クロスフォード家の休日
クロスフォード家に着くと、出迎えにミルキーを抱いたニーナとレオが出ていた。
すぐにレオの手がアデルに差し伸べられる。
「アデル、お帰り」
アデルがむっと睨んでも、レオは笑顔を崩さない。
「お言葉に甘えて大勢で参りました。本日はよろしくお願いいたします」
アデルに倣い、ネロリとディルも緊張しながら頭を下げた。
「君がディルか。今日は気楽に楽しんで欲しい」
「はい! よろしくお願いします」
ディルの隣でアデルが「よく出来ました」と微笑む。朝から挨拶の猛練習していたディルはアデルに褒められ嬉しそうだ。
最後にリンデがゆっくりと馬車から降りて来た。
「お姉様、私にもご挨拶させてちょうだい」
「……君も来たのか」
「もちろんですわ。クロスフォード伯爵のお誘いを断る事などありません」
リンデは可愛らしくお辞儀をして、笑顔をふりまく。
(せっかくの休日が……。それに今日はピクニックだぞ)
レオは並んだ姉妹を見比べる。
アデルはニーナと示し合わせたような丈の短い小花柄のワンピース。すぐにでもミルキーを追いかけて走り出せそうだ。
一方のリンデはふわりと裾の広がったドレス。靴もそれに合わせた華奢なものだろう。アデルに合わせて作らせたドレスが、リンデには少々きつそうだった。
「今日は子どもたちと遊ぶ予定だ。君には無理そうだね」
「まさか、伯爵まで外で遊ばれるのですか?」
リンデに外遊びなどする気はない。テラスにでも座って、ただ子どもたちが犬を追いかけて遊ぶのを眺めるだけ。そして姉は子守役。その間、レオと優雅にお茶を飲む。そのために着飾ってきた。
「もちろんだ。誰か、彼女を応接室へ案内してくれ。アデルの妹だ。もてなしを頼む」
「私もクロスフォード伯爵とご一緒したいです」
ついリンデから本音が漏れた。アデルとネロリはやっぱりと顔を見合わせる。
「これから僕はディルと釣りに行く。君には退屈だろう」
「クロスフォード伯爵とお話できるなら退屈になどなりません」
「話はできない。魚が逃げる」
邪魔にならないところで黙って数時間を待てるか聞かれると、さすがにリンデも首を横に振った。
「……中でお待ちしております」
メイドに案内され、リンデは一人屋敷の中へ入った。
「ここでお待ちしていればいいのね」
最初は不満げだったが、香りの良いお茶、軽食にお菓子。見たこともないような調度品に囲まれ、リンデはそわそわしっぱなし。カップが空になれば、すぐに新しいものが置かれる。
「ありがとう」
「ごゆっくりとお寛ぎくださいませ。ご用があればなんなりと仰ってください」
メイドとは言え伯爵家の使用人。傅かれてリンデはお姫様にでもなった気分だ。
(最高! これがすべて私のためだけに用意されたなんて。やっぱり嫁ぐならここね)
しばらくは溶け混むよう上品に振る舞っていたが、さすがに辛くなってきた。
「外の様子を見に行っていいかしら」
「日差しが強うございます。お嬢様が日焼けでもされたら大変です」
「少しなら大丈夫よ」
「主より、本日はごゆっくりお休みいただくよう申し付かっております」
また新しい菓子が運ばれて来た。
「それなら、ここでお待ちするしかないわね」
メイドは答えず、微笑んだ。
「ディル、餌ならあるぞ」
「レオ様、生きのいいミミズじゃないと大物は釣れないよ。僕が取ってきてあげる」
そうなのかと、レオは用意されていた練り餌を見た。
「ディル、あまり奥まで入っては駄目よ」
「はい、アデルお嬢様」
すたたとディルが駆けて行く。
「とても可愛いでしょう?」
「そうだな。甥っ子が出来たみたいだ」
レオはディルのおかげで大きな鯉を釣り上げ、ニーナはアデルやネロリと花を摘み、花冠を作った。
「アデルお姉様、一緒にお茶の準備をしましょう」
「私も家で練習してきましたから、成果をご覧に入れます」
ニーナと手を繋ぎアデルはガゼボへ。その後ろには日傘を持ったメイドがついて回る。
「僕のために練習したのか……。それにしても可愛いな」
二人が並ぶと緑の芝の上に花が咲いたようだった。
「……どうした?」
レオが二人を目で追っていると、アデルが足を止め、メイドに何かを頼んでいる。メイドが頷き、屋敷へ向かう。すぐに従僕を連れてレオの元にやって来た。
「また問題でも起きたか?」
メイドは違うと微笑む。
