↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/35

特別捜査官は婚約者と祭りに行きたい

 馬車の中で、レオはずっと頬が緩みっぱなしだった。


「……可愛かったな」


 玄関先で肩を抱き寄せた途端、アデルはぎゅっと目を閉じてしまった。思わずまた唇にキスするところだった。


 昨日はニーナもおらず寂しいだろうと、仕事を切り上げ早くに帰宅した。


 アデルが小部屋にいると聞いて、二人きりで話せると楽しみに扉を開けたら、なぜか酒臭い。


 原因はすぐにわかった。椅子にもたれ、クークー寝ているアデルの前には、飲めばすぐに眠れる、とっておきの酒が空になっていた。


「よくもまあ、あれを飲めたものだ」


 底にほんのわずか残っていた程度のはずだが、度数が高い。でもあそこまで酔っぱらうとは驚いた。


「あれは反則だった。抗えるほど僕は紳士じゃない」


 くくと、またにやけてしまう。


 だが、王宮に着けば、いつもの真面目な特別捜査官の顔に戻る。


 執務室で待っていると、副局長ダリオが朝の定期報告にやって来た。


「カインは図書館を解雇された。職権乱用にもほどがある。今後捜査局で借りる時は別名義にする事にした」


「そうだな。僕も気をつけるとしよう」


 他にもいくつか打ち合わせをして、レオが切り出す。


「今年もあれをやるのか?」


「あれ? ああ、もちろんだ。だがお前から聞いてくるなど珍しいな」


「今年は僕も参加する。少し気になることがあるんだ」


 ため息混じりだが、レオはどこか誇らしげだった。


「また何か見えたのか? 彼女はすごいな」


「だが、あの会のことは言えなかった」


 豊穣を祈る祭り。その日は王宮の前庭まで誰でも入れるため、大勢の人で賑わう。当然、警備も増員され、地方からも隊員が集められる。

 その夜催される慰労会は、いつしか保安局、騎馬隊、捜査局の酒好きたちが集まる大宴会になっていた。


「何が起こると言うんだ?」


「前にお前にもらった“悪魔の酒”。あれに毒が混入されていると言っていた」


「大事件じゃないか! 今年はそれを目玉に人を集めたんだぞ!」


 今年の会はダリオが仕切っていた。


 なかなか出回らない幻の酒。当日それがないと知れたら、大騒動になる。


「とにかく先に料理長だ。確認した時に変わった事がなかったか聞いてこよう」


「それなら俺が行ってくる。責任者として放ってはおけない」


「わかった。この件はお前に任せる」


 任せると言っても、朝から夜の会場となる食堂を見張りに行かねばならなくなった。


 今年はアデルとニーナを祭りに誘いたかったのに。残念だが、アデルの見た未来を防がねばならない。


 ところが……。


「もうマートルたちが準備をしているそうですが、お仕事なら仕方ないですね……」


 一緒に行けないと漏らした途端に、アデルの声がしぼむ。


 屋敷に帰ると、祭りにかぶる帽子も服もすでに発注済みだった。この日だけは貴族の娘たちも、麦わら帽子と村娘のような少し丈の短いスカートを履く。


 舞踏会よりも、三人で行くこの祭りを楽しみにしていたのだろう。


 自分の手で笑顔にすると誓ったのに、落胆させてしまった。


 何より自分だって、三人で行くのを楽しみにしていた。


「仕事は交代して貰うことにする。三人で出掛けよう」


 わずかに床へ落ちていたアデルの視線が、ぱっと上がった。


「よろしいのですか? でもレオ様に無理させてしまうなら、ニーナ様と二人で……」


 またすぐに気を遣われてしまう。


「僕も行きたいんだ。いいだろう?」


 レオが片目を一瞬つぶってみせると、アデルは今度こそ大喜びした。


「初めてのお祭りに三人で行けるなんて! レオ様、ありがとうございます」


 実家にいた頃は、リンデの麦わら帽子をアデルが作っていた。朝早くから花を摘み、丁寧に古びた麦わら帽子を飾り立てた。好きな手仕事だが、自分の分まで作る気にはなれず、いつも留守番をしていた。


