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壊れた魔法 ~辺境の冒険者は、仕方なく魔法基盤を直している~  作者: 黒犬


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Chapter05 直せば直すほど

 翌朝、ダンが珍しく深刻な顔をしてギルドの入り口に立っていた。

 いつもなら事務室の奥でコーヒーを啜っている時間だ。それが今日は受付の前、しかも腕を組んで——というより、腕を組むことで何かを抑え込んでいるように見えた。

 グレンが近づくなり、ダンは声を低くした。

 「本部から通達が来た」

 ミラはまだ出勤していない。受付の前にいるのはグレンだけだった。ダンはそれを確認するように一度周囲を見回してから、続けた。

 「各支部で端末の不調が報告されているらしい。ウィセルの状況はどうかと、本部が各支部長に確認を求めてきた」

 グレンは黙って聞いた。

 「……お前が直してくれているから、うちは表面上、問題なしだ」

 ダンは言葉を切った。長年の冒険者生活で腹の据わっていた男が、珍しく視線をそらしている。天井の梁を見るふりをしているが、見ていない。目の焦点がどこにも合っていなかった。

 「正直に報告するか、迷っている」

 「正直に、というと」

 「異常記録が出ていること。お前が修正魔方陣で凌いでいること。それを本部に伝えるかどうか、ということだ」

 グレンは少し考えた。ダンが迷っている理由は、聞かなくてもわかった。

 「……それ、問題なしで返していいんですかね」

 ダンが口を開き、閉じた。

 「正直に言えば、本部が調査に来る」グレンは続けた。声は低く、淡々としていた。「調査が入れば、俺が非公式にやっていることもバレる。正式な権限のない人間がギルドのコンソールを触っていたとなれば、ダンさんの立場も面倒なことになる」

 「……そうなんだ」

 「かといって、問題なしで返せば——本部は何もしない。調査も入らない。でも」

 グレンは一度言葉を止めた。言うべきかどうか、少しだけ迷った。だが言わなければ、ダンが正しく判断できない。

 「他の支部が同じ異常を抱えていて、そっちでは正直に報告していたとします。本部が調査に動いたとき、ウィセルだけが『問題なし』と言っていたことになる」

 「……面倒だな」

 どちらが言ったのか、一瞬わからなかった。同じ声音だったかもしれない。

 しばらく沈黙が落ちた。ギルドの扉の向こうで荷馬車が石畳を軋ませる音が聞こえた。日常の音だ。ここだけが止まっている。

 結局、ダンは腕を組み直して天井を見上げ、しばらくして言った。

 「現時点で、重大な障害はなし、と返す。正直なところとして」

 「……正直なんですか、それ」

 「重大な障害は、今日のところは出ていない。そうだろう」

 グレンは黙った。

 反論はできなかった。嘘ではない。受付端末が完全に止まったことはない。冒険者証の照合が不可能になったこともない。タイムアウトはあったが、グレンが直した。直したから、障害にはなっていない。——直したから。

 つまり、嘘ではないが、本当のことも言っていない。「障害が出ていない」のではなく、「障害を出る前に潰している」だけだ。そういう言葉の選び方を、ダンは熟知していた。おそらくギルド長になってからの十数年で磨いた技術だ。

 「……面倒だな」

 今度はグレンが言った。ダンが返す「重大な障害はなし」という報告の意味を、グレンだけが知っている。それは事実の報告であると同時に、事実の隠蔽でもあった。そしてグレンが修正魔方陣を配信し続けるかぎり、その報告は嘘にならない。

 ダンは何も言わなかった。言えることが何もなかったのだろう。グレンもそれ以上は何も言わなかった。


***


 昼前に、ミラが奥に向かって声を上げた。

 「グレンさん! 三件目です!」

 グレンが駆け足でカウンターに向かうと、冒険者が三人、不満顔で待っていた。冒険者証を受付端末にかざしたまま、照合が完了しない。タイムアウトの紋様が端末の水晶面に滲んでいる。

