特別捜査官 倒れる
レオが懇親会会場に着くと、すでに準備は万端。
テーブルの上にはあらゆる種類の酒と料理が並んでいた。この日ばかりは気取った料理だけでなく、賄い料理も振る舞われる。
当番の終えた者がもう飲み始めていた。
「クロスフォード様、今年はご参加ですか」
「ああ。たまにはね」
「ここに座ってくださいよ」
「先に様子を見てくる。あとで寄るよ」
レオが姿を見せるとあちこちから声がかかるが、笑顔でかわし、厨房を覗く。
「変わった事はないか」
「何もないですよ。それにしても旨い!」
「こんな仕事なら毎日でも歓迎だな」
顔を真っ赤にした捜査員と薬剤師たちが、並べられる前の酒をすべて開けて毒味をしていた。
思わずハンカチで鼻を塞ぐ。匂いだけで酔いそうだ。
「ほどほどにしておけよ。ダリオは?」
「副局長なら奥にいますよ」
ダリオは誰にも触れさせまいと、泊まり込みで“悪魔の酒”を見張っていた。
「……やっぱりな」
貯蔵室を開けると、酒瓶を抱えたダリオがいびきをかいて寝ていた。
「おい、起きろ!」
「……もう……飲めない……」
(どれだけ飲んだんだ?)
呆れてものが言えない。木箱から出された悪魔の酒はほんの一口ずつではなく、かなり減っていた。
「仕方ない……」
ダリオが潰れたのなら、自分が代わりにこの会を仕切らねばならない。
そこへ料理長が汗を拭きながら顔をだした。
「クロスフォード様、本当に"悪魔"に毒が? 早く出せと、参加者たちが騒ぎだしましたよ」
「そうか。まあ、これだけ確認したんだ。出しても問題ないだろう」
怪しい者が入り込んだ様子はない。
ロナウドの他に狙われるような要人はいないし、先ほどの件でヴァレルは引いたと考えていいだろう。
「では、私ももう仕事は終いにしますよ。早く行かないと全部飲まれてしまう」
「ああ。楽しんでくれ。準備、ご苦労だった」
料理長がいそいそとコック帽を脱いだ。酒の仕入れから、肴の用意。通常業務外だが手を抜かなかった。それもこれもこの会を成功させるためだ。
何事もなく終わりそうだ。
(帰ったら、アデルと祝杯をあげたいな)
軽いものなら大丈夫だろう。もう一度あの可愛い姿が見たい。
レオはロナウドへ渡す"悪魔の酒"を一本、捜査局へ届けさせた。ここに置いておいてはすべて飲まれる。
会場へ戻るとすでに酒盛りが始まっていた。無礼講で肩を抱き合い、歌い、話し、ぐいっと杯をかわし合う。
(だから嫌なんだ。もう少し静かに飲めないのか)
レオはテーブルの間を回った。どこもおかしな様子はない。酔って眠っている者もいるが、皆幸せそうな顔をしている。
だがこの人数。とてもじゃないが全部は見きれない。今日はいつもより多くの医者を待機させていた。異変があればすぐに駆けつけられよう手配済み。
それでも席に着かず、レオは一人、監視役のつもりで立っていた。
「クロスフォード様! 遅かったじゃないですか」
「すまん。ダリオの代わりに見回りしてた」
「もう仕事は終わりにして、さあ、座って」
無理矢理椅子に座らされ、酒がなみなみと注がれる。
「こぼすな!」
だが誰も気にしない。
「カンパーイ!」
「クロスフォード様、婚約おめでとうございます!」
「あ……ありがとう」
「先ほど一緒に手を繋いでいるところを見ましたよ。あれは本当に嘘つきだな」
「なんだと。もういっぺん言ってみろ!」
レオが立ち上がり拳を握る。だがいきなり背をバンバンと叩かれた。
「噂の令嬢はめちゃくちゃ可愛いかった。でもなんで隠していたんだろうな。ここにいる全員が騙されていましたよ」
「そうか? 普通だろ」
「またまた。照れないでくださいよ」
「照れてなどいない。お前たち飲み過ぎだぞ。もう帰れ」
(こいつら、よく見ているな……)
