朝チュン(二回目)
アリーナを連れて自分の天幕に入ったヴィルだったが……
「……ベッド、一つしかありませんね」
当然、ヴィルが一人で使う前提で準備された天幕である。余剰な備品を用意して貰える理由などある筈が無かった。
精々、クロ達三匹の為の敷布が用意されている位でしか無い位には殺風景である。
「わ、私やっぱりあちらの天幕に……」
アリーナはそう言って隣の天幕に行こうとするが、ここで彼女を隣に行かせては元の木阿弥である。それでは何の為にヴィルが誤解を受けたのかまるで分からなくなってしまう。
「ベッドはアリーナが使ってくれ。俺はそこで座ってるからさ」
ヴィルは天幕を中央で支える柱の側に腰を下ろすと、入り口の方に身体を向けた。それは奥のベッドに背を向ける配置となる。
背中の長剣を外し、プレートアーマーすら脱いだヴィルはリラックスした表情で
「明日も早い。俺を気にせずゆっくり休んでくれ」
とんだ無茶振りである。年頃の男女が狭い天幕の中二人きり、当然リラックスなど出来るハズも無く……アリーナがコートとブーツを脱いでブラウスにスカート姿でベッドに入り込んだ頃に
「なぁ、アリーナ? もう眠ったか?」
「……まだです」
少しでも緊張を和らげようとしたヴィルは間抜けな話を振ってしまい、一方のアリーナも当たり前の返事を返すだけの結果に終わってしまっていた。
実のところ、二人揃って心臓バックバクな為、背中合わせに近い体勢ながらスムーズな会話は到底望めそうにない。
ちなみに異世界においては二人の様な両者とも奥手なパターンはあまり多くはない。
危険と隣り合わせな冒険者という職業上、子孫を残さなければならないという本能に抗える者がはそれほど多くは無い。
もちろん、異世界の全てがそうだとは限らないし一部を見て全体を判断するのは危険な事である。
これはあくまで生命としての本能に従える機会が多いという話なだけで、異世界住人全てが絶倫淫乱の性欲おばけしかいないという訳では無い事はここで断っておく。
さて、恋愛についての免疫が少なすぎるヴィルとアリーナの二人組だが……
「ヴィルさん、クロさん達様子は大丈夫ですか?」
「あ、ああ。皆、普通に寝てるから大丈夫だ」
気の利いた会話など無縁な時間を過ごしていた。二人とも世間話に終止するばかりで、愛を語る様な甘い雰囲気などとはまるっきりな無縁であった。
しかし、普段から一緒に居る事が多い奥手な二人に会話のレパートリーが沢山ある訳でも無い。
いつしか世間話のネタすらなくなってきた二人の間には気まずい空気が漂い始めて来ていた。
「アリーナはその……仕事以外には何かやりたい事とか無いのか? 趣味って言うか……」
ついにはお見合いで話す事が分からない時の常套句まで持ち出す事態にまで追い込まれていた。
「趣味って言われても……聖歌を歌うのは好きなんですが、それは趣味と言えるのでしょうか?」
かなり考えてから口にしてきたであろう彼女の答えにヴィルは
「そう言えば歌、上手かったもんな……良かったらまた聴かせてくれないか?」
街の教会で聴いた彼女の澄んだ歌声を思い出しながらとしみじみと答えた。すると……
「え? あの……え〜……コホン!」
アリーナから少し戸惑ったような返事と小さな咳払いの声が聞こえた直後
「ララララ〜♪」
アカペラの伴奏付きでアリーナが独唱を始めてしまった。
(いや、別に今聴きたいって訳じゃ……)
テントの中とは言え防音措置など取られているはずも無い。既に就寝時間はとっくに回っている為かヴィルは周りからの安眠妨害による苦情の発生を危惧したが
(あれ……?)
周りのテントからは何の苦情も来る気配が無い。どちらかと言えば子守唄の様に安眠導入歌の様に辺りのテント一帯に響き渡っていたのだった。
(やっぱり綺麗だな……)
アリーナの子守唄の様な優しい歌声はヴィルをあっさりと眠りの世界へと誘っていた。その時
「らららララぁ〜!」
突然、音程の外れた怒鳴る様に張り上げたザリガニヴォイスな女性の歌声が聴こえた気がして
ービクッ!ー
「はっ! ……げ、幻聴か?」
寒気を感じ瞬時に覚醒。ヴィルは辺りを見回すが、何て事はない。さっきまでと何も変わらないテントの中だ。
「ク〜ン……?」
「キキィ……」
「クェ〜……」
近くで丸まっているクロ達三匹にも特に変わった様子も無い。
「ハックション!」
少し眠ったせいか身体が冷えてしまったかもしれない。ヴィルが何度かクシャミをしていると
「ご、ごめんなさい! ちょっと夢中になってしまって……だ、大丈夫ですか?」
アリーナが心配そうに声を掛けてきた。彼女の歌は関係が無いのだが……原因はヴィルの幻聴とエルフィルの存在である。
なんとなく寒気を感じ目が覚めてしまったヴィルが身体をさすっていると
「ヴィルさん……あの、ベッド入りませんか? あ、いえ、ベッド思ったより広いですし……その、お身体触ったら大変ですから……」
一度眠りに入って目が覚めてしまったヴィルにとっては彼女の言葉は耐えがたい誘惑だった。
温かいベッドで朝までグッスリ……明日には魔物や帝国軍と激しい戦いになるのかもしれない。
休める時にきちんと休むのも社会人の務め……ヴィルはアリーナが横になっているベッドの布団と毛布をめくるとこちらに背中を向けているアリーナの小さな背中があった。
「お、お邪魔します……」
遠慮がちにベッドに入ったヴィルはアリーナと背中合わせになりながら既に暖まっていたベッドの温もりの協力な眠気に抗う気力は無かった。
「ヴィルさん……あの……」
朧げになっていく意識の中でアリーナの声が聞こえた気がしたが、ヴィルがそれを自覚する事は無く意識は暗闇へと沈んでいくのであった。