 「また端末ですか」

 「そうです。午前中から二件あって、今これで三件目」

 ミラの声に苛立ちが滲んでいた。書類の束を手にしたまま、ペンを握る指が白くなっている。「依頼受付ができないんです。冒険者さんたちを待たせるの、もう本当に——」

 ミラはそこで言葉を飲み込んだ。待っている冒険者たちの前で言うことではないと気づいたのだろう。だが抑えた声がかえって苛立ちを際立たせていた。

 「冒険者証の方の問題じゃないですよね、当然」

 「当然」

 グレンは冒険者たちに「すみません、すぐ直します」と一言断り、地下への廊下に向かった。

 コンソール室の記録を開くと、すぐにわかった。

 東の塔からの応答が遅延している。冒険者証の照合リクエスト——識別情報を賢者の塔に送り、登録台帳と照合して結果を返す処理——が、東の塔に振り分けられたとき、応答が通常の四倍以上かかっていた。四倍を超えれば端末側がタイムアウトを出す。設定通りの動作だ。端末は正しい。塔が遅い。

 グレンは応急の術式を組んだ。東の塔からの応答が一定時間を超えた場合、自動で西の塔に切り替えて照合リクエストを再発行する。それだけの処理だ。三十秒で書けた。配信完了。端末への反映に一分。

 上に戻ると、タイムアウトの紋様が消えていた。冒険者たちが順に照合を通り、依頼を受け取っていく。何事もなかったように。

 「直りました」

 ミラが言った。安堵と呆れが半々の声だった。「毎回毎回、本当に……」

 「ごめんな」

 「グレンさんが謝ることじゃないですけど」ミラは次の書類を引き出しながら言った。「でも毎回地下に降りてもらうのも申し訳ないというか、そもそもなんでこんなことが続くのか、ちゃんと解決しないんですか」

 「してる」

 「応急処置でしょう」

 「……応急処置で、してる」

 ミラが短く息を吐いた。反論はなかった。応急処置でも直っているなら、受付としてはそれで回る。回るから、文句を言う筋合いもない。でも、毎回これか——という気持ちが、吐き出した息の中にあった。

 グレンはコンソール室から持ってきたメモを上着の内ポケットに仕舞った。東の塔からの応答遅延の発生時刻と件数。誰かに報告するためではない。自分の手元に置いておくためだ。

 直している。直しながら、記録を取っている。記録は誰の手にも渡らない。

 朝、ダンが本部に返した「重大な障害はなし」という報告を、グレンの応急処置が裏から支えている。皮肉な構造だった。グレンが優秀であるほど、問題は存在しないことになる。


***


 午後、荷物を引いた行商人がギルドに立ち寄った。

 「近くまで来たんで挨拶でも」と受付で話している声が聞こえ、グレンは記入台から少し耳を傾けた。見覚えのある顔だ。ウィセルと北の街道を行き来している行商人で、以前にもギルドで見かけたことがある。

 「北の街でも似たような端末トラブルが出てるらしいですよ」

 ミラに向かって、行商人がさらりと言った。旅先で拾った世間話、という口調だ。

 「そっちのギルドはちゃんと塔管理組合に正式に報告したって聞きましたけどね。そしたら『術式書のバージョンが古い、最新版に更新しろ』って突き返されたって話で」

 「え、それだけですか」ミラが顔をしかめた。「更新って、端末を止めて作業が必要じゃないですか。その間の受付どうするんですか」

 「そうらしくて、結局また手作業でやり繰りしてるみたいですよ。どこも同じですかね。まあ俺には詳しいことは分かりませんが」

 行商人はそこで話題を変えた。換金と拠点使用の申請を済ませて、小一時間ほどで出ていった。

 グレンは記入台に肘をついたまま、動かなかった。

 北でも。

 ということは、ウィセルだけの問題ではない。

 おそらく本部への確認通達が飛んだのも、北の街からの報告が入ったからだろう。各支部に状況を問い合わせたのは、それがきっかけだ。

 だが——。

 北のギルドは正式にやった。書類を作り、手続きを踏み、塔管理組合に問い合わせを上げた。その結果が「術式書のバージョンが古い」という門前払いだ。バージョンの問題じゃないだろう、とグレンは思った。バージョンが古いから端末がタイムアウトするなら、ずっと前からそうなっているはずだ。最近になって急に症状が出始めた理由にはならない。

