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壊れた魔法 ~辺境の冒険者は、仕方なく魔法基盤を直している~  作者: 黒犬


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Chapter10 懐かしい顔

 クエストから戻ったのは昼過ぎだった。

 西門から街路を抜けて、冒険者ギルドの前に差しかかったとき、グレンは足を止めた。

 扉の前に、人が立っていた。

 旅装束ではない。都市部で見る仕立ての良い外套。背は低く、黒い髪をひとつに束ねている。ギルドの看板を見上げたまま、入ろうか入るまいかというふうに立ち止まっている。辺境の冒険者ギルドの前に立つには、少し場違いな佇まいだった。

 グレンは荷物を肩に掛けたまま、数歩近づいた。

 外套の裏地の縫い取りが目に入った。魔法塔管理組合の紋章。それから、横顔の輪郭。

 「……アルカ?」

 声をかけると、人影が振り返った。

 一瞬、驚いたような顔をした。それから、ふっと口の端が緩んだ。

 「久しぶり、グレン兄」

 幼いころの呼び方が、変わっていなかった。

 グレンは軽く眉を動かした。「兄はやめろ。……何年ぶりだ」

 「四年、かな。塔に入ってからは……忙しくて」アルカが視線を少しだけ落とした。「連絡もできなかった。ごめんなさい」

 「謝ることじゃない」グレンは肩の荷物をずらした。「長旅か。入れ」

 アルカは小さく頷いた。四年前——最後に会ったときはまだ少女の面影が残っていた。今は違う。どこが変わったと問われれば答えに困るが、立ち方が違う。仕事をしている人間の立ち方だった。

 二人の間には、懐かしさと、それに重なる薄い距離感があった。再会でも帰還でもなく、ただ時間が空いたというだけの空気。グレンはそれを何と名付けていいかわからないまま、先に扉を押した。


***


 ギルドに隣接する酒場の隅に、二人は向かい合って座った。

 昼過ぎで人は少なかった。奥の席に商人風の男が一人、帳面を広げているだけだ。アルカが白湯を頼み、グレンがエールを頼んだ。

 しばらく、互いに当たり障りのない話をしていた。ウィセルの街がいくらか整備されたこと。塔での仕事は忙しいがやりがいはあること。昔の近所の子供たちが今どうしているか。そういう話が一回りして、テーブルの上のカップが半分ほど減ったところで、アルカが少し背筋を伸ばした。

 「……ちょっと、聞きたいことがあって」

 声の調子が変わった。世間話のそれではない。

 「聞くのは構わない」

 「サポート部門にいるの。利用者からの問い合わせを受けて、再現検証をして、開発者に報告する仕事」

 グレンは知っていた。四年前、アルカが塔に入ると聞いたときに、配属先がサポートだと聞いていた。

 「最近……変な問い合わせが増えている」

 アルカが続けた。声は低く、ためらいがちだったが、言葉そのものは整っていた。

 「術式書の威力が安定しない、って案件。それから、使った覚えのない魔法が一瞬だけ発動した気がする、っていう報告。個別に見ると些細なものばかり。操作ミスの可能性もあるし、術式書のバージョンが古い場合もある。上には報告してる。でも——上の対応はいつも、個別処理なの」

 「個別処理」

 「『術式書のバージョンが古い』『現場の操作ミス』。一件ずつ、そう処理される。連携して分析されることがない。だから、件数が増えていても全体像が見えない」

 グレンはエールを一口飲んで、カップをテーブルに置いた。「傾向としては、どうだ」

 「新型に換装された地域からの報告が増えている。換装前は少なかった。換装してから件数が上がっている」アルカが指でテーブルを軽く叩いた。リズムをとるようにではなく、考えを整理するように。「私は……なんとなく、これは個別の問題じゃない気がしている。でも根拠がない。傾向はあっても、原因が特定できていない」

 「だから俺に」

 「あなたなら、こういう違和感の正体がわかるんじゃないかと思って」アルカが静かに言った。「昔から、そうだった」

 グレンは返事をしなかった。カップの縁に指を置いたまま、アルカの顔を見ていた。

 四年ぶりの再会で、開口一番に持ってくるのがこれか。

 変わっていない。この子は昔からこうだった。


***


 アルカの話をもう少し掘り下げようとして、グレンはふと手を止めた。

 「アルカ。それ、俺に話して大丈夫なのか」

 アルカの表情が、一瞬硬くなった。白湯のカップを両手で包んだまま、少しだけ間があった。

 「……大丈夫じゃない。本当は」

 率直な答えだった。

 「サポート部門の案件内容を外部に持ち出すのは規則違反。個別の問い合わせ内容には守秘義務がある。利用者の情報を、組合の外にいる人間に話すことはできない」

 「では今の話は」

 「件数の傾向と、問い合わせの種類の話は——個別案件じゃないから、グレーゾーン」アルカはカップから目を上げた。目に迷いはなかった。「具体的な件数も、地名も、利用者の名前も言っていない。どの術式書を使っていたかも言っていない。『こういう種類の問い合わせが増えている傾向がある』という話は、私の認識を話しているだけ、という解釈ができる」

