手紙の主
レオの執務机の上には金文字で『特別捜査局局長 クロスフォード』のプレート。
(……本物だ)
壁には大きな王都の地図が張られていた。地図にいくつかピンが刺してある。よく見ると、そこは前に手紙に書いた事件の発生場所だった。
(手紙は読まれていた。でも大丈夫。私が書いたなんて誰も思わない)
「アデル。ここは人にあまり知られていない特務機関だ。でも君は知っていた」
「これでも一応役人の娘ですから」
「答えになっていない。たしかに君の父上は役人だが、あまり重要な位置ではないね」
「……たまたま耳に入ったのです」
父の仕事は税の取り立て。王宮に行くことすら滅多にない。知ったのは、それも見たからだとは言えない。
「今はそういうことにしておこう。尋問をしているわけじゃない」
そしてレオの目がアデルから、机に置かれた手紙の束に移る。そして中から一通引き抜き、ひらひらと振って見せた。
「これは今朝ここへ届けられたものだ。先ほど君が配達人に渡した封筒とよく似ている」
「そうですか? 封筒なんてどれも同じです」
「君のハンカチと同じ香りがする。何故だろう」
レオはハンカチを取り出し、すんと嗅いだ。
「嗅がないでください!」
思わず身を乗り出し奪い返した。ハンカチなど貸すのではなかった。
このまま嘘つきと呼ばれ、叱責でも受けるのだろうか。
「ここで嘘は言わなくていい。ただ正直に話して欲しい。それだけだ」
「あなた様だって信じない」
「どうしてそう思う?」
「それは、私自身が信じていないからです」
見たものすべてが起こった訳じゃない。未然に防いだ。未来が変わった。そう思っても、誰かの「嘘つき」という言葉が頭からこびりついて離れない。
「僕は信じる。だからこの手紙の主を探していたんだ」
じっと顔を見られる。もうとっくにばれていた。いつからだろう。
でも本当に信じてくれるなら、もう隠さなくていい。どうせ目の前の捜査官は話すまで帰してはくれない。
「……お話します」
最初は家族のほんの先だけだった。それが最近は、王都で起こることまで見えるようになった。
改めて壁の地図を見る。ピンが刺さっているのは、どこも家から近く、一度は行ったことのある場所だった。
「そんな幼い頃からか……」
レオは最後まで聞いてくれた。それだけでも嬉しい。
顎に手を当てたまま、しばらく黙っていたレオの目がふっと柔らかくなった。本当にわからない人だ。
「アデル。本当はケーキが好きだろう?」
「好きです……」
「ここの食堂は毎日デザートが出てくる。王宮料理人が作るケーキもだ」
「それはすごいですね。羨ましいです」
「どうかな。ここで君の力を借りたい。危ない目には遭わせないと約束しよう」
婚約者でなく、お仕事の手伝い。その方がまだしっくりくる。それに自分も協力者が欲しかった。
でも父は許さない。「おまえは余計な事はするな」といつも言われていた。
「私の事を信じるのですか。すべて嘘かも知れませんよ」
「先ほどの仕立屋。そして昨日の苺。あれは本当に毒が塗られていた。それに手紙に書いてあったいくつかの件は、残念なことに実際に起きてしまった」
最初の何通かは、でまかせだと取り上げられなかった。でも数件が重なれば見過ごすことは出来なくなり、手紙はすべて責任者であるレオに届けられるようになった。
「知っていて、あの苺を食べようとしたんですか?」
「あれはただの脅しだ。死ぬことはない」
仕事とは言え、自分の身を投げ出すなんて、ただ驚くばかりだ。
「でも父が……」
「お父上なら心配ない。行儀見習いってことにすればいい。僕から話そう」
王宮で行儀見習いをしたとなれば、嫁ぐにも有利になる。父も反対はしないだろう。
「そんな嘘、すぐにばれますよ」
「僕を誰だと思っているの?」
「特別捜査局の局長で、伯爵様です」
「そういうことだ」
権力ってすごい。
「では早速、この手紙に書かれている橋を見に行こう」
アデルも急いで立ち上がり、レオの後に付いて行った。
◇◇◇
公園へ続く道は家族連れや観光客でいつも賑わっている。
まだ橋は無事だった。
「もう一度見たことを話して欲しい」
「公園の方から人がわっと押し寄せてきます。何かから逃げるようにです。そして先頭の人が転んで、その上にどんどん人が積み重なって、それで……」