 にもかかわらず、突き返された。

 グレンは窓の外を見た。行商人の荷馬車が街道に消えていくところだった。

 北のギルドでは正式に報告して、突き返された。ウィセルではグレンが非公式に直して、報告すら上がっていない。どちらの場合も結果は同じだ——問題は個別に処理され、消えていく。ウィセルではグレンが消し、北では組合の窓口が消した。それぞれが別の話として終わる。

 誰も全体を見ていない。グレンにも見えない。見える立場にないし、見る権限もない。非公式の便利屋に、他地域の障害を集約する手段はない。

 仮に「北の街でも同じことが起きている」と知っていても、それをどこに持っていけばいいのか。本部への報告はダンを通じるが、ダンは「問題なし」と返した。塔管理組合の窓口は重い。機構師連盟には伝手がない。

 グレンは記入台を離れて、依頼報告書のペンを取った。手が止まった。

 書くべき欄が目の前にあるのに、書くべきことが別のところにある。そんな感覚だった。


***


 夜。コンソール室。

 ランタンを二つ持ち込んで、グレンは記録の束を広げた。ここ二週間ぶんの全記録だ。通常業務の記録も、異常検知の記録も、自分が配信した修正魔方陣の適用履歴も、すべて引っ張り出した。

 まず二種類に分けた。

 「応答フォーマットのズレが記録されているもの」と「威力値フィールドに異常値が記録されているもの」。

 最初は混在しているように見えていた。フォーマットがズレているとき、同時に威力値も揺れている記録があったからだ。だから「同じ原因から来ているかもしれない」と思っていた。一つの問題が二つの症状を出しているのだろう、と。

 だが全件を並べると——違った。

 フォーマットのズレが出ている記録を、応答元の識別符ごとに並べ直す。

 東の塔。東の塔。東の塔。東の塔。

 間に西の塔の記録も混じっているが、フォーマットのズレがあるのは東の塔のときだけだ。例外はない。東の塔に振り分けられたリクエストに、集中している。

 「フォーマットのズレは、東の塔に特有だ」

 声に出して確認した。石壁に吸われる声が、自分の思考を固定する手助けになる。

 次に、威力値の揺れ。

 同じように応答元の識別符を確かめていく。

 東の塔。西の塔。東の塔。西の塔。西の塔。東の塔。東の塔。

 「……こっちは、パターンがはっきりしない」

 東の塔に多いようにも見える。だが西の塔でも数件出ている。三件。いや、四件か。西の塔の識別符がついた記録の中に、威力値が一瞬だけ跳ねて戻っているものがある。

 グレンは顎に手を当てた。

 「別だ。これは二つの別の問題が、同時に起きている」

 フォーマットのズレは東の塔に特有のもの。おそらく東の塔の内部で何かが変わって、見慣れない記法で応答を返すようになっている。そこに変換の層のようなものが入っているから、ときどきズレる。これは前回の分析で見えていたことの延長だ。

 問題は威力値の揺れだ。

 東の塔に集中しているように見える。だが、西の塔でも出ている。つまり、塔の一方だけの問題とも言い切れない。

 「……多分」

 そう呟いて、グレンは自分の分析に留保をつけた。西の塔で出た数件が本当に同じ性質のものなのか、それとも別の原因——たとえば記録の同期タイミングのずれのような間接的な要因——で混じっているのか。二週間ぶんの記録だけでは判断がつかない。

