないんだろうな」
ほんの少しの揺さぶりにヴァレルが行動を起こした。案外足元は脆いのかもしれない。
「でも問題が山積みだな」
レオがため息をつく。
二人の婚姻を国王に認めてもらえないのは、花嫁の父が罪人扱いになったからだ。
爵位を返す予定がこのままでは剥奪されてしまう。そのような家の娘を伯爵家に迎えるなど、誰だって許すはずがない。
「何があろうと僕は君を離す気はない。僕の妻は君だけだ」
「レオ様……。でも、きっと大丈夫です」
「僕たちの未来が見えたのか?」
レオが思わず身を乗り出し、アデルの目をじっと見つめた。
「ニーナ様の未来が。教会で笑っていました」
「そうか。それを聞いて安心したよ」
「結婚式かどうかまでは見えませんでしたが」
ニーナの隣できっとレオも笑っているはずだ。ならば自分も。
「アデル。もうニーナを様付けで呼ぶのはやめにしないか?」
「まだ私は家族ではありませんから」
「その事について話がある」
「私もです」
多分二人は同じ事を考えている。あとは本人次第だ。
見つめあっているうちに、ついレオの手がアデルの頬に触れる。一日中駆けずり回り、アデルの温もりが欲しかった。
「アデル……」
「レオ様……」
二人の距離が近づいたその時、レオから引き剥がされるようにアデルは後ろへと引っ張られた。
「うわっ!」
後ろにミランダが怖い顔をして立っていた。
「そこまでです。アデル様、お話が終わったようなので、お部屋に戻りますよ」
「もっ、戻ります!」
アデルはまっ赤に染まった頬の熱を冷ますように、パタパタと手で扇ぐ。
「ミランダ。黙っているか、席を外してくれないか?」
「駄目ですよ。アデル様を独り占めしたいなら、さっさと王宮へ行って、その許可とかをいただいてきたらいいじゃないですか」
平民にはわからない貴族のしきたり。好き合う者同士が結婚するのに、いちいち上にお伺いを立てなければならないとは、平民のほうがよほど自由だ。
「わかったよ。アデル。明日王宮へ行ってくる。吉報を待っていてくれ」
「はい。ではお休みなさいませ」
二人が出て行くと、レオは棚の奥に隠していた悪魔の酒を取りだしたが、すぐに戻した。
「これを飲むのは、すべてが片付いてからだな……」
◇◇◇
国王に面会を求めるには煩わしい手続きがあり、その日のうちに会えることなどまづない。
ロナウドを介して、国王の私的な時間を十分だけ貰うことが出来た。
「クロスフォード、元気にしていたか」
「はい。陛下もお変わりないご様子。臣下として嬉しく思います」
挨拶に時間を使うわけにいかないが、長年染みついたそれを簡単には省けるものではない。
「兄上、時間がない。レオナルドも早く本題に入れ」
「そうであったな。遠慮なく申してみよ」
レオはアデルとの婚姻許可が欲しいと頭を下げた。
「いくらでも許可しよう。その娘が伯爵家に相応しい者ならばな」
(やはり駄目か……)
「レオナルド。陛下に話してみてはどうか」
ここには国王、ロナウド、レオしかいない。
レオにはまだ迷いがあったが、ロナウドがアデルの未来視を明かせというなら、今しかない。
面会時間は二時間にも及んだ。
(我が国は安泰だな……)
レオは捜査局の執務室で、国王とロナウドの会話を思い返していた。
国王も未来視に興味は持った。だが、最後には自分の先など見たくないと言う。確かであったとしても、そんなものに惑わされたくない。それは自分もだとロナウドも笑っていた。
「事件を未然に防ぐ事が出来るなら、多いに役立てろ」
それだけだった。
ただ、最後に国王が片目をつぶってみせたあたり、やはり気にはなるのだろう。
そして王妃のお茶会に、アデルを参加させるように言われしまった。
「初めてのお茶会が王妃様のか。これはまたアデルには負担が大きいな」
それでもきっと上手くいく。そう信じるしかなかった。
◇◇◇
アデルはフランシスに連れられ、王宮の奥深く、王妃の住まう一角に向っていた。足はカクカク。たまに手と足が同時に出てしまう。
