アデルの未来予報
祭り会場に着くと、すぐにショコラが駆け出す。
「もう見つけたか。僕たちも行こう」
「はい!」
レオは人混みをすいすいと縫うように進んで行く。レオに手をつながれたアデルは誰にもぶつかることなく、ニーナの元へ辿り着くことができた。
「アデルお姉様!」
「ニーナ様!」
ひしと抱き合う二人。いつもなら先に抱きつかれるのは自分なのにと、レオは少しがっかり。
ニーナにしたら、もう立派な淑女つもりだ。いくら大好きな叔父とはいえ人前で抱きつくなどできない。
それでも叔父の私服姿に笑顔がこぼれる。カンカン帽に、淡いオレンジの格子柄シャツ。仕事なら黒か紺のスーツだ。
「叔父様は今日は一日お休みなのね」
「一緒に楽しもうと思ってね。祭りが終わるまでは時間を空けた」
「そう。でもいいわ。三人でお出かけする夢が叶ったもの」
ニーナは本当に嬉しそうだった。早速会場を回ろうと歩き出すが、レオの足が止まる。
「ニーナ、それはロナウド様からの誕生日プレゼントか?」
「はい。お祖父様から沢山いただいた中のひとつよ」
ニーナが目を伏せる。ミルキーの服とは合わないのはわかっている。
レオが思わずうなったのは、ミルキーの首輪。白い皮のベルトに光るものを見つけた。
(まさか、本当に贈るとは。でも……)
「ロナウド様。いくら何でも、犬に真珠はやり過ぎですよ。それに今日は宮廷晩餐会じゃない」
「何を言っている。公爵家の犬だぞ。これくらい当然だ」
「ミルキーは我が家の犬です」
こんな時、場を治めるのはフランシスだが、生憎今日は来ていない。
アデルがにっこり微笑み、ミルキーの前に座る。
「ロナウド様。とても素敵な首輪ですね。でも今日は一般の民も来ています。あまり高価な物は見せない方が……こうしたらいかがでしょう」
アデルは自分のスカーフをミルキーの首輪の上に結ぶ。
「いかがですか? こうすればお祭りらしくなります」
「お姉様、すごくいいわ。ミルキー良かったね」
「ロナウド様、少し失礼いたします」
次にアデルは麦わら帽子から花を抜き取ると、ロナウドのポケットチーフと手早く差し替えた。
「お祖父様、とてもお似合いよ」
「そうか。似合うか」
ロナウドは自慢のひげをなでつけた。
「アデル……」
「ふふ。これで大丈夫です」
レオの隣でアデルが微笑む。どうやらまた未来は変わったようだ。
一行はペット連れでも寛げるテントの下で飲み物をもらい、周囲のペットを眺めていた。
ミルキーとショコラも、あちらこちらから可愛いと声をかけられた。
「猫ちゃんも来てる。アデルお姉様、見て、顔を洗ってる子がいるわ」
「珍しい毛並みね。異国の猫かしら」
仕草が可愛いと二人でしゃがんで背を撫でていた。
そこへ大きな影が落ちる。
「こんなところにいたか」
すると猫はニーナの手から抜け出し、飼い主らしき人物の足元にすり寄る。
(……この声)
アデルはとっさにニーナを覆い隠すように抱きしめた。
レオも二人の前に立ちはだかり、声の主と向かい合う。
「ヴァレル伯爵。こんなところでお会いするとは奇遇ですね」
レオの足元で、ショコラは尾をピンと高く上げた。
「おや。クロスフォード特別捜査官。今は任務中ではないだろう。怖い顔をしてご婦人たちを驚かさないで欲しい」
ヴァレルの後ろには、夫人とその取り巻きが眉をひそめていた。
「アデルも隠れていないで出ておいで。ハンスが少しも顔を見せに来ない。どこか具合でも悪くしたか」
穏やかだか、どこか冷たい声だった。
レオが後ろ手で、前に出るなと合図を送るが、アデルはそれを見ても歩み出た。
「ヴァレル様、ご無沙汰しております。ご存知のとおり屋敷が酷い有様で、とても住める状態ではないのです。父は姉ユリアの元に身を寄せております」
