ニーナの誕生日会
「別人みたい……」
艶やかな淡い栗色の髪は高く結い上げられ、庭に咲く白い小花が飾られた。わすれな草色のドレスを纏ったアデルは、いつもより少し大人びて見えた。
「アデルお嬢様、本当にお綺麗ですよ。こんな日が来るなんて」
ネロリがそっと目頭を押さえる。ずっとこんな風にアデルを着飾らせたかった。
アデルが選ぶのは、姉のお下がりか暗い色ばかり。それすら自分からねだることをしない。
誕生日会を公爵家で開くと決まってからひと月。アデルはマートルやメイドたちによって磨き上げられた。
夜更かししないよう取り上げられた本は、頭の上に乗せられた。今では意識しなくても背筋は伸び、顔を上げてしまう。
「アクセサリーは、レオ様がご自身でお着けしたいそうですよ」
やりきったと満足げな笑みを浮かべていたマートルが、ふふふと笑う。
「楽しみだけど、畏れ多いです」
「アデル様はにっこり微笑んで受け取ればいいのです。いいですか、もし遠慮なさったら、レオナルド様は酷くがっかりされます」
「それほどのことなの?」
「レオナルド様のお隣に立つのですから。ニーナ様だって楽しみにしておられましたよ」
「そうよね。クロスフォード家に恥をかかせてはいけないわね」
自分には想像もつかない公爵家の催す誕生会。招かれる客は高位貴族たち。自分のアクセサリーなどガラクタだ。それなりのもので臨まなければいけない。
「傷つけないようにして、お返ししなくちゃ」
部屋中に、はあーと落胆のため息が漏れた。
「支度は出来たか」
扉の外で待ちわびていたレオの声は少し固い。
ネロリが扉を開けると、ニーナとどこか落ち着かないレオが入ってきた。
「お姉様、すごく綺麗!」
「ニーナ様、お誕生日おめでとうございます。ニーナ様もとっても可愛いです」
二人は手を取り合い、微笑み合う。
「……大変だ。これは想像以上だった……」
レオは思わず口元を手で覆った。このままでは何を口走るかわからない。
「私も魔法にかかったかと思いました」
アデルは小さく笑った。せっかくの化粧が落ちでもしたら大変だ。
「レオ様、私にまでこのような素敵なドレス、ありがとうございます」
「ああ、えっと。すごく似合っている。とても綺麗だ」
ありきたりの言葉しか出てこない。それでも今のレオには精一杯。
「叔父様。早くあれを」
「そうだな。アデル、少し目を閉じてくれないか」
「何故でしょう?」
「叔父様はアデルお姉様を驚かせたいの」
アデルはニーナの嬉しそうな顔を見ると、小さくうなずいた。
「わかりました。ではお願いします」
目を閉じると、すぐにレオの気配が近づく。
後ろから長い腕が伸ばされる。爽やかで、それでいて少し刺激的なスパイスと甘さを含んだ香りが、アデルを包み込んだ。
首筋に少し触れたレオの指に、思わず身震いする。
「目を開けていいぞ」
「まあ」
首元には、大粒の真珠が一粒。柔らかな光を帯びていた。
「私にはもったないです。でも……すごく綺麗」
「アデル。自信を持て。今日の君はその真珠以上に輝いている」
バラ色に頬を染めるアデルに、レオは目を細めた。
「お姉様、素敵よ。見て。おそろいなの」
ニーナの髪飾りにも白く輝く真珠。今日の主役にふさわしい。
「ニーナ様はもう立派なレディーですね」
「お姉様もよ。今日は三人でお出かけができてとても嬉しい。最高のプレゼントだわ」
アデルの胸がきゅっと締め付けられる。きっと両親と重ね合わせているのだろう。
今日だけは寂しい思いをさせたくない。
「さあニーナ、行きましょう。お祖父様がお待ちかねですよ」
「はい。アデルお母様」
「ニーナ。僕もいる」
ニーナはくすりと笑い、レオとアデルの手をぎゅっと握った。
三人を乗せた馬車は、ゆっくりと公爵家へ向かった。
アデルはレオと二人、控え室で呼ばれるのを待っていた。馬車から降りた途端、ニーナは久方ぶりに会う祖父母の元へ連れて行かれた。
「今日はどのくらいのお客様がいらっしゃるのかしら」
先ほどから、馬車がひっきりなしに入ってくる。降りる客は皆、リボンをかけた箱を抱え、小さなお客様の姿も見えた。
「ニーナ様にお友達が出来るといいですね」