危ない危ない。散々地味だとか嘘つき令嬢とか噂していたくせに。今さら可愛いとか言うな。先に見つけ出したのは自分だ。
「おい! みんなで祝おうぜ!」
「クロスフォード様、朝まで飲み明かしますよ」
レオはあっという間に囲まれ、次々に酒が注がれる。祝いの言葉を言われると、つい飲んでしまった。非常に厄介。席を立つタイミングを完全に失った。
「おっ。レオ、まだいたか」
そこへふらりと現れたのはダリオ。手には悪魔の酒。瓶ごとレオに渡された。
「待て。これは流石に……」
そして、ダリオのダミ声が会場に響き渡った。
「アデルちゃんに、カンパーイ!」
◇◇◇
レオが気づくと、自分の屋敷に戻っていた。
どうやら、何事もなく閉会したらしい。
(アデルたちももう休んでいる頃か……)
自分だってアデルとニーナ、二人と過ごしたかった。
ふーっと息を吐き、サイドテーブルに手を伸ばした。
「大丈夫ですか? お水、飲みますか?」
重たいまぶたを開けると、アデルがいた。
「……どうして」
濡らしたタオルが額からずり落ちた。
「また見えたんです。倒れたのはレオ様でした」
アデルは急いで馬車を出してもらい、戻っていた。
玄関で待っていると、酒臭い捜査官たちに担がれてレオが帰ってきた。
「悪魔にやられた」
「心配していたのとは違いましたけど、お酒も飲み過ぎは毒でしたね」
コロコロとアデルから笑いがこぼれる。
「アデル。どうして僕が見えた?」
「それは……」
「教えて」
「……ずっと考えていたから」
「最初に会った時もなぜ見えたのかな」
「……それは、その。レオ様の意地悪……」
酒も飲んでいないのに、アデルの顔は真っ赤に火照る。
「アデル。みんなが君を嘘つきだってさ。わざと地味にして、隠していたって……」
「嘘つき令嬢は着飾っても何か言われるんでしょうね」
服なんて関係ない。アデルは初めて会った時から輝いていた。琥珀色の瞳は嘘などついていなかった。
「言わせない。それと着飾った姿なんて、僕以外に見せなくていい……」
レオはアデルに腕を伸ばした。
キスしたらどんな可愛い反応をしてくれるだろう……。
ピシャッ!
「痛っ!」
「えっ? レオ様大丈夫ですか!」
その腕は扇で叩かれた。
「まったく。アデル様、油断しちゃ駄目ですよ。男はみんな狼です。特に酔っ払いには注意してください」
「油断なんてしていません。それにレオ様は紳士ですよ?」
水のお代わりかと、アデルは水差しに手をかけるが、それを後ろから奪われた。
「これはレオナルド様も相当手こずりそうですね」
アデルの後ろから、ミランダが姿を現した。
「……ミランダか。声が大きい」
レオが少し顔をしかめた。さらに頭が痛くなる。原因は酒ばかりじゃない。
「アデル様、少しは甘やかしても良いですけど、多分いらないと思いますよ」
お先にとミランダが出て行く。扉が閉まると、アデルと二人きり。
「甘やかすって、どうすればいいんでしょうね。寝るまで手を握っていましょうか」
あとは冷たいタオルを用意するくらいしか思いつかない。
レオは両手で顔を隠して、うっと呻く。
「お願いだから君も部屋で休んでくれ。明日起こしに来てくれたらそれでいい」
「そうですか。でもお辛そうですね」
自分にだって看病くらい出来るのに。
(そうだわ。母直伝のお呪いをかけておこう)
レオの前髪をそっと持ち上げる。
ちゅ。
「ア……アデル……」
レオは額を押さえ、わなわなと震えた。これでは焚きつけられたも同じ。だがアデルの信頼を裏切る事は出来ない。
「痛いの飛んで行けーです。これで頭痛は早く治りますから。ではお休みなさい」
「はっ?」
扉が閉まった後、しばらくレオはぽかんと口を開けたままだった。