 「グレーゾーンを攻めに来たのか」

 アルカは視線を逸らさなかった。

 「グレン兄、いえ——グレン。あなたに話して実感したの」

 言い直した。兄、という呼び方を自分で噛んで飲み込むような間だった。

 「あなたが気にしているなら、この話題は気にしておく必要があると思ったから」

 グレンは返答しなかった。

 アルカが「あなたが気にしている」と言ったのは、何かを見ていたということだ。四年会っていなくても、グレンがこういう問題に目を向ける人間だと知っている。だからパル市から半日以上かけてウィセルまで来た。グレーゾーンの境界線を自分で引いて、その線の上を慎重に歩きながら。

 それがアルカという人間の、あの頃から変わっていないところだとグレンは思った。衝動ではなく、判断で動く。踏み越える前に、どこまでが許されるかを考える。

 「……わかった」グレンはエールを傾けた。「聞いたことは俺の中に留めておく」

 アルカが小さく息を吐いた。緊張していたのだ。表情にはほとんど出ていなかったが、肩がわずかに下がった。


***


 話題が一段落して、自然に時間が遡った。そういう話になりやすい再会だった。

 「小さい頃、あなたに魔法を教えてもらった」アルカが言った。白湯がぬるくなっている。「最初に教えてもらったこと、覚えてる?」

 「覚えていない」

 「『魔法ってのは術式があって発動するもんだ。術式ってのは塔に頼む手順書みたいなもので、頼み方が正しければ、塔は答えを返してくれる』って。そう言ったの」

 グレンは少し考えた。言ったかもしれない。あの頃は混濁がひどくて、何を口にしていたか正確には覚えていない。頭の中のノイズを翻訳するように、子供相手に噛み砕いて話していたのは確かだ。

 「……そんなことを言ったか」

 「言った」アルカが頷いた。「あの説明がなかったら、私は塔に入ってなかった」

 「大げさだな」

 「大げさじゃない」アルカの声には、断定の力があった。「あの説明のおかげで、私は魔法を『仕組み』として見るようになった。詠唱を覚えることより、なぜそれが動くかを考えるようになった。それがサポート部門で役に立っている。問い合わせを受けたとき、利用者が何を頼もうとして、塔が何を返したか——その間の食い違いを追えるのは、あの頃の話があったから」

 グレンは何も言わなかった。

 手順書。頼む、応える。あの日、近所の子供に適当に教えた説明が、この人間の中でそう育ったのか。「頼み方と応え方の食い違い」を追う仕事を選ぶところまで、あの一言が届いていたとは思わなかった。

 「塔に入ったのは、それが理由か」

 「それが理由のひとつ。あなたの話を聞いて、塔の中を見てみたいと思った」アルカは少し間を置いてから言った。「……あなたが教えてくれたことが正しいかどうか、自分で確かめたかったのかもしれない」

 その言葉の重さを、グレンはどう受け取っていいかわからなかった。感謝でも批判でもない。確かめたかった——というのは、信じたかったという意味ではない。自分の目で見て、自分の頭で検証したかったという意味だ。

 「……正しかったか」

 「だいたい合ってた」アルカが小さく笑った。四年分の仕事が、その笑みの奥にあった。「でも、もっと複雑だった」

 「だろうな」

 グレンもわずかに口の端を上げた。

 もっと複雑だった。その一言に、塔の内側で見てきたものの重さが滲んでいた。手順書は手順書だが、実態は幾重にも折り畳まれた仕組みの集合体だ。頼む側と応える側の間に、何層もの変換と解釈と判断が挟まっている。グレンはそれを外側から記録で追いかけてきた。アルカはそれを内側から見た。

 同じものを、別の場所から見ている。

 それがこの再会の意味なのだと、グレンはぼんやり思った。


***


 アルカが外套を整えて立ち上がった。窓の外は日が傾いていた。長居した。

 「また来る。何かわかったことがあったら、教えてほしい」

 グレンは立たずに、少し目を上げた。「お前のほうも、何かわかったら」

 「ええ」

 アルカは外套の留め具を締めながら、一度だけ窓の外に目をやった。パル市までの帰路を頭に描いているような顔だった。

 「……気をつけろよ。グレーゾーンは、踏み越えたら戻れない」

 アルカは笑わなかった。「わかってる。……ごめんね、巻き込んで」

 「巻き込まれてない」グレンは言った。「俺はもう巻き込まれてた」

 アルカが少し目を細めた。その表情には安堵でも驚きでもない、何かを確かめたような色があった。それから頷いた。何も付け加えなかった。

 外套を翻して出ていく。扉が閉まって、酒場に静けさが戻った。夕方の光が斜めに差し込んで、アルカが座っていた椅子の背に細い影を落としている。

 グレンはエールの残りを飲み干して、しばらく座っていた。

 アルカが話した内容が頭の中でゆっくり並び直される。各地での問い合わせ傾向。新型換装との相関。個別処理で埋もれていく件数。それを、自分がコンソール室で積み上げてきた記録と重ねる。

 威力値の揺れ。先読みの痕跡。あれが自分のところだけの問題ではないことを、今日はっきり裏付けられた。旅商人の噂はあくまで又聞きだった。だがアルカの話は違う。サポート部門に届いた問い合わせの傾向だ。塔の内側から見た景色だ。外からの観測と、内側からの傾向。並べれば、何かが見えるかもしれない。

 「見比べるべきものができた」

 呟いて、グレンは席を立った。


 アルカが去ったあと、グレンは地下に降りた。見比べるべきものができた。


【作者メモ】

個人的には幼なじみとの再会を一番の山場にしたかったのですが、難しかったです。

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