「そうか。もし私に手を貸せることがあれば……と言っても、君の新しい婚約者がすべて引き受けるようだな」
「お言葉ですが、アデルの婚約者は僕ひとりです」
「ハンスの娘たちは親の言うことを聞かない。困ったものだ」
あれからカインは何も言ってこない。話は消えたばかりだと思ったが、ヴァレルは不服のようだ。
「他に用がなければ、僕たちはこれで」
「ひとつだけ。アデル。近頃は何も見えないのか?」
「……何をでしょうか」
アデルの肩がビクッと跳ね上がる。
「君は昔から、誰も知らない先を見る事が出来たね。私の未来を教えて欲しいものだ」
そんな事が出来るのかしらと、夫人たちがざわめく。
そして甲高い声が響き渡った。一人の貴婦人が扇を振って皆を集め出した。
「皆様! クロスフォード伯爵の婚約者アデル嬢から、何かお知らせしたいことがあるそうよ」
何かしらと、今話題の令嬢を見ようと人々が集まってくる。
レオの手が怒りで震える。
ヴァレルは大衆の面前で、アデルの秘密を面白おかしく騒ぎ立てるつもりだ。また嘘つきに戻されてしまう。
だがアデルは少し考えた後に、静かに答えた。
「……未来ですか。それならば明日、ヴァレル様が傘を差して歩くお姿が見えます」
「傘? 雨でも降るのか」
「はい。先ほどから、そちらの猫がずいぶんと念入りに顔を洗っていましたから。きっと雨が降ります」
その場に笑いと拍手が起きる。
「まあ。そのお知らせは助かるわ。雨の日は膝が痛むのよ」
「噂のご令嬢は、フランシス様が言う通り、茶目っ気があるのね」
「ぜひ今度は私を占って欲しいわ」
そしてまた新しい話題を探しに、皆が散っていく。
「今日はこの辺にしておこう」
ヴァレルはすっかり興味を失ったように、あっさりとその場を去って行った。
「はあ」
レオはアデルを強く抱きしめた。
「レオ様……はっ……恥ずかしい」
アデルに背を叩かれ、レオが体を離した。
「君はすごいな。あれをひとりで退けた。僕は自分を抑えるのに必死だったよ」
レオはずっと拳を握りしめていた。
「本当は私だって震えてました」
ほらと、まだ震える手をレオに見せる。
すぐにその手はレオの両手に包み込まれた。
「アデルお姉様、あの方はどなたなの?」
ニーナも異様な雰囲気を感じたようだ。
「前にお世話になった方です。でもおかしな方ですよね。いきなり何を言い出すのかと思いました」
出来ればもう二度と会いたくない。でも無理な話だろう。簡単に父や自分を許すとは思えない。
「レオナルド。アデルを当分我が家で預かるか?」
「ロナウド様、大丈夫です。対策はもう立ててありますから」
「そうか。それならばいいが。でも今夜一晩ならいいだろう?」
「必ず明日、お返しくださるならば」
二人を我が家まで送り届ける予定だったが、まだ警戒しておいた方がいい。
「わかっておるわ。これ以上ニーナの機嫌を損ねるわけにはいかないからな」
ニーナは毎日伯爵家に帰りたいと、ため息をこぼしていた。
「だが今夜は帰りが遅くなる。やはりもう一晩……」
「お祖父様もお仕事なの?」
「大事な会合に呼ばれていてな……」
酒好きで知られるロナウド。悪魔の酒を楽しみにしていた。
「明日僕が、あれをお届けしますよ」
レオがくいっと、グラスを傾ける仕草をして見せた。
「そうか! それならば今日はニーナと帰ろう。レオナルド、明日必ず来るのだぞ」
本当は一緒に帰りたいレオだが、せめて馬車置き場まで見送りに行った。
「アデル、ニーナを頼む。明日必ず迎えに行く」
「はい。お待ちしています」
「叔父様、お仕事頑張ってね」
三人は、互いの姿が見えなくなるまで手を振った。
これでまた未来が変わったはずだ。だが、やはりこの目で確かめて、アデルを安心させたい。
レオは「懇親会」会場へと足を向けた。