「そうだな。それより、君はニーナに母と呼ばれていたな」
「それについては大変申し訳ございません。ずっと寂しさをこらえていたのでしょう。それで……」
「構わない。ニーナがそれほど君を信頼し、慕っている証拠だ」
「二人だけの時の約束でした。今後は気を付けます」
「気にするな。ニーナがそう呼びたいなら、無理に止める必要はない」
レオは穏やかに微笑んだ。
「君がそばにいると、あの子は安心して笑っていられる。それが何より嬉しい」
祖父母に手を引かれたニーナに続き、アデルはレオと共に大広間に入った。
(凄い……)
目の前の光景に息を呑む。
ヴァレル伯爵家の舞踏会も盛大で華やかだったが、ここは別格だった。天井から下がる巨大なシャンデリア。壁際には揃いの礼装をまとった使用人たちが一分の隙もなく並んでいる。
何より、ロナウドが放つ威厳はヴァレルの比ではない。皆が向ける視線からして違った。
「アデル、君の父上もお呼びしている」
耳元でレオの声がした。アデルがまさかと目を凝らすと、壁際に父の姿を見つけた。
「レオ様、父は解放されたのですか?」
「ああ。ほら、あいつも来ている」
広間の隅からカインがレオを睨み付けていた。
派閥など関係なく、公爵家の招待を断る家などない。
ロナウドからニーナがお披露目され、次々にニーナへ贈り物が渡される。あっという間に用意されていた台に、山が出来上がった。
「これだから、この家で開きたくなかったんだ」
ニーナへ渡す前にひとつずつ中身を確認しなくてはならない。贈り主を確認するのもレオの役目だ。
「お手伝いいたしますよ」
「ありがとう。その言葉を待っていた」
その様子を見ていた客たちがささやき合う。
「あのご令嬢はどなたかしら」
「クロスフォード伯爵とずいぶんと仲がよろしいのね。見て、ニーナ様が手を繋いだわ」
「ロナウド様とも親しげにお話しているわよ。私たちもご挨拶しましょう」
レオとアデルはたちまち客たちに囲まれてしまった。
「まあ。もしや今日、発表があるのかしら」
皆の目がアデルの首元とレオのタイピンに釘付けになった。よく見ればニーナの髪飾りにも。三人で揃いの真珠。これは間違いない。
レオはアデルの手を取り、意味ありげに微笑んだ。
「こちらはミラー男爵家のアデル嬢だ。いずれまた皆様へ正式に紹介させていただく」
「レオ様!?」
「アデル、照れないで。もう隠さなくてもいいだろう」
腰を引き寄せられ、真っ赤に顔を染めるアデル。きっと今はレオに何を言っても駄目だ。人の目もある。
「ミラー家のアデル嬢と言えば、あの……。こんな愛らしい方だとは知りませんでしたわ」
「噂は僕も知っている。それが嘘だということもね」
捜査官が嘘をつくはずがない。それにロナウドがアデルをこの場にいることを許している。これ以上の証言はない。
「アデル。ここで何をしている?」
いつの間にかハンスがアデルの前に立っていた。
「お父様……」
「ミラー男爵。アデルは正式に僕のパートナーとして招待されている」
「また勝手な事を。アデル、帰るぞ」
「ミラー。孫が慕うアデル嬢は私が招待した。なにか不都合があったのか」
「公爵閣下。何もございません」
ハンスが頭を垂れる。自分のような力のない男爵がなぜ呼ばれたのか、答えは目の前にいた。
「ミラー男爵。この後、少し話をしませんか。ロナウド様も同席くださる」
レオが穏やかに笑う。
ハンスは一瞬戸惑いを見せたが、小さくうなづいた。
「……わかりました」
「お父様、リンデは?」
「ユリアに預けた」
ハンスはそれだけ言うと、使用人に促され、先に会場から出て行った。
「アデル、僕は少し席を外す。ダリオたちも来ているから心配ない」
気づくと捜査官たちがあちこちに立っていた。
「わかりました。父をよろしくお願いします」
そこへニーナがアデルを呼びに来た。
「お姉様、お祖母様がお話したいそうよ」
「はい。すぐに参ります」
「アデル、ちょっと待って」
「はい。……えっ! レオ様!」
「君を狙うのはヴァレルだけじゃないってことだ」
レオはアデルを抱き寄せ、頬に口づけた。
会場が一瞬、静まり返る。
どこからか男性たちのため息が聞こえた。