「アデル。今から緊張していては疲れるわよ」
「フランシス様。今日はご挨拶だけでもいいでしょうか」
「それは無理でしょうね。あなたの話を聞きたがるわ」
一体何を聞かれて、どこまで話していいのやら。
「そうね。あなたの好きなもの。デザートや本の話でもいいのよ。そんなたわいもない事の方が、おべっか使われるよりも喜ばれるわ」
「それならいくらでもお話できそうです」
通されたのは王妃の温室だった。
アデルは見たこともない植物に目が奪われる。
(あの青い花、綺麗ね。あっちの青紫もいいわ)
アデルはつい花が落ちてやしないか探してしまった。押し花にして、あの小部屋の壁に飾りたい。
レオの瞳と同じ色の花。レオの不在中ずっと眺めてしまいそうだ。まだ直接じっと目を合わすのは恥ずかしい。
気が緩みきってしまう前に、テーブルへ案内された。
先に席に着いていたのは五名の貴婦人。その中になんとヴァレルの妻ローザがいた。
ローザはフランシスに笑顔で挨拶をするが、アデルの事は一瞥にもしない。
アデルは末席でただ顔を上に向けているのに精一杯で、それに気づかなかった。
そして大勢の侍女に囲まれた王妃が席に着くと、皆が一斉に立ち上がり、上から順に挨拶を述べ始めた。
「王妃様、本日はお招きありがとうございます」
「フランシス、よく来てくれたわね。足の具合がいいのかしら」
「はい。実はあちらにいるアデルが作ったハーブのお酒を毎日飲み続けているうちに、調子が良くなりましたの」
「まあ。それはどんなものなのかしら」
五人を飛ばし、王妃がアデルに話しかけた。一瞬、場が凍ったが、王妃が笑顔を向けただけですぐに空気が戻る。
「王妃様、お招きありがとうございます。アデル・ミラーと申します。そのハーブでしたらこちらにも植わっていましたから、レシピを後ほどお届けいたします」
「楽しみにしているわ」
その後は王妃とフランシス、五名で話は弾む。アデルが出されたお茶を飲みながら耳を傾けるだけだった。
(王妃様にこんな近くでお会いできるなんて夢みたい)
新年の挨拶にバルコニーにお出ましになった姿を遠目でしか見たことがなかった。つい不躾とわかっていながら、アデルは王妃から目が離せなくなっていた。
(指の先まで仕草が綺麗。憧れるわ)
王妃の後ろには、先ほど見た青紫の花。白いドレスと相まって本当に絵になる。
王妃が静かにカップを置いた。
「先日ヴァレル伯爵夫人が異国の花を贈ってくれたの。皆様もご覧になって」
「まあ。それはぜひ拝見したいものです」
王妃を先頭に温室の中をぞろぞろと貴婦人たちとお付きが歩き出す。アデルは最後部に付いた。
「まあ。可愛らしい花ね」
「どちらの国の花ですの?」
「お気に召したのであれば。ベルガー侯爵家にもお贈りしますわね」
ローザは話題の中心となって満足げだった。
(なんだか楽しそうね)
後ろにいるアデルからはよく見えないが、白い綺麗な指が、青い花に触れようとしていた。
(あっ……)
アデルに迷う時間などなかった。気づいた時には大声で叫んでいた。
「触れてはなりません!」
「何故かしら?」
王妃がアデルを呼んだ。皆が一歩づつ下がり道を作る。
「急に大声を出して、申し訳ございません」
アデルは頭を深く下げた。
(やってしまった)
心臓がばくばくとした。逃げるなど許されない。正直に話すしかない。
「顔を上げて」
王妃は、静かにアデルの答えを待っていた。
「申し上げます。その花は毒を含んでおります。少し触れた程度では多分大丈夫でしょう。でも、もしその手が目や口に触れでもしたら危険です」
「アデルさん。あなたは私が王妃様に毒花を贈ったと言いたいの?」
ローザはわなわなと震え、アデルを睨み付けた。
「毒を含む植物は多く存在します。普段口にする野菜にだって毒を含むものはあります。ですからその花も触れずに、鑑賞だけなら問題はございません」
上手く言えただろうか。花に罪はない。
王妃は侍女に小さくうなずいた。
「アデル様、こちらへ」
アデルは侍女に促され、温室の扉へ向った。




