逮捕状
ロナウドの「もう一晩」を断り、レオはニーナを連れてクロスフォード家に帰ることができた。
「……やっと我が家だ」
レオがネクタイを緩め、椅子にもたれる。まだ本調子ではなかった。アデルの言うとおり酒は当分控える方が良さそうだ。
「私はクロスフォード家の子よ。お祖父様にも困ったものだわ」
何でもすぐに買い与えようとするし、危ない真似はするなと、ミルキーと庭で遊ぶのでさえ止められそうになった。だが祖母フランシスと観劇の約束をしてきた。
「私が生まれた頃にはもう祖父母は他界していたので、羨ましいです」
アデルの目尻が下がる。自分にも孫が出来たら思い切り甘やかしたい。その前に子どもだが……。
「アデルお姉様は三姉妹なのでしょう? 私は一人っ子だから羨ましいです。弟が欲しかったな」
レオは黙って、うんうんとうなずく。妹と言われても多分同じ反応だ。
「私は、お兄さんが欲しかったです」
レオのような頼れる兄がいたら、どれほど良かったろう。四つ上の姉には母が亡くなった後、世話を焼かれることが多く、姉というよりは母に近い。
そんな家族思いの姉が、父の勧める縁談を断り、平民と結婚して王都を出たのがずっと不思議だった。自分が原因だとは思いたくない。
あの時の父は、強く反対しなかったように思う。やはりヴァレル伯爵の息のかかった家に嫁がせたくなかったのかもしれない。
(じゃあ、私ならいいの?)
レオがいなければ、カインの元へ嫁がされていた。アデルには父の考えが少しもわからない。
「アデル。結婚式なんだが、花嫁には準備がかかるだろう。一年後はどうだろうか」
ロナウドから決してアデルを逃すな、早く式を挙げろと強く言われてしまった。
「レオ様にお任せします」
「婚礼衣装はこれから作るのね。どんなかしら。ベールは私が持つわ。いいでしょう?」
ニーナはフランシスのティアラを着けたアデルが楽しみで仕方がない。
「もちろんよ。ではロングベールにしようかしら」
一生に一度の晴れ舞台。少しくらい要望を出しても良いだろう。以前は婚礼衣装も姉から借りるつもりだったが、今はレオのために少しでも身を飾りたい。
(一年後……)
式が終わればいよいよ伯爵夫人。ついアデルの背筋が伸びる。男爵家とは比べものにならない役割が待っている。これから伯爵家を盛り立てるための本格的な勉強も始まる。
式は待ち遠しいが、まだ早いような。
だがまた邪魔が入ったら、レオと駆け落ちでも何でもする覚悟はできている。
そんなアデルの心を見透かすように、レオがアデルの顔を覗きこむ。
「アデルは一人じゃない。僕もニーナもいる。使用人たちもね。僕は仕事上、あまり社交には顔を出していない。これからは君に負担をかけることになるが、君なら大丈夫だ」
ニーナの誕生会から、アデルあてにお茶会の誘いが来るようになった。
「ありがとうございます。でも一人ではまだ不安なので、フランシス様が出られるお茶会から参加しようと思います」
「そうだな。フランシス様がいれば怖いものなしだ。僕も安心して君を出せる」
同世代の令嬢が集まるお茶会はなんだか行きづらい。友達もいなかったせいか接し方がよくわからない。流行りにも疎く、縮こまって何も話せないままの自分の未来は見えた気がする。
それならフランシスの後ろで、奥方たちの話を黙って聞いているだけの方がよほどいい。
「失礼いたします」
寛ぐ三人にお茶が運ばれてきた。いつものメイドともう一人いる。
(あら? 新しい使用人かしら?)
アデルの初めて見る若い男性。ずいぶんと細身だ。身のこなしは優雅。上級使用人なら先に紹介があるはずなのに……。
「えっ?」
レオが突然立ち上がった次の瞬間、男性使用人の襟を掴む。利き手は上着の中。カチャリと音がした。
「誰だ?」
「ふふ」
「……その声」
「さすがに声まで化けられませんね」
「もしかして、ミランダさんなの!?」
男性が「当たり」と微笑む、
「その服装はなんだ? それに髪まで切ったのか」
レオがため息とともに襟から手を離した。
ミランダは男物のスーツに身を包んでいた。豊かな胸は布でも巻いて押さえているのか、上着に隠されてわからない。
「護衛ならドレスの裾は邪魔ですから捜査官を真似てみました。でもご要望があればいつでもドレスに着替えますよ」
ミランダが頭からカツラを外すと、艶やかな黒髪がさらりと背に落ちる。
ドレスで船は操れない。コーネリアでもよくズボンで過ごしていたというミランダ。
「……かっ。格好いい」
ニーナの目は男装の麗人となったミランダに釘付け。まるで舞台俳優が目の前に現れたかのようだった。
「本当に。ぜんぜんわからなかったわ」
「この姿の時はミランとでもお呼びください」
「弟もいいけど、お兄様もいいわね」
「……ニーナ。そろそろ部屋で休みなさい」
「でも、まだ……」
「ニーナ様。ミランダさんは当分この家にいてくれる事になったの。いつでもお話できるわ」
「ニーナ姫、お部屋までお供しますよ」
「まあ、姫だなんて。では叔父様、アデルお姉様、お休みなさい」
二人の頬にキスしたニーナは、ミランダに自室まで送って貰った。
「ニーナに悪影響はないだろうか」
レオは真剣にニーナを心配してしまう。
「大丈夫ですよ。女の子の格好いいは、すぐに冷めますから」
自分もそうだった。舞踏会で見かけた「格好いい男性」はデザートに夢中になって、帰る頃にはすっかり忘れていた。レオだけは例外。
「アデル。式は一年後になるが、婚姻の手続きだけ先に済ませようかと考えている」
「それは……」
「こうしてすでに同じ屋敷にいるんだ。構わないだろう?」
いつの間にか隣に座っていたレオの顔が近づく。吐息までかかりそうだった。
「でも……」
「アデル、ここは黙って目を閉じて欲しいのだが」
「でもですね。たぶんお許しが出ません」
「君の父上からは許しは出ている。……まさか何か見えたのか?」
「はい。レオ様が国王陛下の前に跪いて、許しを請うお姿が見えました」
高位貴族の婚姻は国王の許しが必要だ。儀礼的なもので、よほどの事がない限り反対された者はいないはず。なのに……。
「ヴァレルか……」
レオはアデルから離れ、ソファに体を沈める。
「アデル。心配するな。陛下は必ずお許しくださる」
「はい」
すっかり空気の冷めたところへ、家令がレオを呼びに来た。
「レオナルド様、局から大至急だそうです」
「わかった。すぐに行く。アデル、また明日話そう」
「はい。お気を付けて」
レオは険しい表情のまま屋敷を飛び出して行った。
◇◇◇
夜も更けた頃、アデルの部屋がノックされた。
「アデル。僕だ。開けてくれ」
「お待ちを」
急いでガウンを羽織り、扉を開けると、疲れきった様子のレオが立っていた。
「レオ様、一体どうされたのですか」
「アデル。君の父上――ハンス・ミラーに逮捕状が出された」
「まさか。父が? 理由は?」
「まだ詳しいことはわからない。いいか。屋敷から絶対に出ないで欲しい」
アデルがうなずくと、レオはまた捜査局へ出掛けしまった。




