レオの計画
アデルはクロスフォード家の部屋で目覚めた。
「戻ってきちゃった……」
ミラー家の自分の部屋よりも落ち着くし、安心できた。レオに守られている。きっとここが物置部屋でもそう思うだろう。
そういえばミラー家はどうなったろう。みんなは無事だろうか。
「クーン」
ペロッと自分の手を舐めるショコラをアデルは抱きしめた。
「ずっとそばにいてくれたんだ。ありがとうございます」
あの時、必死に自分の名を呼ぶ声が胸をかすめる。そして、「僕の代わりだ」と腕にショコラを抱かせてくれた。
きっと本人は事後処理で忙しい。早く会いたい。そしてすべてを話してしまいたい。また面白そうに「嘘つき」と言うだろうか。いつだって自分を信じてくれる特別捜査官。
カチャリと扉が開き、ニーナが顔を覗かせた。
「ニーナ様……」
無事な姿を見て、「良かった」と心の底からそう思った。
自分もレオ同様にニーナを失うことはできなくなっていた。「お母様」と呼ばれた時の、心の奥をくすぐるような、言い知れない甘い感情。
腕を大きく広げると、ニーナはその中に飛び込んできた。
「お母様がご無事で良かった」
「ニーナもよ。本当に無事で良かった」
少し目に涙を浮かべた二人は、「秘密」と顔を見合わせ笑いあった。
マートルがアデルの様子を見に入ると、二人はソファに腰かけ、ショコラと遊んでいた。
「アデル様、もう起き上がって大丈夫ですか?」
「この通り元気よ。心配かけたわね。実家がどうなったか知っていたら教えて」
「それは旦那様からお話されるそうです。お帰りは遅くなると思いますが」
「そう。何時でもいいわ。レオ様がお帰りになったら知らせてね」
「はい。ニーナ様、家庭教師が先ほどからお待ちしていますよ」
「わかったわ。ではアデルお姉様。また後で。ミルキーを連れてくるわね」
「はい。いってらっしゃい」
小さな手を振ってニーナは学習室へ行ってしまった。
「姉妹かと思っていたら、まるで親子ですね。ものすごく若いお母様ですけど」
「ニーナ様のお母様ってどんな方だったのかしら」
あんな良い子を生み育てた方だ。興味が湧く。
「シンシア様はそれはもう大変お綺麗な方でした。公爵家のご令嬢だけあって教養は高いし、凜とした気品がありましたね。それに誰にでも優しくて、屋敷中の誰からも愛されて……」
マートルがしゃべりすぎたと慌てて口を閉ざした。
「もしかして、レオ様もかしら」
「えっと。年上の女性に憧れる時期なんて誰にだってありますよね」
「ニーナ様のお母様ですもの。私だって憧れてしまうわ」
「アデル様は、気にならないのですか?」
「なにが?」
アデルが妬くのかと思ったら、まったくなかった。それはそれで困ったものだ。今頃くしゃみでもしているだろう主を少し哀れに思う。
「それよりもお風呂に入ってください。お拭きしたのですが、まだ十分でなくて……」
アデルは自分の髪を手に取り、すんと嗅いだ。顔もまだ煤けていた。
「本当だ。なんか匂うわね」
◇◇◇
日付も変わる頃、ようやくレオは帰宅した。
強い酒をグラスに注ぐ。グラスを手に持ったが、すぐにテーブルへ戻した。酔ったままアデルに会うのはいけない。弱い自分を晒しそうだ。代わりに水を飲み干した。
「これでアデルを守る事ができる」
アデルをクロスフォード家に連れて帰り、すぐにレオは王宮へ向った。
内務大臣ロナウド・アシュクロフトの執務室。机の上にアデルの手紙を並べて見せた。
「僕はこれを“未来視”と名付けました。見える範囲は、本人の知った場所、関心のある事柄。断片的にしか見えず、いつ起こるかもわからない。真偽を確かめているうちに、報告が遅れました」
「慎重になるのも無理はない」
ロナウドは国王の実弟。国王からの信任も厚く、公明正大な人物で知られていた。決して賄賂を受け取らず、どこの派閥にも属さない。
そしてニーナの祖父でもある。
「レオナルド。まだ自分を責めているのか。あの事故は私でも防げなかった」
娘夫婦が事故に遭ったと聞いたのはこの執務室。すぐに駆けつけたが、すでに娘夫婦は帰らぬ人となっていた。
後から見せられた予告状にも似た手紙。だがそこに書かれていたのは、「どうか助けて欲しい。雪かきをして欲しい……」
自分が先に受け取っていたとしても、人は出さなかった。まさか本当に事故が起きるなど思いもしなかった。
「一度、その男爵令嬢に会ってみたいものだな」
「我が家にいます。ニーナも懐いてアデルから離れませんよ」
「おお。ニーナはどうだ? まだ馬車には乗れないのか」
祖父に会いに来て欲しいのに、孫娘が来ることはない。
それが……と、レオはニーナが狙われたとロナウドに話して聞かせた。
ロナウドが腕を組み、しばらく黙っていたが、重い口を開く。
「ヴァレルはその未来視とやらも手に入れて、利用するつもりか」
レオがうなずく。
ヴァレルは、アデルをカインに嫁がせて、手中に収めようとした。それがカインの浅はかな計画により失敗に終わった。ヴァレルは今頃腹を立てていることだろう。次は何を仕掛けてくるかわからない。
「支配下の貴族たちを使い、決して自分は表にでない。このままでは国が揺るがされます」
「そうだな。それには確たる証拠が欲しい。だが難しいであろうな」
「それでもやり遂げて見せます。捜査局が、必ず証拠をつかみ取ります」
「クロスフォード局長、頼んだぞ」
「はい」
レオは力強く答えた。
ところがレオは執務机の前から動かない。
ロナウドは応接テーブルに移った。ここからは私的な会話になる。レオも向かい側へ座った。
「なんだ。遠慮無く言ってみろ」
「ニーナの誕生日を公爵家でお祝いできないかと思いまして」
「以前から我が公爵家で執り行うと言っている。十歳と言えば節目だ。盛大に祝わなければないけない。すぐに準備させよう。ニーナは何を欲しがっている?」
「まだ本人に聞いていません。先日犬を与えたので、首輪とか?」
「どうしてお前はそんな色気のないものしか考えられないんだ。だから結婚もできない」
見合いを勧めようが仕事だと言って逃げられてきた。その上、目の前の男は堅物すぎる。いい加減、ニーナのためにも伯爵家に女主人は必要だ。
「そんなことはありませんよ。僕はアデルを妻にすると決めています。誕生会に彼女を正式に招待してください」
「もちろんだ。これは楽しみが増えたな」
誘拐されたと聞けばあらぬ噂が立つものだ。隠してやりたいが、それではカインとの婚姻話が進められてしまう。
こうなったら自分の恋人だと、正々堂々アデルを人前に出すしかない。
(難関はアデルだな)
控え目なアデルが、自分と一緒に公爵家に行ってくれるかどうか。頭を悩ますレオだった。