「ペット連れでもいいと聞いたのですが、ミルキーとショコラも連れて行っていいですか?」


「もちろんだ。まだ公園に行けていなかったからな。犬たちにも服を作るといい」


「それなら私が縫います」


 端切れがあれば作れる。できればニーナにも相談したかったが、まだ公爵家から帰らない。そろそろ迎えに行ってもいいだろうか。


「ニーナ様は、もしやこのままあちらで暮らすなんてことは……」


「それはない。ニーナの家はここだ。祭りまでには僕が連れ帰る」


「お願いします。もう寂しくて寂しくて。早く会いたいです」


「僕もだ」


 兄夫婦が亡くなった後、ニーナをどちらで育てるか両家で散々もめたのだ。あの時はレオの両親がまだ健在で勝ち取った。だが、一度公爵家に入れてしまえば返す気はないらしい。


「君が迎えに行ったら、君まで引き留められる。一人で行っては駄目だよ」


 フランシスはいたくアデルが気に入った様子だった。公爵夫人が後ろ盾になってくれればアデルにとって心強い。これはアデル自身が繋いだものだ。


 だがアデルまで公爵家に長期滞在はさせられない。自分まで押しかけて居座りそうだ。


「はい。勝手に一人で行きません。約束します」


 せめて近くまで行けば様子を見られないかと思ったが、レオにはお見通しだった。


「うわっ! レオ様、近すぎます」


 良い子だと、おでこにキスされた。


 だが、ロナウドから祭りの日までと渋られ、ニーナはそれまで公爵家で過ごすことになった。



 祭りの前日。

 レオの執務室で、ダリオが試飲だと言って、例の悪魔の酒を飲んでいた。


「どれを飲もうが、毒は入っていなかった。あとは当日だな」


「ああ。絶対に良からぬことは起きる。明日、お前は飲むな。これは命令だ」


「だから今飲んでいる。でも狙われるのは誰なんだろうな」


「僕でないことは確かだ。飛び入り参加ってことにしたからな」


 となると、狙われるのはロナウドだろう。


「やはり仕組んだのはヴァレルか。財務局に調べが入る前に潰そうって魂胆だな。公爵まで狙うとは、捜査局を舐めすぎだ」


「ダリオ。声が大きい」


「でも今回もアデルちゃんのおかげだな。あんな健気で正義感のある子は他にいない。ただにこにこ笑っているだけのつまらない奥方になんてするなよ」


「言われなくてもわかっている。それにアデルは家で大人しくなどしてくれないだろう」


 そんなところも好きだが、レオは心配だった。常に護衛が必要そうだ。


「ダリオ、それ以上飲み過ぎるなよ。明日お前が使い物にならないと困る」


 喉の奥がカーと熱くなるほどの酒。それが癖になって、やめられないのが“悪魔の酒”と呼ばれる所以だ。


「わかってる。じゃ明日な」


 話し半分のダリオにしつこく飲むなと言い聞かせ、レオは先に執務室を出た。酔っ払いの相手はしていられない。


 ◇◇◇


 翌日は朝から晴れ渡っていた。


「可愛い! これニーナ様とおそろいなのよね」


 アデルは新品の麦わら帽子に、オレンジ色の格子が入った若草色のスカート。焦げ茶の編み上げブーツもお気に入りだ。


「そうですよ。人が大勢ですから、はぐれてもすぐにわかるように、こしらえさせました」


 大人しく寝そべっているショコラも、四角い端切れを幾枚も縫い合わせた上着を着ていた。もちろんニーナと共に公爵家にいるミルキーにも同じものが届けられた。


「アデルお嬢様、かかとが低くたって、走ってはいけませんよ」


「ネロリ、わかってるわ。私だってもう立派な淑女よ。レオ様の恥になるような事はしません」


「それならいいですけど」


 先ほどからアデルは鏡の前でくるくると回っている。よほどレオと出掛けるのが嬉しいのだろう。見ているマートルやネロリもつい笑みがこぼれる。


「早くホールへ降りましょう。レオナルド様がお待ちかねですよ」


 マートルには階下でそわそわと待っているレオの気配がわかった。


 階段から降りてくるアデルを見上げたレオは笑みをこぼすが、すぐに笑顔を消した。アデルの隣にニーナがいないのだ。


 いくら愛しい婚約者がいても、レオにとってはニーナも大事。


「レオ様、どうかされましたか?」


「いや。君に見蕩れていただけさ」


「嘘です。今日こそニーナ様を連れて帰りましょう」


「我が家の捜査官は凄腕だな。でも見蕩れたのは嘘じゃない。キスしていいかな?」


「駄目です! ほら早く行きますよ。ニーナ様が待っています」


 帰りは三人。そう誰もが信じていたのに。


 レオは深夜、一人で戻ることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。