「アデル様からこれを持ちするようにと」
大人が寝転がれるほどの大きな敷布に、ブランケット、枕まで。
「これを僕に?」
「はい。たぶんレオナルド様がここでうたた寝されるからと。木陰にご用意しておきますね」
メイドはアデルの言葉に半信半疑だった。常に警戒を怠らない捜査官である主のうたた寝など、見たことも聞いたこともなかった。
「頼む」
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「こんなに楽しいピクニックは初めてだ。ニーナなんてずっと笑っている」
「本当に」
ニーナは、ディルとミルキーを相手にボールを投げて遊んでいた。それをレオとアデルが敷物に座り眺めていた。
「……眠くなった」
ふわっと欠伸をしたレオがゴロンと横になった。
「レオ様、昨日は徹夜でしたね」
「君にはばれていたか」
「ふふ。風が気持ちいいです。少しお昼寝してください」
「本当に気持ちいい」
レオは寝返りを打つように体をずらし、そのまま当然のようにアデルの膝へ頭を預けた。
「レオ様!?」
アデルが退かそうとしても、もうレオはまぶたを閉じていた。すぐにすっーと軽い寝息が聞こえる。
「……こんな未来は見てないわ」
レオの額にかかる髪を、細い指が優しく払った。
日が暮れる前に庭は片付けられ、アデルたちも帰り支度をしていた。
次から次に土産を渡され、ネロリとディルは箱を並べて、どう積み込もうか頭を悩ます。これでは荷物が席まで占領しそうだった。
「大丈夫よ。ここに乗せればいいいわ」
アデルはぽんと自分の膝を叩く。
「アデルお姉様はお泊まりになればいいのに。お部屋はそのままよ」
「ニーナ様、また来週来ますね」
「私も馬車に乗れたらいいのにな……」
ニーナは両親を馬車の事故で亡くして以来、レオが一緒でもなかなか馬車には乗れないでいた。
「帰ったらニーナ様にお手紙を書きます。明日ディルに届けさせますから、ニーナ様も私に手紙を書いて持たせて下さい」
ニーナが顔を上げて、それなら一週間我慢できると微笑む。
「ディル、ついでにミルキーの世話も頼む。駄賃ははずもう」
「僕、がんばります!」
ディルも仕事ができて嬉しそうだ。
「レオ様、今日はありがとうございました。ニーナ様、またね」
馬車にネロリ、ディルが乗り込む。
「待って。私を忘れないでちょうだい!」
「あら、リンデ。先に帰ったのかと思っていたわ」
「私はずっと応接室でクロスフォード伯爵をお待ちしていました」
なぜ来なかったと、リンデが口を尖らせる。
こうすれば大抵の男性は気にかけてくれる。だがレオにはまったく効かなかった。
やれやれとそっぽを向いてしまったレオを振りむかせようと、リンデが腕を引っ張った。
「何をする? 離せ」
「だって……」
さすがにアデルも黙ってはいられなかった。
「リンデ! なんて事を。今すぐレオ様に謝罪なさい」
「せっかくお洒落して会いに来たのよ。それなのに……」
今度は自分は悪くないと涙目で訴える。
「レオ様、大変失礼いたしました。妹にはあとできつく言い聞かせます」
アデルがいくら頭を下げようが、リンデから謝罪は出なかった。
「アデルお姉様。本当にその方はお姉様の妹なの? 」
ニーナは不思議そうに二人を見比べる。たしかに顔はどことなく似ているが、ぜんぜん違って見える。
「ニーナ様、リンデはたしかに私の妹です」
レオがふっと息を吐き、リンデに向き合った。
「もう少し姉を見習ったらどうだ。これ以上アデルに恥をかかせるような真似をしたら、僕が許さない」
「レオ様。どうか……」
「わかった。今回はアデルに免じて許す。日が暮れる前に行きなさい。アデルまた明日、局で会おう」
「はい。では失礼いたします」
アデルは窓からずっと手を振り続けていたが、通りへ出ると窓は閉められたのか、白い手は見えなくなった。
レオとニーナは馬車が見えなくなるまで、見送っていた。
「……行ってしまわれたわね。叔父様、私も馬車に乗れるように頑張ってみます。私もアデルお姉様とお出かけしてみたいの」
「きっと乗れるようになるよ」
自分だって行かせたくなどなかった。
門がゆっくり閉じていく。戻って来ないだろうか。馬車はとっくに去ったのに、アデルを探してしまう。
明日には会えるというのに、もう顔が見たくなっていた。