 「フォーマットのズレは、俺が修正魔方陣で抑えられる」

 変換ルールを手当てすれば、見慣れない記法でもこちら側が受け取れる形にできる。毎回やっている応急処置はそれだ。手間はかかるが、対処はできる。

 「だが威力値の方は——」

 修正魔方陣では届かない。演算の結果として返ってくる数値そのものが揺れているなら、それは演算の設計に関わる問題だ。グレンの権限の外にある。コンソールのパラメータを弄って直る類のものではない。

 グレンはメモを取った。


 「問題は二層。第一層:応答フォーマットのズレ(東の塔に特有)。対処:修正魔方陣で吸収可能。第二層:威力値の揺れ(東に多いが西でも数件。パターン不明瞭、要継続確認)。対処:俺の手に余る」


 ペンを置いて、記録の束を眺めた。石壁の影がランタンの揺れに合わせてゆっくり動いている。

 直すたびに、わかってくる。

 フォーマットの問題を修正魔方陣で吸収するたびに、その下に隠れていた威力値の揺れが独立した問題として浮かび上がる。応急処置が一つの問題を消すと、消えずに残ったもう一つの輪郭がはっきりする。

 直せば直すほど、残っている方の問題が見えてくる。


***


 コンソール室の椅子に深く座り直して、グレンはランタンの炎を見つめた。

 「俺がやっているのは、結局のところ応急処置だ」

 誰もいない。声は石壁に吸われて消えた。

 「応急処置が上手いせいで、誰もこれが二つの問題だと気づいていない」

 ダンは記録を読まない。読む必要がないからだ——グレンが直すから。ミラは端末が動けば受付を回す。それが彼女の仕事であって、端末の中身は関係ない。本部は「重大な障害はなし」という報告を受け取った。北の街のギルドは塔管理組合に突き返された。

 グレンが修正魔方陣を配信し続けるかぎり、ウィセルのギルドは表面上まともに動く。冒険者証の照合は通る。依頼の受付はできる。報酬の計算は合う。

 表面上。

 「俺が手を出さなくなったら——ダンは困る。ミラは困る。依頼の受付が止まって、冒険者が待たされて、ギルドが回らなくなる」

 受付端末のタイムアウト。照合エラー。依頼受付の停止。それが日に何度も起きるようになる。対処できる人間がいなくなれば。

 「……それを知ってて手を引くほど、俺は薄情じゃないらしい」

 ランタンの炎が揺れた。小さな音を立てて、芯が一段低くなった。

 自分の性質について、グレンは妙に冷静だった。

 面倒ごとは嫌いだ。手間のかかる手続きも嫌いだ。余計な問題を抱え込みたくない。ガキの頃にこんなこと思い出さなきゃ、もっと楽に暮らせてたんだろうなあ——そう思わない日はない。

 そのくせ、目の前で困っている人間を無視できない。

 それは「好意」とか「正義感」とか、そんな立派なものではなかった。ただ単純に——見てしまったものを見なかったことにできない、という性質だ。記録を見てしまった。問題を認識してしまった。二層あることを分かってしまった。北でも同じことが起きていると知ってしまった。

 知らないふりができない。それだけだ。

 グレンはランタンの火を少し絞って、立ち上がった。記録の束を元の棚に戻す。メモだけをポケットに入れる。

 石段を上がって、ギルドの裏口から外に出た。

 夜風が冷たかった。空には星が散っていて、街灯の魔石が等間隔にぼんやりと光っている。宿までの石畳を歩きながら、グレンは思った。

 直せば直すほど、残っている方の問題が浮き上がってくる。そしてその問題は、グレンの手には余る。手に余るとわかっていて、それでも記録を取り続けている。

 誰に渡すあてもない記録を。


 三日後、俺は地下で見たことのない種類の記録を見つけた。


【用語メモ】

・(応答)フォーマット ── 術令書式のうち、賢者の塔から返される結果の書式を指す。作中では「記法」と呼ぶこともある。


【作者メモ】

やればやるほど泥沼に嵌るものの、やらざるを得ない。そんなこと、よくありませんか?

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