アデルの声が詰まる。下敷きになった人が犠牲になったのが見えた。
「怖かったろう。話してくれてありがとう」
アデルはつい口をぽかんと開けてしまった。そんなこと言われたのは初めてだった。
「公園まで行ってみよう。原因がわかるかも知れない」
「はい」
公園は花祭りのための屋台やサーカスが準備をしていた。
「祭りなら、人出は多いだろうな」
「そうですね」
こうして現場に来てみると、頭に浮かんだ光景が少し鮮やかになる。
女性たちは花飾りのついた帽子を被っていた。事件は花祭りの日だ。時間は昼を過ぎて一番人の多い時間。
「あれは……」
サーカスのテント脇に檻が見えた。大きな虎が狭い檻の中をうろうろしている。興奮しているのか落ち着きがない。
「少し様子を見てくる。君はここで待っていなさい」
「私も行きます。もしレオ様の未来が見えたらすぐにお教えします」
まだはっきりとは見えないが、胸がざわつく。
「僕があれの餌になるのか? それは御免だな」
レオは笑っているが、ひと噛みでもされたらただではすまない。
「用心してくださいね」
「わかった。係の者に声をかけてくる」
忙しいのにとぶつくさ文句を言いながら団長が現れた。今は団員総動員で準備中だ。
「鍵ならちゃんとかけてあります。こいつがうろつくのはいつものことですよ」
「見張りを付けてはどうだ。もし必要なら人を出そう」
「それはありがたいですが、素人を寄越されてもねえ」
団長はなかなかうんとは言わない。今まで事故など一度もなかったのだ。
「レオ様。ちょっと」
「アデル、どうした?」
「あそこを見てください」
格子が少し曲がり、下にビスがひとつ落ちていた。
「お腹も空かせているのかしら。水桶も空っぽ……」
「可能性はあるな」
団長はすぐに飼育員を連れてきた。すぐに檻は確認された。
「すいません。格子の留め具が外れかかっていました」
興行準備の混乱で、餌と水の時間も遅れていた。
「こちらの令嬢が気づかなかったら、大事になるところだったんだぞ!」
レオの剣幕に飼育員が体を縮ませている。
「本当にすみません。もう二度とこのような事はないように……」
「あの。私たちでなく、あの子に謝ってください」
アデルはつい口出しをしてしまった。まだ何も被害はない。
「ライラ。ごめんな」
虎はすぐに水と食事にありつけた。大きな肉の塊を食べ終えるとゴロンと横になる。薄目で飼育員を見ている。初めての場所で不安にもなっていたのだろう。
「ありがとうございました。もしあのまま放置していたら、二度と興行が出来なくなるところでした」
ペコペコと頭を下げる団長に、アデルは観覧券を二枚もらった。
「それ、誰と行くつもりだ?」
「我が家のメイドと二人です」
「待て。そこは僕とじゃないのか?」
「それではレオ様が奇異な目で見られます。私は地味な嘘つき令嬢ですから」
「それこそ嘘だ。そのうち僕がその汚名を晴らしてみせる」
ふふとアデルの口から笑いがこぼれた。そんな日は来ない。未来は見えなくても、自分が一番わかっている。でも、こんな風に誰かを救えるなら、嘘つきでもいいとさえ思った。
「次は図書館に案内をお願いします」
「約束だからな」
公園の橋を渡る。人々は穏やか顔で歩いていた。何も起きない。
「あっ!」
よそ見をしていたアデルが石に躓き転んだ。
「大丈夫か。なぜ避けなかった?」
「自分の未来は見れないのです」
「そうか。それは先を楽しみにしておけという事だろう」
レオはすぐに助け起こしてくれた。
「あっ、ありがとうございます」
アデルがちらっとレオの横顔を見上げると、もうどこか遠くを見ていた。次の事件の事でも考えているのだろう。
「 僕の顔に何かついているか?」
「何もついてませんよ。ただ、信じてくれてありがとうございます」
「信じるさ。これからもよろしく頼む」
レオの目が柔らかく細められ、そして、頭をポンと叩かれた。
3話までお読みいただき、ありがとうございます。
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完結まで毎日更新します。
これからもアデルとレオをよろしくお願いいたします。




